『インテリ系アタッカーハートちゃん、ここに降臨』
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俺達は今、見渡す限り空と黄砂しか見えない乾いた大地をトボトボと歩いている。 このヘリオポリス・インカーズには大きく分けて三つの地形が存在する。
一つは森林エリア、二つは山岳エリア。 そして三つ目は俺達が今歩いているこのエリア。
「あついにゃー、もう喉がからからだにゃ」
「ここまでくるのにも疲れたけどよー、本当に俺たちだけで高難易度ダンジョンに挑むのか?」
乾いた風が頬を乾燥させていく。 水分という水分を全く感じさせない死のエリア。
「はぁ、温室育ちの引きこもりには、砂漠の進行は少々応えますわ」
『頑張れナイル氏』
『君のショタ力は砂漠すら潤わせる尊さだよ』
『ショタ力とは?』
相変わらず俺の生配信は継続中。 もはや配信の切り方などわからない。
俺が寝てる時は画面が真っ暗になるらしいのだが、物好きな視聴者達は画面が真っ暗な時にコメント欄を使って交流しているようで、朝目を覚ますとくだらない会話の途中になっていることも多い。
どうやら俺が生配信中の特設サイトは雑談掲示板のようになっているようだ。
「諸君! ここが第一のレベリングポイント、ケオプス王墓だよ!」
とまあ熱さのあまりぼんやりする脳を震わす、元気のいい声が聞こえてくる。 声に反応して視線を上げてみると、いつの間にか目の前には巨大な三角形の建物がそびえ立っていた。 これはどっからどう見てもピラミッドだ。
俺達はハートちゃんが考案したレベリングツアーの真っ最中。
基本的な流れとしては全職業レベル三十になるまでは、先日まで滞在していたシーリアの街中央にある修道院でパラディンのジョブチェンダンジョンを周回する。
このダンジョンのボスはどこかのバカ兄妹の興味本位な検証のせいでかなり強化されてしまっていて、本来なら何回も周回しなければ目標レベルまで達せないところ、一度の挑戦でボスの魔力がカラカラになるまで追い込み続ければ余裕でレベルが上がるようになっていた。
以前俺はそのダンジョンでRTA攻略をしていたが、あれは経験値効率が非常に悪いようで、時間の無駄だったようだ。
「言っておくが少年。 レベリングが終了するまではRTAチャレンジ禁止だからね!」
「いちいち言わなくても分かってます」
「あたしはその一言を聞いて安心したにゃ」
『無駄を省きすぎて経験値効率すら無駄にした男』
『サナたんにRTA恐怖症という謎の病をかけた男』
『悪辣な経験値稼ぎの末、目的のスキルを手にすることなくトト兄妹に捕まった男』
「視聴者の方々、シャラップだ」
「まーたお前は信者としゃべってんのか」
呆れたように肩をすぼめるサラーマさん。 これから挑むダンジョンが高難易度のダンジョンとはとてもではないが思えない空気感だ。
そう、俺達はパラディンのジョブチェンダンジョン周回を終えたことで、全員が目標レベルに達したのだ。 そしてこれからのレベリングはここいらの高難易度ダンジョンが舞台になるらしい。
なんでも、砂漠地帯に存在するダンジョンには経験値効率が非常にいい部屋があり、その部屋を巡っていると面白いくらいにレベルが上がるんだとか。 巡る予定のダンジョンは三箇所で、ここはその一つ目のダンジョンなわけだ。
立っているだけで全身の水分を吸い取られそうな灼熱地帯の中で、意気揚々と一歩踏み出すハートちゃん。
「それじゃー行ってみよう! レッツ、レベリングツアースタート!」
俺達はこの時、熱さのあまり思考が停止していたのだろう。 このレベリングツアーが、どれほど過酷なものなのか、考えもしなかったのだから。
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ダンジョン内はひんやりとしていて気持ちが良かった。
「なんだか、外から見た時もすげーでけーと思ったが」
「中の造りもものすごく広いんだにゃあ」
ダンジョンに入ったと同時に大口を開けてその全貌を総覧する。
眼の前は巨大な吹き抜けになっており、たいまつが転々と光っている部分を目で追えば、このダンジョンが幾層にも連なっていることがわかる。
見上げるほどに高い天井、底が見えないほどまで深く伸びている地下。 入ってすぐ目の前に見えた石の柵に手を添え、慎重に身を乗り出してみると、足がすくむほどの高さがあることに気づかされる。
「このダンジョンって、もしかして壁をよじ登っていくのが最短攻略ルート?」
「登れないこともないけど、ここワイバーンも出るからね?」
「つまりよじ登ってる無防備な所に奇襲を受けてお陀仏ってことっすか」
「二人ともわりーな、話の途中だがワイバーンが突っ込んできてるぜ?」
『話の途中だがワイバーンだ!』
『それはまさか、一度は言ってみたいあの迷台詞!』
『言っておくがそのセリフは運営が自虐ネタのために捏造したセリフだ!』
「おやおや、三人とも下がっててね。 あいつはあんまり経験値効率よくないくせに嫌ってほど湧いて出る害悪モンスターだから、ボクがササッと処理しておくよ」
ハートちゃんはこんなこと言っているが、ワイバーン討伐に推奨されるレベルは五十、全職業の平均レベルに換算すれば八相当だ。
このゲームは職業ごとにレベルが存在し、レベルアップで上がったステータスは現在のステータスに引き継がれる。 つまり初期設定のソルジャーレベルが十五になった状態でレベル一のモンクに転職しても、レベル十五のソルジャーと同じステータスで戦えるのだ。
とは言っても、ステータスがいくら高くても職業ごとに推奨される立ち回りやその職業でしか使えないスキルを上手く使わなければ宝の持ち腐れだ。
逆を言えば、すべての職業でどのスキルがどういった時に有効かを学んでおけば、そのダンジョンに応じて臨機応変に職業変更をできるという利点ができるわけなのだが……
「ニードルショット!」
ハートちゃんが装備していたダガーを刺すように突き出すとと、青白い魔力の棘が突進してきたワイバーンに飛翔する。
ニードルショット、レンジャーが弓を装備している時に発動可能な闘技スキル。 魔力を弓矢の形に具現化し、それを勢いよく射出する貫通性能が備わった便利技。
ワイバーンは中型モンスターのような大きさで、噛みつかれたら体の半分くらい持っていかれそうなサイズ感だったのだが、ハートちゃんが飛ばした魔力の矢に触れた瞬間、脇腹に大穴が空いた。
「ふふ、やっぱり【ニードルショット】と【急所打ち】、【刺突得手】プラス【剛腕】スキルの組み合わせは強いな」
『はて、ハートちゃんはなんの呪文を唱えている?』
『自己強化系アタッカーの成れの果て』
『マーチ、マーチ、もひとつおまけにマーチ! って感じだね』
ハートちゃんが今使用したのはレンジャーが高レベルで覚える闘技スキル、それに付け加えアサシンの職業スキルとソルジャーとウォーリアーの強化スキルだ。
「いつ見ても思うが、とんでもねえ固有スキルだな」
「本来強化スキルは自身にしか使えないからにゃ、その強化スキルを全種類習得できるってなると、団長よりも遥かにやばいにゃ」
「でもまあ、あいつほどの知識がないと上手く使えこなせねえんだろうがな」
「いやはやさすがハートちゃん。 あの子は知恵の神顔負けの知識量ですからなぁ」
『あれこそが知恵の殿堂か!』
『わたくしのお家にいらっさい』
『インテリ系アタッカーハートちゃん、ここに降臨』
鮮やかな討伐劇を見て感嘆の声を上げるサラーマさんたち。 俺も思わずコメント欄と共に称賛を送ってしまった。
固有スキルとは本来、ソロプレーヤー救済のために用意されたNPCが習得している特殊なスキルだ。 先日仲良くなったラーザさんの場合は【性能看破】という相手の所持スキルや、使用中のスキルを見通す固有スキルを習得している。
しかし俺達転移者は、このゲームを遊んでいた際のプレー傾向を加味したチート級の固有スキルを習得させられている。
【無窮の探求者】ハートちゃんが与えられた固有スキルは、一度うんちくを語りだしたら止まらないほどのヘリポリ知識を最大限に活用したチート能力。
一度覚えたスキルは職業に関係なく全て使用することができる。 なお、闘技スキルに関しても装備中の武器に関係なく発動できるというおまけ付き。
つまり斬撃特性がついているはずの片手剣でも、弓でしか扱えない上に刺突特性を施した攻撃ができてしまうのだ。
「さてみんな! この調子でボクが指示した時、自分の命が危険だと判断した時以外は戦闘行為は禁止だよ! 無駄は省略、稼ぐ時にとことん稼ぐのが効率の良いレベリングの基本さ!」
ハートちゃんは何事もなかったかのようなトーンでそう声掛けすると、アサシンの【罠感知】スキルを使用して進む道を示し始めた。




