『それでこそ最強ウィザード、トト・ホープだ!』
◁
「ずいぶんと楽しんでたみてぇだな、ナイル」
宿屋に帰ったと同時に、鬼面でお出迎えしてくるサラーマさんと愉快な仲間たち。 そうだ、すっかり忘れていたが俺は自由時間と言われ、サラーマさんたちと分かれてレベリングしていたのだった。
「私に内緒でどんな楽しいことをしていたのだ黒湖ナイル」
「黒湖さん、女遊びとは不潔ですね」
サラーマさんたちは俺に内緒でモンク転職祝いの晩餐会を計画してくれていたらしいが、俺はさっきホープさんたちとご飯食っちゃったし超眠い。
しかし俺の帰りを今か今かと待っていたサラーマさんたちは、そんな事関係なしに青筋を浮かべていらっしゃる。
まあとりあえず、誤解は早めに解いておこう
「女遊びとか言うな。 ちなみに言っておくが、こいつはついてるからな?」
ホープさんを指さした。 そう、こいつのゲームアバターは魅力あふれるお姉さんだが、プレイヤーは男なのだ。
「なに言ってるんだ坊や。 今の私にはついてないから。 だから今は、物理的に女だ」
『物理的に女w』
『パワーワードが出たなw』
『SNSのトレンドに乗りそうで草』
「心の中が男なら実質男だろ」
「ならこう言い直そう。 生物学的に私は女だ」
ドヤァ、と言いたそうな顔で胸を張るホープさん。 確かにこの中の女性陣の中でもっとも胸部の膨らみが豊満だから、一瞬脳がこいつを女だと認めそうになってしまう。
けれどなにを隠そう、こいつの魂は男。
つまりこいつは男なのだ。 騙されてたまるか!
「なんでそんなに女であることを主張しようとするんすか! お前まさか、女湯に潜り込んでムフフな展開したいだけなんだろ? そうなんだな!」
「女なんだから女湯に入ってなにが悪いというのかな?」
「これ確定だわこのド変態が!」
唯一状況を把握しているであろうメメジェットさんも、ドン引いた視線をホープさんに送っている。 これは俺の勝ち確定だろう。
そう思って俺は得意げな顔で腕を組んでいたのだが……
「そこまで言うんなら、坊やには私を女だと嫌でも認めさせてあげようじゃないか!」
「はっ! やれるもんならやってみろってんでい!」
ほろ酔いのせいか、おれは謎の全能感のもとにホープさんを煽り散らす。 しかし、次の瞬間俺の思考は停止した。
なぜなら、眼の前が真っ暗になり両頬に吸い付く柔らかな幸せに挟まれ、呼吸のために鼻で息をするたびに脳をとろかせるような甘い香りに包まれたからである。
「ちょ! 黒湖ナイルを離さんかこの淫乱ウィザードめが!」
「ふにゃあぁぁぁぁぁ! ナイルくんが汚されちゃうにゃぁぁぁぁぁ!」
「おいおい、公衆の面前でなにしてんだ! うらやまけしからん」
「きゃあぁぁぁぁぁ! 不潔です! 不潔不潔不潔!」
「お兄! ナイルくんはまだ子供なんだから! R18案件はNGだよ!」
後頭部に突き刺さる悲鳴。 おかげさまでフリーズしていた脳がようやく動き出す。
俺は今どんな状況なのだろうか、息がしづらいから顔を起こそうと両手を突っ張るが、柔らかなものに当たってしまってうまく踏ん張れない。 それどころか、体を反らせようとすると「暴れちゃダメよ♡」と聞こえてくると同時に、腰に巻き付いたなにかが俺の体を締め付けてくるのだ。
『トト・ホープはナイルに◯ふ◯ふしてあげた』
『ナイルはうっとりしている』
『一ターン動けないってかw』
ふむ、今のコメントでだいたいの状況を把握した。
「ぅあめろ! この淫乱ネカマ野郎!」
「うふふ、そんなこと言って、坊やの顔はとっても嬉しそうじゃない?」
「た、助けてぇ! 犯されるぅ!」
その後、俺の悲痛な救難要請に応じた女性陣が、ホープさんを無理やり引き剥がしてくれたおかげで事なきを得た。
◁
色々あったりしたが、あの後は夜も遅かったということで各々休息を取り、夜が明けてから全員で宿屋の食堂に集合した。
サラーマさんたちはいまだに機嫌が悪かったが、トト兄妹が死にイベの概要を説明すると、とたんに空気が緊張し始めた。
「つまりシリス様の体を十個集めるとセフメト様が復活するのか?」
「まあそういうことかな? 私たちはそれを阻止するために協力者を募集していたのさ」
「まあ確かに、ナイルはとんでもなく強えからな。 お前の話しが本当なら心強いだろうぜ?」
大方の事情はNPCでもわかりやすいよう言葉を選んでの説明になっていたが、二人共すんなりと受け入れてくれていた。 しかし唯一この中でプレイヤーとしての記憶があるメメジェットさんは浮かない顔をしている。
「それって、下手すれば私達の命が危ないですよね?」
「この世界では死んだら復活できないと考えたほうがいいからね。 まあ試したこと無いからわからないが、試す勇気なんてこれっぽっちもないさ」
「貴方がたはそんな危険なことをしてまで、元の世界に帰りたいんですか?」
「君は帰りたくないのかい?」
ホープさんとメメジェットさんがにらみ合う。 メメジェットさんの疑問も最もだ。
なぜならホープさんがこのゲームが大好きだということは、話を聞いている限り嫌でもわかる。 そんな大好きなゲームの世界に転移できたのだ、自分から進んで元の世界に帰ろうとする彼を不思議に思ってもしょうがないだろう。
「私はぶっちゃけどっちでも……」
メメジェットさんはちらりとラーザさんに視線を送り、
「ん? なんだメメジェット」
「あ、いえすみませんなんでもありません」
というわかりやすい回答をしてくれた。 どうやら彼女は帰りたくないようだ。
ホープさんも今のやりとりで彼女の意思を悟ったのだろう。 嬉しそうに口角を上げながら物憂げな視線を窓の外へ流しつつ、
「私もこの世界が大好きだからね。 始めのうちはずっとここにいてもいいかな? なんて思っていたさ」
控えめに笑いながら視線をメメジェットさんに戻す。
「けど、だからこそ戻るべきだと思った」
「要領を得ない説明ですね」
「わからないかい? こんな素晴らしい世界だというのに、たった数年でプレイヤーがこんなに減ってしまったんだ。 新しいゲームが出ればそっちに興味が湧くのもわかるし、他人の好き嫌いに文句をいうつもりもない。 けどさぁ、実際に転移して見てきたからこそ伝えたいんだよ——」
ホープさんはゆっくりと立ち上がりながら、俺達の顔を順繰りに眺め、間をおいて深呼吸をする。
「——この世界の素晴らしさを、もっとたくさんの人にね!」
『おいナイル、主人公の枠を交代したほうがいいぞ』
『ホープさんの志に感服いたしました』
『それでこそ最強ウィザード、トト・ホープだ!』
コメント欄からも拍手喝采である。 チャリンチャリンと投げ銭も投下されていた。
おかげでこの世界での所持金が増えていることに今更気がついた。 投げ銭してもらうと財布が潤うらしい。
「みなさん、投げ銭ありがとうございます。 けど、財布と喧嘩はしないで下さいね!」
「少年、今感動的な場面だから静かにね」
小声で投げ銭してくれた視聴者たちに感謝を述べていたのだが、ハートちゃんにわき腹をつつかれた。
こちらの様子など気にした様子もなく、メメジェットさんはおかしそうに鼻を鳴らす。
「確かに、あなたの言う通りですね」
メメジェットさんは何事もなかったかのように立ち上がり、シーツの裾をくるくると捲って右手を顕にした。 ここに今、友情の握手が交わされる!
だがしかし! ちょっと待ってほしい。
シーツが捲れて足元だけじゃなく腰のあたりまで目視できるようになったのだが、踊り子のような衣装で布面積がとぼしいメメジェットさんの腰から下がチラ見えしたのだ。 なにが言いたいかというと……
「ナイルくん! メッ、だよ!」
じゃんけんしていたわけではないというのに、グーチョキパーのチョキが飛んできた。
「目がぁ! 目がァァァァァ!」
『むっつりナイルに天誅!』
『じゃんけんチー!』
『それだと真っ二つになっちまうだろうが』
俺とハートちゃんのせいで、場の空気はぶち壊しになり。 みんな揃って腹を抱えながら笑いあったのだった。
しかしその笑い声が響いたことで、俺達ヘリポリ攻略班の結束が強固になった気もした。




