『ナイル氏、画面が潤んでます』
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【破滅の女神セフメト・平静祈願】このイベントの大まかな流れはこうだ。
まず、人々からの信仰が薄れて怒った太陽神レアーは、人々へ復讐するために自らの眼をえぐり取って新たな神様を作り出した。 ……え?
レアーの眼から生まれたのは破滅の女神セフメト。 この女神は人間界に放たれ、目についた端から人々を殺戮して回ったらしい。 力が余って仕方がなかったんだろうな、誰でも出てこい殺戮殺戮ぅ! 状態だったらしい。
流石にやべーと思ったレアー様はセフメトを落ち着かせるために、血の色に似た真っ赤なビールを作るらしい。 なんでも、人間の血そっくりな赤いビールにすれば、セフメトは喜んでがぶ飲みするんだとかなんとか……
それを飲ませて泥酔させ、眠ってる隙にセフメトから残虐属性を抜き取ってくれるって流れだ。 暴れてる悪いやつを酒で寝かせるのは昔話の定石なのだろうか?
とまあ人類滅亡阻止のため、我々ファイヤーム傭兵団はセフメトを食い止めるための時間稼ぎに駆り出されるらしい。 期限はレアー様がビールを作るまでの三日間。 ちなみに、普通のビールは作るのに約一ヶ月かかる、というのはさておき……
ファイヤーム傭兵団は明らかに捨て駒扱いされている。 それもそうだ、傭兵団はほとんどが一般人だったり訳アリの人間しか所属していない。 王国騎士団には高貴な身分の人達もいるから捨て駒にするのは王国の未来のためにも阻止したいのだろう。 身分の差で人の価値を左右するとか、本当に人間は愚かだと思うよ。
そんな事実を知ってしまった主人公は、仲間たちの命を救うため、レアーとの決戦前夜にたった一人で特攻を仕掛けてしまうらしい。 なお、このイベントはいくら行きたくなくても、行かないとストーリーが進まないらしく、自由な冒険が売り文句のはずのオープンワールドゲームなのに半ば強制的に死地へ向かわされる。
こうしてめっちゃ強すぎるセフメトと一対一のタイマン勝負をすることになり、主人公はどう頑張っても死んでしまうらしい。
そして冥界脱出編へと進む流れらしいが、今はその先のことは後回し。
「その話を聞く限り、もはやセフメトさんは無敵状態に設定されているのでは?」
「そう思うだろう? それが無敵状態に設定されていなかったんだよ」
「と、言いますと?」
「私はやつのHPを半分までは削れたからね」
「え、マジすか? あんた本当に暇だったんですね」
「坊や、食後の運動に付き合ってくれ。 なぁに安心したまえ、次は始めから全力で行くからね」
「あの、大変申し訳ありませんでした」
場所は移ってシーリアの街。 目を覚ましたサナさんに事情を説明したところ、
「ナイルくんが手伝うならあたしも手伝ってあげるにゃ!」
と申し出てくれたため、俺達はイベントの概要を知るためにシーリアにある食堂へ移動している。 すでに辺りは暗くなっているため酔っ払いの傭兵や冒険者がごった返しているが、四人で会話するくらいなら問題ない。
顔に影が差しているホープさんに平謝りする中、話しを戻そうと本日何度目かもわからない咳払いを響かせるハートちゃん。
ご察しの通りイベントの流れを聞かされた際、俺は反射的に様々なツッコミを入れたせいで中々話が進まなかったのだ。
「まあ、HPを減らせる以上倒すのは不可能じゃないだろう」
「異国の人たちはすごいにゃ、セフメト様をガチで倒そうとするなんて異常だにゃ」
「サナちゃん、ぶっちゃけ言って君みたいな現地人がいると足手まといなんだ。 何度も言うがここから先は強者しか生き残れない死地だよ? さすがの私でも足手まといを守りながらセフメトと戦うなんて不可能だ」
冷たい声音でサナさんを睨みつけるホープさん。 言葉がきつすぎだろう?
いくら相手が元々NPCだったからと言って、今はこうして心が通っている人間なんだ、そんな心無い言葉をかけるのはひどくはないだろうか?
ムスッとしながらホープさんを睨む俺。 サナさんは唸りながら俯いてしまい、なにも言い返そうとしていなかった。
だったら俺が変わりに文句を言って……と思ったら、ハートちゃんに服を引っ張られて止められる。
「お兄はね、このゲームが大好きなんだよ。 つまりこのゲームに出てくるキャラクターも全員大好きってこと」
「だったらあの言い方ってどうなんですか?」
「死なせたくないんだよ。 大好きなキャラクターだから」
小声で耳打ちしてきたハートちゃんと、そんな会話を交わした。 そして、目頭が熱くなってしまった。
『ナイル氏、画面が潤んでます』
『相変わらず涙もろいところも可愛いなあナイルたん』
『ちょろインなナイルたんでした。 男だけどw』
慌てて目元を腕でゴシゴシする。 そして次に視界に映るのは俯いているサナさんを、優しい眼で凝視するホープさん。
なんだよこいつめっちゃいいやつじゃねえかよ! っと思ったがちょっと待った!
「ちょっと待ってハートちゃん、この人さっきまでサナさんを人質にしてたよね?」
「えーっとね、あれはアサシンの【眠りの霧】っていうスキルで眠らせてただけで、お兄が個人的に愛でるために捕まえようとしたわけじゃないんだよ?」
「なるほど、あいつは変態だったか。 しかもネカマだし」
バシャア! ……冷たい。
「おおっと手が滑った! ごめんよ坊や、どうやらお酒に酔ったせいで魔法を暴発させてしまったようだ」
頭上からバケツを引っくり返したような水が落ちてきた。 びっくりして心臓止まるかと思った。
そしてもう一言、心の中から物申す。 お前の目の前にあるのはオレンジジュースだが?
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長考の末サナさんはゆっくりと顔を上げた。
「足手まといにならないように、ナイルくんと一緒に修行するにゃ!」
「なんでそんなに坊やに固執するんだい?」
「ナイルくんはとっても強い子にゃ。 この年であの実力、きっと将来有望だにゃ! いずれこの国の有名人になって、サナを楽させてくれるにゃ!」
「おい、堂々とゲスいこと言うんじゃねえ」
サナさんは清々しい顔で強欲な願望を語り始めた。 小さくため息を付きながら修行の日程を考え始めるホープさんを見て、サナさんはそれはもう嬉しそうな顔をしていた。
にしても、楽するために命張るのは矛盾しているのではないだろうか? とは思ったが、隣でハッと目を見開いたハートちゃんが横目に見えたから口を閉ざす。
「なるほど、バステト族だからサナさんは少年に固執しているのか」
「ハートちゃん? なるほどの意味を詳しく」
「バステト族は豊穣と子宝を象徴していてね、彼女らが信仰する神は安産や子守を司っているんだ。 簡単に言うと子どもの守り神ってところさ!」
「そんな設定があったんですね。 さすが自称ヘリポリ博士、と言いたいところですけどそれって関係あります?」
「関係しか無いじゃないか! 君はまだ子供なんだから! つまりバステト族の本能が刺激されたサナさんは、子どもの見た目をしている君を放っておけなかったに違いない!」
「いやいや、俺二十才超えてますけど?」
「それは魂の話でしょ? そのアバターは何歳の設定なの?」
「……十四です」
ハートちゃんの視線は、俺の眼の前に置かれたジョッキへ……
「お酒飲んじゃダメじゃないか! ナイルくん、メッ! だよ!」
頬をぷっくり膨らませながら俺の酒瓶をかっさらい、人差し指を立てながら可愛らしいポージングをキメてくるハートちゃん。 突然母性がにじみ出てきた件に関しては水に流そう。
『いきなりハートさんがママになったw』
『あたしからママの座を奪う気なのね! そうはさせないわ!』
『ハートさんファインプレー! ナイルくんは成人するまで禁酒だ!』
「ちょっと、おいおい! 俺の心は二十才超えてるんだ! 酒ぐらい飲ませてくれよ!」
「Vtuberとしてキャラ崩壊しそうな発言は控えなさい! これからはボクがナイルくんの面倒見るからね、お酒は禁止! ダメ、絶対!」
「ハートさん、急に口調変わったな」
こうして俺は、禁酒生活を強いられることになってしまった。 それにしてもなにか忘れているような気がするが、ほろ酔い気分の今は思考がよく回らない。
明日からはサナさんと一緒に、ホープさんが監修する地獄のレベリングツアーに出発するらしいから、今日は早めに帰って宿で休もう。




