『悲報、ナイル氏が猛獣扱いされてる件』
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緊張状態でにらみ合う俺とハートちゃん。
覚えたスキルを、職業に関係なく使用できる固有スキルだと? そんな物……反則も反則。
本来なら職業が変わっても使用できるのは戦術眼や心眼といった補助スキルだけ。
闘技スキルだけでなく強力な職業スキルすら使い回せるとなると、もはや手の施しようがない。
最も厄介なスキルは職業スキル。 先ほどウィザードのトト・ホープさんが使っていた詠唱破棄や融合魔法がこれに当たる。
職業スキルはその職業で立ち回るために強力な補助になると同時に、応用すれば複数パターンの戦闘を可能にする万能スキルだ。 これすら使い回せるとなれば、対応策は無限に等しくなり、真っ向勝負じゃ勝ち目がなくなる。
「一度落ち着いて話をしよう、少年」
戦慄しながら武器を握りしめていた俺に、慎重に声をかけてくるハートちゃん。
「そうやって油断させて、また俺を騙し討ちするつもりですか?」
「驚かせてしまったのは申し訳ないと思ってます。 けど、あなたをこれ以上痛めつけようだなんて思ってません」
信用ならない。 こっちは命がかかっているのだ。
さっき会ったばかりな上に平気な顔してサナさんを拐う連中だ、信用しろという方が無理な話。
俺がジリジリと後ずさりながら武器を握っている腕に力を加えると、ハートちゃんは思いも寄らない行動に出た。
「ちょ! ハート! なにしてるのあんた!」
「この通り、少年へ攻撃を仕掛ける意思はありません」
ハートちゃんは武器を地面において、両手を上げて俺を直視してきた。 これも油断させるための策略か?
そう思ったが、すでにハートちゃんは挑発スキルを解除しており、俺の視線は自由に動かすことができるようになっていた。 入念に周囲の様子を確認するが、敵影の姿は見えない。
「ハート! 危険だよ! お前は今、腹をすかせた獰猛な獅子の前で、ひっくり返って腹を見せてる草食動物同然なんだからね!」
「お兄、たとえがややこしいよ」
『悲報、ナイル氏が猛獣扱いされてる件』
『だって魔法を物理で打ち消しちゃう化け物だからねw』
『あれを見た時は脳内シュークリームまみれにでもなったのかと思ったよw』
コメント欄からも一旦落ち着くようにと諭されている、気がする。
緊張感のあるコメントよりも俺を笑わせようとするコメントが多くなったもん、そういうことなんだよね?
『カァスタァーッド』
『チョコレゥーィト』
『シュゥゥゥクリィィィィィムッ!』
「やかましいわ」
「え?」
「あ、すんませんこっちの話っす」
思わずツッコんでしまい、トト・ホープさんからキョトンとした顔を向けられる。 俺はため息を付きながら武器を地面に投げ捨てた。
その様子を見てホッと息を吐くハートちゃんとトト・ホープさん。 なぜか安心しているようだが、こっちは格下な上に無知な状態でトッププレイヤーに囲まれていたのだ、俺の方がよっぽど怖かったに決まっている。
「確認ですけど、あんたらは俺でデスペナ検証するために、なぶり殺そうって魂胆じゃあないんですよね」
「え? なんでそんな思考になったの?」
「そう言われれば、なんでっすかね?」
俺は少し前の記憶を辿る。 そう言えば、俺が殺されると思いこんでなりふり構わず暴れる原因になったのは、コメント欄の一言が原因だった気がする。
それを思い出したらとたんに恥ずかしくなったのと同時に、イラッとした感情が湧き上がった。
「誰だまぎらわしぃコメントしやがったのはぁぁぁぁぁ!」
『ほら戦犯のコメしたやつ、正直に手を上げろ』
『先生怒らないから』
『えへ?』
「えへっ? ってなんだよ!」
地団駄を踏みながらコメント欄を睨みつけていたら、トト兄妹からやべーやつを見たと言いたげな視線を向けられた。
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「なるほど、生配信中に異世界転移してしまったと」
「だからステータスが四桁になってるんだね」
「計算上だと五つの職業レベルをMAXにしたようなステータスだ」
「そりゃあ魔法を物理で相殺されるわよね」
先程戦った荒野で座り込み、井戸端会議よろしく二人に身の上を話していると、納得したようにうんうん頷いていた。
「私たちは気がついたらレベルが一になっててビビったからね」
「最初の数日は情報収集に奔走したよ」
「そのせいでいまだにレベル六十の職業が三つしか無い。 まぁ、本職はレベルMAXにできたけどね」
話を聞いたところによると、あの日俺が転移したと同時にこの世界に転移したプレイヤーたちは全員レベル一になってしまったらしい。
すでにゲームプレイしていたプレイヤーたちはフリーズの直後に突然、全ステータスリセットされ、絶望の涙に震えていたとか。
そのおかげでこのトト兄妹もレベル上げ真っ最中だったらしく、今のステータスは五百前後らしい。 俺の今の同接数は十四万だからステータスは単純計算で千四百前後。
なんとか立ち回ることができたのはステータスの恩恵らしい。
「ソルジャー、ウォーリアー、ウィザードの数値を上げればバランス良くステータス上げられるし、補助スキルも中々に使い勝手がいいからね」
「ボクの場合は固有スキルが強力だから、職業スキルが便利なアサシン、パラディン、プリーストを中心にレベル上げてたんだ」
「レベル上げの基本は三十、六十、九十を目安に満遍なく上げるのがおすすめ」
「中でもソルジャーとウィザードの優先度は高いかな?」
二人から話を聞いていると、随分とウィザードが優遇されているのがわかる。 なんでもウィザードは魔法攻撃の性能が非常に高く、魔法攻撃は弱点さえ把握してれば相手がなんだろうと刺さるんだとか。 その上デメリットとしては耐久力程度しかないかららしい。
耐久力の問題はプレイスキルでカバーできるため、あえて防御を捨てるパンイチの変態プレイヤーも複数いるって話だ。 念の為加筆するが、パンイチとは防具を一切装備しないと言うこと。
他にも職業によって上がりやすいステータスが異なっており、魔力以外満遍なく上がるソルジャーと、防御とHP以外いい感じに上がるウィザードを徹底的に育成すれば程よいステータスになると教えてもらった。
そこにウォーリアーのレベルを上げてHPと攻撃力を重点的に上げれば最低限のステータスは確保できるらしい。 ちなみに、レベルを三十、六十、九十で区切るのは、職業スキルを覚えるのがそのレベルだからと説明を受けた。
『さすがトト兄妹』
『マジで参考になります』
『お前らやばいぞ、俺達の仕事がトト兄妹に奪われる!』
今までコメント欄だよりにこのゲームの情報収集してきたため、廃人レベルにやり込んだトト兄妹からの情報は目から鱗だった。
「って言うか、なんでお二人は俺なんかにそんな情報を提供してくれるんです? ここはもうゲームの中じゃないんだし、その情報って超貴重でしょう?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたねぇ坊や」
ホープさん(さっき呼び捨ての許可をもらった)が不敵な笑みを浮かべながら三角帽子を深くかぶる。
「私たちは強力な仲間を探していたのさ」
「ゲーム攻略のために? でもあなた方ならこのゲームの攻略なんてお茶の子さいさいでしょう?」
「それがそうとも言い難いんだよね」
気まずそうな顔で割って入るハートちゃん。 なにやら不穏な空気を感じる。
「私はこのゲームを五回以上全クリしている。 その五回の中で、どうしても覆すことができなかった事実がある」
無駄に鼻にかかったような声で前置きを置くホープさん。 もったいぶってないで早く話さんかい。
「私に限らずこのゲームではね、ストーリークエストを進める中で、絶対に一度死んでしまうんだよ」
「ホープさんでも死んでしまうクエストがあるんですか?」
「ああもちろん。 いわゆる死にイベさ。 もちろん私は何度もこの死にイベを回避しようと、普通の人がしないような面倒極まりない育成や、乱数調整必須レベルの徹底的なステータス管理も行った。 なのに死んでしまうのさ、あのイベントが発生すると」
急に口の中が乾き、胃の辺りが締め付けられるような感覚に襲われる。 今まではゲームだったから死にイベがあってもそういうもんかで片付けられた。
けれど、いまこの状況においては絶望しかない。 超絶廃人なホープさんが本気で抗っても攻略できなかった死にイベ、それを攻略しなければこの異世界から元の世界には戻れない。
それはすなわち、転移した俺達プレイヤーの中から少なくてもひとり、犠牲者を出さないといけない事に相違ない。
「だから私たちはね、信頼できる強者を探すためにあの修道院を徘徊していたのさ」
ホープさんは狐のような笑みを浮かべながら俺に手を差し出してきた。
「君は想像以上の強者だった。 油断していたとはいえ、この私の身代わりマントを破壊したんだ。 そんな偉業、妹のホープですら成し得なかったんだからね」
「いやいや、たまたまですよ。 しかも今のハートちゃんはいろんなスキル使えるんですよね、それなら今やったらきっとハートちゃんでも……」
「無理だったよ。 お兄の自己複製顕現はボクでも攻略できなかった」
「え? マジ?」
『驚愕の事実、ナイル氏実は最強でした』
『いやいや、ナイル氏は俺達のお陰で最強なんだぜ?』
『ってことは、真の最強は視聴者のあたしたち?』
今コメントした視聴者達に、調子に乗るなと言ってやりたいが……全く否定できなくて草。
「そういうわけで坊や、私たちと一緒にあの理不尽な死にイベ、【破滅の女神セフメト・平静祈願】を死なずに攻略する手助けをしてくれないかい?」




