『なんだこのレベルが高い対人戦』
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ウィザードとは名前から分かる通り魔法を基本として戦闘する職業。 基本三属性の魔法を操ったり味方の支援を担当する後衛職だ。
そんな後衛職で、耐久も全職業中最下位のウィザードが一対一の殴り合いを俺に申し込んできた。
転職したばかりとは言えモンクは単騎最強を誇る自己完結型の前衛職。 あくびしながらでも倒せるだろう。
そもそも、先程RTAしていたパラディンのダンジョンでは、魔法を基本攻撃手段とするコプスネクロマンサー相手に余裕勝ちしているのだ。 レインボースコーピオン並みの強化をされているコプスネクロマンサーを、単騎で余裕撃破。
いくら相手が有名人だからといって、遅れを取るはずがない。 はずなのだが……
「近づけねえ!」
「ふふふ、どうしたのかな坊や? 私は先程から一歩も動いていないよ?」
トト・ホープさんは戦闘開始と同時に無詠唱で炎の弾丸をガトリングのように連射してきた。 今は避けるのが精一杯。
詠唱時間が攻め手かと思ったのだが、その詠唱時間無しに炎魔法らしき魔法を連射。 どうやらウィザードという職業はレベルアップで激しく化ける職業らしい。
「少年、あれはレベル九十で覚える職業スキル【詠唱破棄】だよ」
妹のトト・ハートさんが解説をしてくれた。 今は俺とトト・ホープさんの戦いを高みの見物中だ。
職業スキル、それは各職業がレベル三十ごとに覚える強力なスキル。 その職業固有の性能となっており、それを覚えるだけでも戦闘の幅が大きく広がる。
「なんだよそれ! 詠唱が弱点だったウィザードから詠唱を引くんじゃねえよ!」
「どうしたんだい坊や? その程度の実力であのダンジョンを三分で攻略できたのかい? もしかして、ただのマグレだったのかな?」
明らかな挑発である。 蔑んだような笑みを浮かべながら炎魔法らしき魔法を連続発動。
しかし、この魔法はあくまで初級魔法と推測できる。 魔法を見るのは初めてだが、流石に強力な魔法を詠唱破棄はできないだろう。
それができたら反則だ。
反射的に避けてはいるが、今の俺のステータスは視聴者のお陰でありえないほどに上昇しているのだ。
つまり、初級魔法程度ならあたったところでどうってこと無いということ!
地面を力いっぱい踏みつけ、大地を割って反り立てる。 反り立った大地で簡易的な盾を作り出したことで、炎魔法が大地の壁を無意味に叩く中、おれは反りたてた大地を一気に駆け上って跳躍。
いまだがら空きのトト・ホープさんの頭上から被弾上等の一撃を振り下ろ——
「これだから初心者は。 私との戦いで、頭上から攻めるバカは初めてだよ」
——そうとしたのだが、脇腹に着弾した炎魔法が突然暴発した。 衝撃で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。
想定以上の威力に度肝を抜かれる。
「なんじゃこりゃ!」
「おやおや? あまりダメージを負っていないみたいだね?」
地面に叩きつけられた俺を見て目を見開くトト・ホープさん。 彼女はあまりダメージ負ってないとか言ったが、身代わりマントの耐久値は三分の一減らされた。
まあ、身代わりマントのおかげで痛みはなかったが。
「今のはレベル六十で覚える職業スキル【融合魔法】で作られた中級の爆発魔法、エクスプだよ。 この魔法はエフェクトが炎魔法と似てるけど、威力は桁違い」
「トト・ハートさん解説あざーっす」
ハートでいいよ、と返事してくれた。 どうやら妹のハートさんはこのゲームに大変詳しいらしく、論理的な戦闘を行うらしいのだが……
『相変わらずの知識量w』
『なんだこのレベルが高い対人戦』
『見てるこっちがヒヤヒヤするぞw』
「それにしてもさっきの立ち回りは興味深いねぇ。 大地をめくることでオブジェクトを使ったガードをした、と? なかなか頭の回転が早いみたいだ」
感心したように頷くトト・ホープさん。 おそらくここまでの戦いを見る限り、この兄妹は戦闘スタイルが全く異なる。
解説大好きなハートさんは理論的な立ち回りをするのだろう、対して兄のトト・ホープさんはいわゆる、火力ゴリ押しの脳筋だ。
「ならば、小賢しいことができないようにここら一体を更地にしてしまえばいいんだね!」
トト・ハートさんは両手を大きく広げながら長い詠唱を開始した。 このゲームは特定の呪文を口に出す必要がない。
脳内で思い浮かべた魔法を任意で発動することができるのだが、その際足元にはその魔法に適応した魔法陣が出現し、それが消えると同時に魔法が発動する仕組みになっている。 これがいわゆる詠唱時間だ。
先程のように詠唱破棄を使用しないということは相当に威力が高い高位魔法なのだろう。 推測するに上級以上の魔法であることは明白。
けれど詠唱時間中、術師は動くことができなくなる。
つまり今が攻め時と言う事だ!
魔法陣を見た瞬間慌てて逃げ去ろうとしていたハートちゃんを横目に見つつ、足元を力いっぱい蹴り飛ばして一気にトト・ホープさんに突進。 しかし、視界の端、予想もしていなかった方角から攻撃が飛んでくる。
この感覚、戦術眼スキルによる攻撃感知! とっさに身を翻して攻撃をかわした。 しかし無理な体勢になったことでバランスを崩す。
戦術眼がなければ直撃していただろう、まさかこんなところで役に立つとは!
「あら? 今のは攻撃が読まれてたのかな? いや、あの表情、全く予想できない攻撃で驚いてることは確か。 ってことは運良く戦術眼でも発動させたってことかな?」
トト・ホープさんは目を見開きながらも詠唱を中断した。 今の感じだと先程の詠唱は明らかに揺動。
隙だらけと見せかけて別方向からの攻撃。 だが、攻撃が飛んできたのは明らかにトト・ホープさんがいない方角だった。
死覚からの奇襲。 つまり第三者の介入! やはりこの人は、ピーケー目当てで俺に勝負を挑んだのか?
咄嗟にかわしたせいでバランスを崩し、地面をコロコロと転げ回っていた俺へ視線を向けてくるトト・ホープさん。
ピーケーが狙いなのだとしたら状況が変わってくる。 勝てないのならば逃げの一手にシフトチェンジ。
問題はハートちゃんがいまだに肩に担いでいるサナさんをどう助け出すか、なのだが……
「ふーん、まあいいんじゃないかな。 あれを避けるんだもの、センスありでしょ」
「お兄、あれは運が良かっただけだから実力は関係ないんじゃない?」
「なに言ってるの? そもそも私のエクスプを受けてもピンピンしてるし、大地を使ったガードは私も予想できなかったからさ。 いい参考にさせてもらったよ」
驚くことに杖を虚空に消して構えを解いてしまうトト・ホープさん。 しかし、さっきの騙し討の件もある、油断はできない。
服についた砂埃を払いながら慎重に立ち上がる。
「また誘い込みっすか? 俺が同じ手に騙されるとでも思ってます? もう一人隠れてるっしょ、とっとと出てきてもらっていいっすかね?」
さすがに三対一では逃げ切れるか不安だが、それでもどうにかしなければ俺が殺されてしまう可能性がある。
緊張の糸を張り巡らせながら周囲を観察していると、トト・ホープさんはクスリと鼻を鳴らした。
「ごめんなさいね? 一対一の勝負とはいったけど、このゲームにおいての一対一はプレイヤー対プレイヤーの事なの」
「いやいや、言ってる意味わかりませんが? もしかして開き直ってます?」
「うーんとね、わかりやすく言うのなら……例えば、サナちゃんみたいなレンジャーが使う眷属召喚スキル。 あれ使って眷属を召喚しても一対一になるってこと」
これで分かっただろうとばかりに腰に手を当ててドヤ顔をするトト・ホープさん。 言っていいのかわからないが、その話とさっきの奇襲は別物なのでは?
「坊や、あなたはこの世界に転移した時、固有スキルをもらわなかった?」
「貰っていることは貰ってますが、内容を明かすつもりはないですよ?」
「私たちの調べによるとね、あの固有スキルは……このゲームのプレイ傾向に応じた性能なの」
ニヤリと口角を釣り上げながら何者かを手招きするトト・ホープさん。 俺は武器を握る右手に力を込め、どっしりと腰を落として相手の出方を伺う。
「そう警戒しないで頂戴? 紹介が遅れたね、この子は私が召喚したサブアカウントのアバター。 トト・ホープ二世」
現れたのは、トト・ホープさんと瓜二つの格好をした美女、に見えるネカマ!
「……サブアカウント? 召喚? 一体、何を言って——」
そこで、先程トト・ホープさんが言っていた言葉を思い出した。
(一対一の勝負とはいったけど、このゲームにおいての一対一はプレイヤー対プレイヤーの事なの)
「——もしかして今のは、あなたがスキルで召喚したサブ垢だとでも? いやいや、それってマジ反則じゃないっすか?」
「私もそう思うのだけどね? そういうスキルがあるんなら、使わない手はないでしょう?」
サブアカウントとは、好きなゲームを遊び尽くしたガチ勢が、自分が遊んだデータは消したくないけど、もう一度最初から遊ぶために作る二つ目のセーブデータ。
ゲームが大好きなガチ勢たちはサブアカウントを使い、制限プレイを嗜んだり、より効率的にゲームを進める研究したり、マルチプレイで楽に立ち回ろうとするのだ。
無論、ヘリポリ超ガチ勢であるトト兄妹がサブアカウントを持っていたとしても不思議ではない。
しかし、そんなガチ勢の中でもトップオブトップの実力を誇るトト・ホープさんが、異世界転移したこの世界で、そのサブアカウントを召喚する固有スキルを持っていたとしたら……
最強に近いプレイヤーが分身することと同義。 そんなの、地獄絵図である。
「私の固有スキルは自己複製顕現。 全職業レベルをマックスにした上に、サブイベントやメインイベントも全クリしたサブアカウントを、眷属として召喚するスキルなの」




