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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十七章
633/1711

領内深くに入り込んで

 本陣からの合図を受け取り、マシディリは返答のオーラを打ち上げさせた。

 それから、自隊に向けて自身の赤のオーラを膝下で広げ、立ち込める。そのオーラに合わせて自らも前進した。ついてくるのはレコリウス隊などの第一列の中でも精鋭。


「時は来た!」


 腹から、叫ぶ。


「かかれ!」


 すっかり汗と埃に塗れた髪を振り、マシディリ自ら先陣を切る。

 おお! と言う野郎どもの声も続いた。


 戦況は優勢。最終段階。


 フラシ騎兵が敵右側面を襲い、追い払われれば引き、重装歩兵を守る兵が少なければ蹴散らす。この調整を見事に行い、敵の気を引き付けていた。


 いや、ある意味この軽装騎兵は負け続き。相手が無視したなら無視したで、警戒されてい無い中を本領発揮でずたずたに切り裂くつもりだったのだろう。


 今回は違ったから、それに対応しただけで。


 対応と言えば今第一列に代わって前で戦っている第二列、トルペティニエも見事だ。勢いよく当たるところはあたり、退くべきところでは退く。硬い隙間に物を挟むために押したり引いたりして隙間を大きくするように。第二列による圧をかけたり減らしたり。それでいて自隊が崩壊しないようにも調整する。挟み込まれるモノであるフラシ騎兵の様子も常に把握する。



 先輩方は、非常に広い視野を維持されている。


 そう思っているマシディリも、冷静に戦局を観察し続けるだけの余裕があった。

 そして、その余裕は自信に満ちた姿にも映り、兵を庇ったマシディリと言う印象と裏切り者の末路が一層第一列の気概を引き立てる。


 結果、最初に突撃したマシディリとファリチェの第一列二千二百が再度突っ込めば、戦闘が終わりを迎えた。


 真新しい装備の無い鍛え上げられたメガロバシラス軍一万四千。

 この軍団は、アレッシア軍二万二千によって叩き潰されたのであった。


「このままエスピラ様が占領されていた街を取り、トーハ族からの襲撃に対する防衛拠点を奪う」


 被害確認もそこそこに、高官を集めた場でディーリーが広げた地図の上で棒を動かした。

 巨大な地図も、もちろんファリチェ製である。


「既に西側の防衛拠点は落ちつつあり、アカンティオン同盟も南から寄せてこようと大軍団を編成した後だ。この上トーハ族まで侵入自由となれば、メガロバシラスは名前すら失う。

 防ぐためには、即座の降伏か、最も近い脅威である我らを叩くしかない。手元にいる軍団も、王の傍にいる者達だけだ」


 ディーリーの言葉に合わせて奴隷が棒を伸ばし、メガロバシラスの王を示す石を北上させた。


「会戦候補地も絞り込めている。首都で徴兵と訓練が激しさを増しているのも確かな情報だ。奴らが来るのは、ほぼ間違いない」


 落ち着いた声に変えつつ、ディーリーが棒を引き寄せ自身の掌を叩いた。

 顔も地図から上がる。向かう先は一人一人か。


「ただ一つの問題は、この軍団に対する勝利で以て戦いを終わらせなければならないと言うことだ。逃がすことは許されない。この一戦で、完全に叩き折る」


 しっかりと各々の底にまで言い聞かせるようにディーリーの顔が動いた。


 そこからは、気合を入れるためのディーリーの演説が始まる。細かい作戦の打ち合わせが無いのは、まだ上層部で打ち合わせ中なのか、まだ隠しておきたいからなのか。


 それは分からないが、今日の会議が終わるとマシディリは早々に体調不良を訴えていた兵たちの見舞いに回った。私の手で治すことはできませんが、と言いつつ、人を紹介し、白や緑のオーラ使いの疲れも労う。



 その後は、観天師などの連れてきたエリポス人との話。


 無駄話が多いが、彼らも何かと負荷の多い身。親身に聞いてやり、時間をたっぷりとかける。その最中にも陣中で起きた喧嘩や賭博の把握、他隊の様子にメガロバシラスへの探りの報告を聞くなど、軍団長補佐の立場でもやるべきことはたくさんあるのだ。


 無論、自身と軍団の訓練も行わなければならない。


「マシディリ様。べルティーナ様からの手紙が届きました」


 忙殺されていた、と言いたいわけでは無いが、しまった、とはマシディリは思った。


 書きかけの返信が、天幕の中に転がっているのだ。

 そうこうしている内に来てしまったか、と思い、感謝だけはしっかりと告げてすぐに中を開く。


 まずは、短めの時候の挨拶。

 それから『返信を急がせるつもりはございません。ただ早めにお伝えするべきだと判断したことがあったため、こうして連絡を取ることに決めさせていただきました』と気遣いの文言がやってくる。


 ユリアンナのおかげでうまくやっていること。アグニッシモは相変わらず大勢の友達と駆けまわっていることが多いこと。スペランツァはそれに混ざったり混ざらなかったりすること。


 何より、父と母がアレッシアにやってきたこと。

 エスピラがアグニッシモの雑多な付き合いを喜んでいたことが簡潔に書かれていた。


 それから、エスピラとも話す機会があり、ウェラテヌスの書斎を使って良いと言われたことが続いている。べルティーナはその場で断り、重要な機密もあるのでしょうからおやめになった方がよろしいのではありませんか? とそれとなく伝えたところ、君はそんなことしないだろう? と一笑に付されたことが書かれていた。


 だから、マシディリにもそれとなく注意しておいてほしい、と。

 お義父様の目を疑う訳ではありませんが、主なく出入りできる者を安易に増やすべきではありません。とも丁寧な文字で書かれていた。


(本当の機密ならば)


 多分、別のところに隠すだろうな、と思いつつそんなことは手紙で書けないなとマシディリは思った。脳裏に浮かんでいるのは、名目上は父の寝室だ。母の寝室も別にあるのだが、母は基本的に父の寝室に籠っている。


『それから、これは覚えておいて欲しいことなのだけど』

 と、べルティーナの文字が続く。羊皮紙に珍しく微かに削られた痕もあった。


 べルティーナの性格を考えれば、これは、かなり書き直した末の手紙なのだろう。全てがこの文章で書き直したからなのかは分からないが、『早めに伝えるべきこと』とはこのことか、とマシディリは僅かに身構える。


『例え、お義母様にマシディリ様が前に出るのを止められたとしても、マシディリ様に信念があるのなら私は迷うことなく背中を押します。貴方を待つ人が多いとしても。貴方の命に責任を持てるのは、貴方だけなのだから』


 が、書かれていたのは僅かな硬直を要するモノ。

 それから、山越えの戦いでのことか、と絞り込んだ。


 あの場には、父の耳目と言われているソルプレーサが居た。耳目である。当然、父も知るところとなっただろう。マシディリの傷も、前に出たがる癖も、数々の蛮勇も。


 父からの咎める手紙は無い。手紙をあえて少なくしているのだろうが、枚数も削ったためか体を案ずる文章の後は息子に送るようなモノでは無い家族自慢だけで終わっている。


 母からは、稀に一言あるか無いか。


 だから、不意に母の口から漏れた言葉だったのではないかと推測ができる。

 それだけ母がべルティーナに心を許している証でもあり、べルティーナがマシディリの父母は子供たちを溺愛している両親だと思っているからこそ、べルティーナが少し心配した、と言ったところか。


(兎にも角にも、べルティーナが上手くなじめているようで良かったです)


 ユリアンナやフィチリタにも感謝しつつ、最後の一文に目を通す。


『追伸。男の子も可愛いと思います』


 少し小さく、いつもよりやや崩れた文字にマシディリの口角は思わず緩んでしまった。目じりも下がる。


 精一杯の、べルティーナなりのマシディリに渡すマシディリが生きる理由なのだろう。


「良い家庭を築けているようですね」


 ソルプレーサの淡々とした声が聞こえた。


「そうですか?」


 ゆるみを徐々に直しながら、返す。


「表情が良く変わっておられました。それも、やわらかい方向に。マシディリ様の不幸は、何があったらどのような反応をするかをエスピラ様が我々に見せてしまっていたことでしょう」


 直した表情を崩し、マシディリは楽しそうな笑顔を広げた。


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