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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十七章
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熱心さ

「アレッシア人ってのは熱心だな」


 言われ、マシディリは書留を作っていた手を止めた。

 マシディリの手元をしっかりと照らしている松明は変わらない。奴隷がしっかりと持ってくれている。


「アレッシア人、ですか。アリオバルザネス先生と共に戦い続け、最後の意思を聞き届けた方々の話でしたら、皆さん聞きたがると思いますよ。まさに生きている英雄譚ですから」


 流暢なエリポス語で返しつつ、マシディリは筆記を再開した。


 彼らは捕虜ではあるが、アリオバルザネスの弟子と考えれば兄弟子である。そのため、マシディリは水で薄めてはあるが酒と幾ばくかの果物を差し入れていた。その差し入れは、毎回きっちりと消費されていく。遠慮は無いらしい。してもらっても、困るのだが。


「そうかいそうかい」


 今日の差し入れの最後を、頷いた男がかっさらう。同じ牢に入っている別の男から非難を受けていた。

 が、顔にはどこか明るいモノがある。


「俺らはそろそろビュザノンテンに引き渡されるんだろ?」


 少し迷い

「ええそうですね」

 とマシディリは肯定した。


 港街の奪還。

 それが為ったことぐらい、捕虜でも分かるのだ。街についてからの移動も少なくなっていけば、推測もできるというモノである。


「ビュザノンテンか」


 感慨深いように聞こえる声が捕虜から出てきた。

 内心首をかしげる。同時に、父が昔捕虜に取ったことがある者達なのかともあたりをつけた。


「将軍が言っていたよ。ビュザノンテンに連れていかれることがあれば、エスピラ様を出せとつっぱねれば悪いことにはならないってな。ただし、最後までメガロバシラスのために戦った者ならば、だけどな」


「そうでしたか。それならば、確かに父上も」


 言いかけて、止まる。


 アレッシアに引き渡される、なら、まだ分かるのだ。

 ヌンツィオにでも良い。他の地にもあり得る。


 が、ビュザノンテンに?


 場所を特定できるのか。そもそもそこで止めて良いのか。あてずっぽうでもあたりはするが、『アレッシア人ってのは熱心だな』から始まっていたとすれば。


「何故、ビュザノンテンと?」


「おっと。最後の土産にするつもりが気づいちゃったか」


 リーダー格の男が、からからと笑った。

 杯が出される。マシディリが頷いた。奴隷が、水で割った酒を注ぐ。


「熱心に来ていたのは、若々しくはあるが三十代半ばから後半ぐらいだろうなと思える男二人だ。身なりは良くて、仲も良い。エリポス語も流暢だ。


 尤も、熱心に聞いていたのは将軍のことでは無く山での戦いの話、だったけどな。裏どりかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。俺らに聞いているのに、作戦は相手の、つまりはマシディリ様のモノしか聞いてこないんだ。こちらに聞いてくるのは、兵の様子。敵味方共にな。


 最初は監査とかの仕事かと思ったが、そんな者がマシディリ様より上等な鎧と衣服を纏うかね。戦場で、わざわざ上等なものを背伸びして纏うか? 軍団長補佐で、名門貴族の跡取り。それを超える物をとは、疑うのも分かるだろう」


 これが土産だよ、と男が言って、酒を飲みほした。

 続きが知りたきゃエスピラ様に話しておくれ、とも他の男が囃し立ててくる。


(なるほど)


 一種の取次た。

 彼らも彼らで、良い待遇に預かるために。もしかすると、明言すると自らの身が危うくなるから。


「ビュザノンテンにいるグライオ様に手紙を書いておきます。あとで、皆様にも一通差し上げましょう。それで、いかがですか?」


「嬉しいね。アレッシアに負けたんじゃない。将軍の弟子に負けたんだ。将軍遺したモノ同士の戦いだったんだってさえずっておくよ」


「ありがとうございます」


 感謝をしつつ、今日聞いた内容のまとめに入る。

 思考は、別のことを。


(私よりも平時の立場も上で軍団での立場も上の人物)


 即ち、一門の当主かマシディリよりも年上の建国五門の次期当主。

 尚且つ、この軍団に居る者達。

 それでいて、三十代半ばらしい。若々しい見た目だと言うのに年齢が分かっていると言うことは、捕虜を雑多に扱わず、ある程度親身になろうとした形跡だと見て良いはずだ。


 該当者は。


(叔父上と、イフェメラ様)


 マシディリが、イフェメラやマルテレスの戦術を見て学んだように。

 ジュラメントとイフェメラもマシディリの戦い方を調べ上げようとしているのなら。


(関係ありませんね)

 と、マシディリは黒くなっていく思考を引き留めた。


 アレッシアのために。

 全力を尽くすのは変わらない。やるべきことをやるだけ。父祖に顔向けできるように、内側の闘争ではなく外敵との戦いに注力するのみ。


 その上で向こうが対立に備えていたとしても、衝突するとは限らないのだ。


 知れただけでも逆手に取ることができるかも知れない。


「兵の様子はどうですか?」


 思考を今に戻し、牢から出たところでマシディリは聞いた。

 静かな被庇護者ソルプレーサがゆっくりと近づいてくる。


「マシディリ様への羨望などが四割、恐怖が二割、と言ったところでしょうか」


「残りの四割は何でしょうか」

「アレッシアへの忠誠などです」


「など、ですか。土壇場で、他の第一列の方々は使えると思いますか?」

「使えなければ、それはマシディリ様の力不足と言うモノでしょう。その場だけではなく、準備の段階から戦いは始まっているのです。それを無視して本番であれがあれば誰が居ればなど、エスピラ様からすれば愚か者の妄言でしか無いかと」


 違いない、とマシディリは思った。


 ソルプレーサから聞いた話では、父エスピラも良く「グライオが居れば」「ヴィンドが居れば」と言った言葉を漏らしていたらしい。ただ、そう言いつつもエスピラは勝ってきた。負けた言い訳には使っていないのである。


「引き渡しまでに少々時間があります。兵たちが望む何かを用意したいのですが、何が良いのか調べておいてもらえますか?」


「かしこまりました」


 ソルプレーサが音も無く消えていく。


 意識だけでソルプレーサを見送ると、マシディリは簡易的な鍛錬場に足を向けた。そこではアビィティロが紙一重で木剣をかわし、懐に飛び込んで突きを放っている。食らった者は、当然の如くしりもちをついた。


 苛烈なしごきではあるが。


「ずっとですか?」

 そうであれば、一番大変なのはアビィティロだ。


「はい。ずっとアビィティロ様です」


 師匠の前だからかいつもより物音を立てなくなったレグラーレが、ぬらりと現れて丁寧に返答してくれた。


「二回やられれば代われる兵よりも、アビィティロの方が疲れ果てそうですね」

「アルビタに叱咤しようとして思いとどまったそうです」


「何故ですか?」

「果たして自分がアルビタと同じ場所にいたとして、マシディリ様に傷を負わせずに済んだのかどうか、と」


「なるほど。そうですか」


 ちなみに最多挑戦回数はピラストロです、とレグラーレがぼそりと付け加える。


 精が出ますね、なんて言って去ろうかとも思ったが、マシディリはさらに鍛錬場に近づくことにした。途中でレグラーレから特に印象に残った者とその理由を聞き、着いてからは直々にその者達に声をかける。


 最後に、厳しいだろうが是非とも乗り越えてくれ。戦場で最も役に立つのは、逃げない心だ。もし恐怖を覚えたとしたら、相手の感情を理解できたと思ってくれて構わない。全員がアビィティロな訳では無いが、敵の全員がアビィティロに見えることは良くあることだ。そして、敵にそう思われれば、犠牲も少なくて済む。


 そう言った言葉をかけ、マシディリは鍛錬場を後にした。


(ベロルスの方と会うわけにはいきませんからファリチェ様に、その前に天幕に)


 グライオは自身の下にベロルスの者を連れてはいるが、一切推薦はしていないのである。エスピラも、関わろうとはしていない。

 ならば会わない方が良いのだろう。元々、グライオがエスピラの右腕なのもあってマシディリがビュザノンテンからの使者と接触すると無用な警戒を産みかねないのだ。


 軍団の高官に、余計な労力はかけるべきでは無い。


「マシディリ様」


 そんな考え事をしていると、兵から声をかけられた。


「怪しい者を捕まえました。マシディリ様に会わせろとうるさいので、中に転がしてあります」


 こちらに、と背筋を伸ばした兵がはきはきと言ってくる。

 向かった先はその兵も寝ている天幕。その中には、紐で手足を縛られた状態で座っているイーシグニスが居た。


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