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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十七章
632/1714

嫌いだよ

「目的は兵に命を懸けろと素直に言える状況を作ることです」


 マシディリは、机を挟んだ間をそのままにして言葉を続ける。


「どうして欲しいのかと言えば、ルカッチャーノ様のタルキウス当主就任を後押ししていただきたいのです」


 ディーリーの眉が動いた。

 眉間に皺も出来ている。


「もちろん、積極的な支援は必要ありません。認めている、と。ただそうおっしゃってくだされば良いのです。


 ディーリー様がイフェメラ様やフデナ様を派遣されたのは、現状を良く理解しているうえに実力もあったから。だからこそ、本来の上を差し置いて据えたのです。


 タルキウスも似ているとは思いませんか?


 現当主は確かに政界を引退されております。衰えを自覚したからこそではございますが、未だに家のことでは力を持っている。現状を理解できていない者が、家門の首根っこを掴んでいるのです。

 その状況を変え、タルキウスをよりアレッシアのために動かすためには新たな当主が必要でしょう。あらゆることを経験し、現状の分かる者が。


 それは、即ちルカッチャーノ様だと。


 違ったとしても構いません。タルキウスがそう言っている。ならばそれを応援するだけ。

 似たことをされているならば、それでよろしいのではありませんか?


 脅してきたタルキウスに対して叛意が無いと示す好機にもなります。ディーリー様の行動も、多少は批判を弱められるでしょう」



 より重くなっていそうな口を、ディーリーが開いた。


「何が目的だ」


 出てきた言葉は同じモノ。

 気温も変わらない。山と違って、寒くは無い風。集団だと言うのに川を抑えているからか匂いもきつくない陣。天幕越しにも微かに聞こえる兵達の喧騒。


「ディーリー様、フィルフィア様、イフェメラ様のタルキウス支援は私の口添えであると。そうルカッチャーノ様に知っていただければ十分なのです。これからの、二門の関係のために」


 ディーリーが、僅かに押し黙った。


 ディーリーにとっても悪いことでは無いのだ。

 ウェラテヌスとタルキウスの結びつきが強くなるとはいえ、そこに自分もわずかながら介在できる。これは、将来利用できるかも知れない。


 それぐらい、簡単にはじき出せてしまうからこそさらに奥を考えているのだろう。


「何故、支援者の名前からジュラメントを省いた?」


 ディーリーの視線が下から戻ってきた。


「叔父上が素直に協力してくれれば良いのですが、そうはならないでしょう。亀裂を防ぐための考えで亀裂を深めかねないなど本末転倒です。

 加えまして、叔父上のことを嫌っている弟妹も一人ではありません。下手に絡まれると、余計にこじれることになるでしょう。

 故に、弾かせていただきました」


「成立すると思うか?」


「ビュザノンテンには、グライオ様がおられます。マルハイマナとの交渉にはフィルム様が。何より、民会の主流派はファリチェ様の影響を多分に受けております。

 ただ、このような交渉が互いの信を損ねるのでしょう。失礼いたしました」


「やっぱり気に食わないな。親の力を存分に借りる貴族など、碌でも無い奴だ」


 吐き捨てつつも、ディーリーが羊皮紙を取り出した。

 がりがり、とアレッシア語を綴っていく。


「だが、あれだけの捕虜を連れての山越えを成し遂げ、すぐにこちらの作戦を見抜いた。メンアートルも宮殿にはいないと聞く。グライオ様の手元に八千居ると思えば、こちらも下手なことはできない。負けるとは思っていないが、ディティキ側に先を越されるからな」


「ディーリー様が抜群の成果を挙げたとして、私には無事に講和交渉が終わるとは思えません」

「巻き込むつもりは無い。少なくとも、表立ってはな」


「ありがとうございます」

「勘違いするな。マシディリ様を引っ張り出せば、存在感が強くなり過ぎてジュラメントにとっては不利益だからだ」


「……ありがとうございます」


 会話の間も、ディーリーはがりがりと書き続けていた。


「ディティキ側の戦いは聞いているか?」


 指輪を外し、ディーリーが印を押す。


「聞いております」


 マシディリの返事を聞きながら、ディーリーは奴隷を呼び、粘土板を作るための一切を持ってくるように命じている。


「どう思った」


「答えるまでも無く、不可解だと。


 メンアートル様は父上やその派閥の者との交渉のみを許しておりました。そうでは無いのなら、一縷の望みにかけてマルハイマナと繋がるようにとも考えていたようにも思えます。


 理由は、単純でしょう。

 父上はアカンティオン同盟と最初から距離を置いていたから。


 メガロバシラスを憎むあの同盟と手を組めば、父上はもっとたやすくエリポスでの支援を受けられたはずです。ですが、結果は違いました。むしろアカンティオン同盟側が父上に、そして父上が無理でもアレッシアに媚びを売るためにアレッシア人奴隷の買い付けと解放を行ったのです。


 その父上との交渉ならば、敗北後でも良い立ち位置を築けると算用するのは普通のことではありませんか? アカンティオン同盟の影響も排除できると。不当なモノにはならず、カナロイアやドーリス、ジャンドゥールのように品格を尊重してもらえると。


 そう思い、そのような動きをしていたからこそ不自然だと思っております。


 三度の突撃と三度の誘い込み。流石に、三回目は分かるはずです。それなのに三回とも引っかかり、大敗を喫した。

 これは、戦場だけでできることではありません。戦場だけでできるとすれば」


 思い浮かんだのは、重装歩兵に突撃していく軽装騎兵の姿。あの光景。

 ただし、風景はころころかわる。変わっても、軽装騎兵の姿は変わらない。


「すれば?」


 間が空きすぎたのか、ディーリーが手を止めていた。


「イフェメラ様、ほどの腕が必要かと」


 それから、脳内の映像には浮かばなかった人物を答える。

 父親譲りの見抜かれにくい嘘の仮面に、本心を隠して。うまく隠れたのか、ディーリーも納得したように細かく頷き、粘土板作成に戻って行った。


「ジュラメントがディティキ側の者達を改めて見直したが、そのような作戦ができる者は居なさそうだった。居たのなら、アグリコーラ攻略戦でもっと野戦が多くなっていたはずだ。

 まあ、そこはフィガロット・ナレティクスが想定以上の傑物だった可能性も否定できるモノでは無いがな」


「彼も貴族ですが?」


 ディーリーが、手を止め、斜め下からマシディリを見てきた。


「親の力を借りているのは、冗談も同じか」

「父上よりは私の方が幾分か上手だと思います」


「はっ。平民には分からねえお貴族様の違いだよ」

「そのような言い方をされていては、人が離れていきますよ」


「じゃあ何でここにいる? 退室するなと言った覚えはないぞ」

「軍団長『補佐』、ですので」


(その実態は)

 と思いながら、思考をかき消す。


 どうせ放っておいてもメガロバシラスに甘い処置をした。

 そんな言い訳も、使いたくは無いからである。


「じゃあ補佐さんよ。後何度の戦いで、メガロバシラスは膝を屈すると思う?」


「次の戦いで捕虜を取りつつ逃げ帰らせれば、王城に引きこもっても居られなくなりましょう。それでも引きこもるのであれば、内部からの崩壊もあり得ます。何より、メンアートル様の復職が近づくのでは無いでしょうか。


 復職されずとも、逆転の手としては、こちらの英雄を叩く。イフェメラ・イロリウスに勝つしかありません。


 引きずり出すのであれば、次の戦いが正念場。

 講和の主導権を握るには、その次の戦いが正念場。

 時を伸ばせばディティキの軍が動き、時を遅らせれば我らの後ろに盾が完成いたします。


 槍は、既に引き絞られました」


「……グライオ様が、そう、動くと思うのか?」


「アレッシアを二分するのは父上の本意ではございません。が、トーハ族やアカンティオン同盟にとってはどうでも良いこと。そうではありませんか?」


 やっぱり、お前は嫌いだよ、とディーリーが笑った。

 両手を机について、やおらと立ち上がる。


「ジュラメントが警戒し、そうなればもう囲まれているとイフェメラが言ったことをマシディリ様は一人で警告してきた。嫌な奴だ。戦場でなら負ける気がしないが、何を考えているのか分からんな」


「今は、第一列の安定のために先の件に関して、何があろうともアレッシアは百人隊長以下の者達を罰することは無いと。神々と父祖に誓っていただければと思います。


 責任を取るのが上の者の仕事。


 ディーリー様がやるべきことは、それかと。『補佐』として言わせていただきます」


「マシディリ様自身の罰はどうする?」

「補佐ですので。ディーリー様お一人に背負わせるわけにはいかないでしょう。フデナ様も、一応は部下、と言うことになりますので」


「本当に、嫌いだよ」


 言いながらもディーリーが木の板を引っ張り出す。

 引っ張り出したが、やはり蹴っ飛ばした。新たに取り出した木の皮に殴り書きを始めている。


「私と君の連名で良いな。いや、それが望みだろう? 第一列の掌握のためには、マシディリ様が骨を折った構図の方がありがたい。そういう魂胆だろう。私に説き伏せる言葉は、そうすればマシディリ様にも責任が生じるようになるとかか?」


「解釈はご自由にとしか申し上げられませんが、連名は嬉しい限りです」


 そうかよ、と言うとディーリーが木の皮を見せてきた。

 マシディリも文章を読み、よろしいかと、と言う。そうすればディーリーが奴隷を呼んで、木の看板を五つ作らせた。


 それが張り出されたのは、その日のうちに。


「たまに来い。相談がある。行き違いを減らすためにもな」


 そう言って去って行ったディーリーの背に、ありがとうございます、とマシディリは無表情で返したのだった。


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