遠乗り Ⅱ
「なるほどなあ。ディティキ周辺を抑えられ、東もエイオンとか抑えられている以上、こっちから仕掛けるしかないってことか。エリポスにはがっつり敵視されちゃったもんなあ」
どちらも良港だ。
万を超える大軍を維持するための物資の引き揚げも出来るだけの広さと仕組みがある。
「いや。私も休戦協定は守るつもりだよ。際際を攻めはするけどね」
「おい」
「マフソレイオに関してティツィアーノ様も話題に上げてきているからね。父上の遺言を匂わせればティツィアーノ様とは手切れするだろうけど、その場合はエリポス再編にマフソレイオの意向も大きく入ってしまうよ。
マフソレイオも、安心できる味方だけどしっかりと利益を回収していくからね。父上の時は違ったのだけど、私に代わってからは国益も持って行こうとゆさぶってきているよ」
尤も、父の時から声はあったらしい。
ズィミナソフィア四世はその声を抑えることもしていたが、父が領土を割譲するなどして宥めてもいた。
そう考えれば、態度の変化はどちらかというと周囲の意思。ズィミナソフィア四世やイェステスの変心では無いはずだ。
「エリポスが潰れれば、残る大国はあそこだけか」
「え?」
目を大げさに開き、体をプリッタタヴから離しながらプリッタタヴを見る。
おいおい、とプリッタタヴが姿勢を崩した。
「イパリオンはまだそんな大国じゃないって」
「潜在能力は認めているよって話さ。私じゃなくてもね」
くすくすと笑いながら、今度はマシディリから馬を寄せる。
プリッタタヴも下手な冗談だ、と言いながら背筋を戻していっていた。
「マフソレイオと戦うつもりは無いよ。確約は出来ないけどね。私達には、残念ながら私達を取り巻く状況があるから。でも、長らく共に歩んで来た朋友を平らげようとする動きは信義にもとる。もちろん、共に多くの戦場を駆けてきた者に対しても同じことだよ」
あまり説得力は無いかも知れないけどね、とも、続けて。
「てぇーへんだな」
「大変だよ」
「ってことは、マシディリとしてはティツィアーノとの決戦はしない方が良い。せずとも勝って見せるってことか?」
(本当に大変だよ)
プリッタタヴの発言に、心の底から思う。
「実際、マシディリなら決戦せずとも勝てそうだもんな。一方で、ティツィアーノは決戦してマシディリを討つことができれば大逆転。そうでなくとも被害を与えれば、か?
いや、実はこれまでもそんな流れか。メガロバシラス南部以外では、ティツィアーノが先んじれる場所で戦っていたよな」
「そうだね。第七軍団の力もあって、ティツィアーノ様に時間を与えなかったからね。休戦協定のための会談でも、直接対決に勝機を見出しているようではあったよ」
「ってことは?」
「はは。プリッタタヴ。私を誰だと思っているんだい?」
笑い飛ばしてから、しっかりと盟友の顔を見る。
視線をそらさず、真っ直ぐな視線でむしろ固定するようにして。
「私はアレッシア人だよ。強い相手を正面から打ち破ることで尊敬を得られる。そうして得た尊敬で統治を優位に進め、半島の統一を成してきた。この精神こそがアレッシアの根幹さ」
それに、と手綱から手を離し、両手を広げた。
もちろん、プリッタタヴの前にも手が行く。プリッタタヴの体は特に反応せず、顔が困ったような、やんちゃな友を見守るような表情に変わっていた。
「広い戦域はティツィアーノ様にとって不利な条件。展開する支隊をいくら襲ったところで、私には第三軍団がいて、海上封鎖さえ解ければプラントゥムから第七軍団を呼びよせることもできる」
実際には統治と睨みのため難しいところはあるが、不可能では無いのだ。
「第三軍団と第七軍団、そしてプリッタタヴを合わせれば二万五千はある。ティツィアーノ様が支隊を襲い続けていれば、これに匹敵する兵数を維持するのは至難の業だと思うけどね。仮に成功しても、長くは続かない。
追いかける側が入れ替わる。この休戦協定の最中に、ね」
「うまく行けば、か」
呵々、とプリッタタヴが空に向かって笑った。
マシディリはゆるやかに手を伸ばす。プリッタタヴの視線が、追いかけるようにマシディリにやって来た。
「二千の援兵にさっさと来いって伝えておくよ。だから、東方諸部族の船の手配に一声頼むな」
「それが欲しいだけだろ?」
「はっはっはっ。すまん」
豪快に笑った後で、一気に頭を下げてくる。
イパリオンの頭領なだけあって駆け引きが出来ない訳では無いが、続けることを好まないのは確かだ。とはいえ、しない訳でも無い。
(まあ、気楽に付き合える方ではありますが)
個人的な友好関係に支えられている関係でもある。アスキルとの個人的な信頼関係も柱の一つ。
マシディリとの婚姻も愛人も認められないが、何かしらの方法は模索し続ける必要はあるだろう。
ただし、野心のあるイパリオンとは別方向で厄介なのがジャンドゥールだ。
大きな野心は無い。だが、気を遣う相手。
なるほど。そのような相手にラエテルは効果覿面だ。
すっかりとジャンドゥールの心を溶かしていたらしい愛息と共に神殿と幾つかの邸宅を回り、歓迎を受ける。話し合いはしっかりと持ちつつも、完全にマシディリ側と思われるとジャンドゥールの不利益にもなるので、マシディリの滞在時間は短くした。
次はラエテルも一緒に、アフロポリネイオに寄る。
復興具合についての確認などもするが、直接会ったことによる主題は道の両脇に置く神々の象徴について。
ディティキからビュザノンテンを繋ぐ、エリポスを横断する巨大街道の構想だ。
出資者の中心はもちろんマシディリ。マシディリが作るとしっかりと示しながら、恩恵を受けるエリポス諸都市からも財を徴収するつもりである。
そして、その街道の両脇に置くのが、神々を想起させるモノ。街道製作への妨害、街道への攻撃、街道への愚弄はそのまま神々への愚弄に繋がるとでも言うべき敬虔な道だ。
無論、エリポスの神が実だけを祀るのではない。アレッシアの神々の教えを刻んだ石碑も置く。
批判は、当然だ。反論もする。
エリポス人が使うだけなら勝手にしろ。そう言う風に。
ただ、突き放しつつ、アレッシア人も使うのだからと言ってアレッシアの神々も入れるのだ。エリポスの神を敬いつつも、アレッシアの神も並列させる。
加えて、落成後の文章の草案もエリポスと相談することで態度の軟化も図った。
太陽の向かう西地の蛮族を束ねる、四海の益荒男の上頭。そんな、自身が野蛮人だとへつらいながらも、実権をありありと感じさせる文章を。
「これも侵略だね」
「流石だね、ラエテル」
「流石にね」
ふふん、と愛息が胸を張る。
有用な道だ。いずれは必要である。しかしながら、他の国の神々が入るなど、文化をねじ込んでいる証。一度ねじ込まれ、それを撤去あるいは破壊の運動が為されたのなら、保護の名目で軍事行動だって起こせてしまう。
それが、この道。
それでも商人には大きな利益となり、東方諸部族にも大きな利益をもたらす。そして、アフロポリネイオが再び力を発揮するにも必要だ。宗教的要地をカナロイアに奪いつくされないためにも、この道の構想に力を貸し、発展させた方が良い。
エリポスの神々や宗教に関してはやはりアフロポリネイオ、と道がある限りエリポス全土に示せるのだ。エリポス全土だけでは無い。道を使う他国の者にも、はっきりとアフロポリネイオの存在を示せてしまう。
代わりのカナロイアへの機嫌取りは、先のフォマルハウト系列の確立。それから、マシディリが頼む形での治安維持部隊の再度派遣。表立ったマシディリの利益は、攻められた場合はカナロイアが攻められたことになるため、此処に守備兵を割かなくて済むこと。分かりやすい裏向きはアフロポリネイオを中心とする諸都市が軍事力を持たなくて済むように。
カナロイアの利益は、アフロポリネイオの上に立つかのような影響力の強化だ。
そして、フォマルハウトの目論見通り、アレッシアの体制内での元敵対者の受け皿にもなる。受け皿の役目は信頼できる者でないと任せられないため、無言で信頼を示すことになるのだ。その上で、何かあった場合の巨大な敵対勢力ともなる。
カナロイアが、エリポスの王となる。
即ち、東方諸部族やマフソレイオ、イパリオンからカナロイアが警戒されると言うことでもある。
(エキシポンスの機嫌は、まあ、良いか。いや、でも、真っ先に行動した功もあるし)
エテ・スリア・ピラティリスで一番の椅子に座り込みながら、マシディリはずり落ちていく。
やることが多い。
休戦して良かった、と。
そんな思いを打ち砕くように、急ぎ足の音が聞こえて来た。
「マシディリ様。失礼いたします」
扉を叩く音と、開かずに座る衣擦れの音。
「カナロイア第二王子アクタラティ殿下がお忍びで参りました」
「此処はティツィアーノの陣ではありませんよっと」
言いながら、立ち上がる。
さっと衣服を整え、すぐに扉を開いた。




