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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1744/1744

静顔忍毒

「なるほど。確かに殿下その人だ」


 エリポスの高貴な者がいるには粗末な一室。されど、風は入らず日陰となる静かな一室。

 その場で待っていた男を観察し、マシディリはようやく口を開いた。


 マシディリの声があって、ようやく男、カナロイア第二王子アクタラティの顔が上がる。横顔や背格好による観察に徹していたが、正面から見ても記憶にあるアクタラティと一致した。


「スペランツァをお呼びいたしましょう」

 アクタラティが声を発する前に踵を返す。


「お待ちください」

 と、即座にアクタラティの声が聞こえて来た。ただ、スペランツァはエテ・スリア・ピラティリスにはいない。より東方の街で、ビュザノンテン在陣時に調略をかけていた都市への連絡を取りまとめている。


「マシディリ様に直接お会いするために、義姉上に頼み込み、今日の機会を頂いております」

「ユリアンナが世話になっているね」


「ありがたいお言葉にございますが、非常に見目麗しく、優れた女人であるために私などはあまり近づくことができておりません」

「はは。そうかい」


 ただし、アクタラティも母親である王妃にべったりでは無い。


 王妃は自体、王太子の変更はほとんど企図していないが、もしも挿げ替える際の首としてアクタラティは用意されており、本人もその位置を維持している。


 加えて、アクタラティ自身も次期国王はフォマルハウトであると言う立場を崩していないのだ。

 父王についてどこかに回ることは極力避け、名代として他国に赴くことはあれども他の王族抜きには父王の目玉政策の一つである農場に出向きもしない。港の整備や造船上に足を運ぶことはあるが、決して個人の船舶を持たず、船遊びをする時は父や兄から借りる形を徹底している男だ。


 頼りない、と噂する者もいる。


 一方で、他国勢力が入り込む隙も無く、王妃派と王太子妃派と言うように、権力闘争はあれども後継者争いにさせていないのは、アクタラティの動きに拠るところも多いとマシディリは見ていた。


 先の発言も、その感覚が現れている。

 そう思いながら、マシディリはアクタラティの前に戻った。


「殿下が自ら足を運ばれるよりも、ユリアンナから私に手紙でお伝えいただいた方が殿下にとっても有益であると、私などでは考えてしまいますが」


「ご賢察の通り、義姉上では意味合いの変わってしまう話でもあります」


 兄のフォマルハウトを思い浮かべ、似ている兄弟だとマシディリは思った。


 少々やり辛い相手だ。カクラティスの血なのか。それとも、教えか。いずれにせよ、ユリアンナにとっては王妃派とやり合っている方が気が楽なのかもしれない。


「マシディリ様が作られると言う道に連動するような道を、私も作ろうと思っております」


「随分と腰の低い殿下だ」

 エリポスの言い回しを、一つ。


「カナロイアとアレッシアを繋ぐ道であり、エリポス全土に張り巡らされる道となります。その鎮護に、エスピラ様のお力をお借りしたいと思っております。遺品や、象徴的な像、石碑。さらには、分骨もしていただければ、と」


 エリポス的な言い回しをしたことによる後悔など一瞬で吹き飛んだ。

 一方で、マシディリが作った機を逃さずに入れてくるアクタラティへの評価も、心の片隅では上がる。



「それは、母上の隣で眠る父上の遺体を損壊せよ、と仰せだということかな」


 無礼、が、先立つが。


「母上と父上を引き離せ、と、仰せに、なられる、と」



 静かに。

 一音ずつ確認するようにして。

 マシディリは、淡い笑みすら浮かべながらアクタラティに尋ねた。


「お言葉ながら主題はエリポスの神々、アレッシアの神々にエスピラ様を並べることにございます。これは、義姉上の悲願でもあるのではと考えた次第。義姉上から奏上しなかった意味も、今一度お考えいただければ私も来たかいがございます」


「随分立派なエリポス人ですねえ」

 分骨はある程度本気の案だろうに。


「カナロイア生まれカナロイア育ちですから」

「ユリアンナにもそのような接し方を?」


「不用意なうわさ話など避けたいと思っております。人の口と言うのは勝手なモノ。要らぬ火を立てたがり、他人の失態を殊更に責め立てて自分を優位にしたい愚かな獣。マシディリ様も良くお分かりなのではございませんか?」


「ふふ。そうですね」


 ゆっくりと息を吐きだしながら、手の指の力も意図的に抜く。


 呼吸速度は変えないが、腹からの呼吸をよりしっかりと意識し、足の開き、膝やつま先の向きにも今一度意識をやった。


 アクタラティは、低い姿勢のままである。それは、腹部と言った人体の弱点を隠す形だ。


「時に、私には室がおりますが、子がおりません。兄上の子も未だ一人。カナロイアの王室としては、非常に由々しき事態にございまして」


「何かあれば、私も世界各地から腕利きの医師を集めましょう」


 西はフラシ、ハフモニ。東はイパリオン。北はフロン・ティリド。南は世界最大の図書館を誇るマフソレイオから。


「ありがたきお言葉にございますが、兄上と義姉上は心配しておりません。エスピラ様が義姉上だけにしたのです。メルア様もその御母堂であるアプロウォーネ様も四十を超えて出産をしている方。対して、姉上はまだ三十中盤。フィチリタ様、レピナ様、セアデラ様とメルア様が三十中盤以降に授かった方である以上、何も」


 エリポス人め。

 そう思いながらも、マシディリは姿勢も空気のゆるさも変えない。煮え湯を飲みながら姿勢を維持しているのはアクタラティも同じだ、と言い聞かせながら。


「アプロウォーネ様はタイリー様との間に実に六人もの子を残されました。内男児は三名。

 その子であるメルア様は、エスピラ様との間に十人と言う驚愕すべき数の子を残されました。男児も六名。ならばなおさら、兄上と義姉上に心配するところなどございません」


「おばあさまも母上も、四十代でお隠れになっているのですが、ね」

「これは失礼いたしました」


 まともに取り合わない方が良い。

 思いながら、マシディリはしっかりと自身の体の動き、力の入り具合に意識を飛ばし続ける。


 マシディリから見れば、二人の死因は多産では無い。母のオーラだ。祖母については制御が効かなくて。母自身に関しては、蝕まれ続けていたのだろう。


 だが、そんなことはアクタラティは知る由もない。

 最大の理由としては多産だと思っている可能性の方が高いのだ。


「機嫌を害する想定で申し訳ございませんが、ならばこそ、強い繋がりも必要なはず。私の新たな室として、是非、ウェラテヌスの者をと考えておりますが、如何でしょうか」


 これは、王妃派が終わった証明だ。

 少なくとも、派閥争いをこれまで通り継続できるだけの力はもう無い。


「残念ながら、子を望むのであれば良い年ごろの娘はウェラテヌスに居ません。繋がり、と言う意味では、アスピデアウスの血筋は如何ですか?」


 ウェラテヌスの血筋で未婚の最年長は愛娘のソルディアンナだ。まだ十二歳。当然、子がいなくて離婚する者に嫁がせる訳が無い。


「きっちりと離婚し、室の家との関係も新たな室の方が上だと整理いたしましょう。カナロイアの発展のためにはウェラテヌスとの協調こそが必要であるとも、私から公的に発言いたします。加え、何よりも子を望み、親子としての関係は築けなくとも前夫との子もまた慈しみ、全力で支えると神々に宣言いたしましょう」


 チアーラか。

 そう思い、つま先を出口へと向ける。


「急な話で申し訳ございませんが、良くお考えを。政治的な価値を。ロチェルの精神に侵されている者と、カナロイアの国力を増加することにはなりますが確実にアレッシアの補佐になる者とを」


 聞きながら、足は止めない。


「あれは、ユリアンナのまとめた婚姻ですよ」


 帰り際にそう言うのみ。


 だが、検討の余地があるのもまた事実である。今が検討できない状態であるのも、見破られた通りだ。


「マシディリ様」

 そんなマシディリの横に、音もなくソルプレーサが着く。


「ユリアンナ様より、マシディリ様が話を切り上げられるかアクタラティ殿下が追い出された場合に渡すように言われた手紙がございます」


 受け取り、開く。

 綺麗だがまだどこか大きめの字。見かけたことがある字だ。


(ああ)


 そうだ。これは。クイリッタがたまに大事そうにしながら自慢してきた文字。

 綴られている言葉は、クイリッタが生きていた頃には決してみなかった言葉。


 生々しい、怒りの感情。


「サテレス様より、ユリアンナ様に届けられた手紙にございます」


 マレウスの葬儀をカナロイアで行うのは絶対に許さない。

 そんな強い訴えの手紙であった。

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