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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1742/1744

遠乗り Ⅰ

「ちなみに、俺の馬を出したら神杯になみなみの銀をもらえるのか?」


 プリッタタヴが馬を寄せ、声量を落とした。笑みは悪戯っぽい笑みである。

 夏の風も似合う男だ。そもそも、風が似合うのかもしれない。


「結局プリッタタヴに渡すことになる以上は、買い取れないよ。まあ、先にストゥルトゥースに渡すかもしれないけど」


「はっはっはっ。そいつは困った!」

 プリッタタヴが背中をのけぞらせながら笑った。


 ぴったりとくっついていた馬も離れる。主人が豪快に笑っているにも関わらず、おだやかな馬だ。戦場での闘馬とは違う、遠乗り用の馬でもあるのだろう。顔つきが違う。目つきが、陣で見る馬よりやさしいのだ。


「俺らの馬のために、アフロポリネイオの神杯になみなみの銀か! 太っ腹だな! どちらかと言うと細身の癖に!」


「父上に似てね」


「どっちだ? 太っ腹な方か? 細身な方か? それとも、寝ない男なところか?」


「全部かな」


 またもやプリッタタヴが大口を開けて笑う。


 道中は静かだ。金属音も少ない。

 当然である。マシディリもプリッタタヴも軽装なのだ。武器は携行しているが、友人同士の遠乗りだと形から入っている。


 前を行くのは、マシディリの年上の義弟クーシフォスと十二名の精鋭イパリオン騎兵。

 後ろにいるのは実弟アグニッシモと、戦線を共にした回数の多いアスキル。アグニッシモの悪友が七名。


 他にも、贈り物を持った者たちと重装歩兵も続いているが、少し離れた位置だ。纏め役はピラストロである。


「まあ、父上よりも人に任せているからね。そこは代を経た成長かな」

「エテ・スリア・ピラティリスにいりゃあその内パラティゾも来たのによ」


「流石にね。ジャンドゥールには直接会いに行かないと。アフロポリネイオは呼び寄せても良かったとは思うけどね」


 ああ、とマシディリは声を高くした。

 プリッタタヴに目をやり、にやりと笑う。


「プリッタタヴと遠乗りをするため、と、言った方が良かったかな」

「マシディリの息子みたいに、か?」


 その息子、愛息ラエテルは外交官として目的地であるジャンドゥールに派遣している。


 派遣の主題はジャンドゥールと締結した和平協定の確認だ。延長を見据えた話でもあり、ジャンドゥールと平和的に事を運びたいと言う意思表示である。次々とエリポスに手を入れているが、ジャンドゥールを巻き込むことは考えていないと言う、先手を打った釈明でもあった。


「そうだね。ラエテルは人を喜ばせる言葉選びを心がけているようだから」


「年齢より幼いんじゃないかって盾を下げさせたところに飛び込んでくるからな。

 しかも、言葉だけじゃなくて腕も良い。初陣は済ましてあるとはいえ、ちゃんとした戦いは今回が初めてだろ? そのくせ戦いに参加すれば首級を挙げ、武装もすぐさま整える。

 マシディリの息子って言う肩書が無ければ、実力で世代の中心だったろうにな。ちと、親が悪い」


「高く評価してくれて嬉しいよ」

「事実だ」


「そうだね。でも、私の愛する息子だからこそ、外交官としての活躍の場が早く与えられることになったって見方もできるよ。ラエテルの才能を限定はしたくないけど、よりラエテルに適した場所で芽を出す機会が増えたってね」


「俺もそんな子に恵まれ続けたいもんだ」


 特に遊牧騎馬民族では武勇の腕が大事と聞いている。

 プリッタタヴの想いは、アレッシア人が抱くものよりも切実なのだろう。


(子、か)


 プリッタタヴが婚姻関係を求めるのは、そのあたりも関係あるのかもしれない。そして、マシディリ側にもプリッタタヴとの婚姻関係を結べるのなら欲しいと言う事情もある。


「プリッタタヴ」

「ん?」


「知っていたとは思うけど、ティツィアーノの息子の婚約者はクイリッタのカッサリア側の娘でね」

「おう」


「新しい婚約者として、君の親族の良い娘は誰かいないかい? と言ったら、どうする?」

「もう言ったようなもんだろ」

 プリッタタヴが歯肉を見せたが、今回の笑い声は大きくは無い。


「まあ、乗り気にはならんな」

 言葉と共に動く口の大きさは変わっていない。

 だが、声は確かに落ち着いていた。


「言うまでも無く私の妻はアスピデアウスの娘です。ならば、ティツィアーノ様の子はラエテルの親類の一人。と、言っておきますよ」


「おう。もう。うーん。はっきりと言い辛い」


「と言ったら、どうする? と言っただろ? ただの戯れだよ。尤も、良ければ現実としたい戯れだけどね」


「じゃあ、言わせてもらうか。

 イパリオンからすればティツィアーノの血縁とマシディリの血縁じゃあ馬と牛ほど違う。どっちも役立つが、俺らの命は馬だ。牛は荷運び。そこに利点があっても、ティツィアーノやパラティゾの子じゃあな。ああ、アグニッシモなら大歓迎だ。じゃじゃ馬だが妹でも、従妹でも、もちろん、娘でも。何なら三人ともいるか?」


「そこはアグニッシモの気持ち次第かな。婚姻は考えないといけないのだけどねえ」

「ほお」

 またもや、プリッタタヴの馬がぴったりと横に並んでくる。


「ってことはだ、後継ぎはラエテルでもう安心って見ているってことか?」

「不安は尽きないけど、まあ、それが親ってものかなと。べルティーナを見ていれば思うよ」


「それから、ティツィアーノに対してエリポス属州総督なんてのを持ち出したのも、あながち方便では無いってことか」

「本気だよ」


 プリッタタヴの口が閉じた。真っすぐ結ばれ、それでも今度は馬が離れない。


 彼が言いたいことも思っていることも分かる。

 これらを総称して、甘い、と言う者がいることも。


「ティツィアーノ様は、統治を含めて考えれば、今のアレッシアで遠征軍を任せられる将としては一番手か二番手だからね」

「一番手はマシディリか?」


 すぐには、口を動かさず。

 愛弟に行きかけた視線も押しとどめた。


「どう思う?」

 プリッタタヴには、何も悟らせないように。


「でなけりゃ困るな。どんな化物がいるんだよ」

 プリッタタヴは完全に笑い飛ばし、再び前の位置に馬が戻る。


 が、今日中にまた何度も寄ってくるのだろう。距離の近い男だ。無論、嫌いでは無い。プリッタタヴの雰囲気が鋭くなるのも、多分、今日中にまた何度か繰り返す。


「精鋭中の精鋭を集めているとはいえ、ティツィアーノも大軍だ。あいつは、協定を守るのか?」

「守るよ」


 即答。

 じとり、と視線がやってくる。思ったよりも早くまた馬が近づいてきた。


「クイリッタの殺害に関わっていたかどうかは知らんが、殺した奴らに協力したのは事実だ。しかもマシディリの右腕争いじゃない。その後に離反している。裏切り者だぞ? エスピラ様の後継者って、言ってはいないが片手をかけているような奴だ。


 あと、トーハ族との講和交渉中にも攻撃をしたしな。それに、あいつの叔父と従兄弟をやったのもイパリオンだ。俺らこそを殺したがっている。だろ? で、だ。マシディリはどうして信じている? あの男に約束を守る義理が、果たしてあるかね」


「アスピデアウスの男で、べルティーナの兄だからね。守るさ」


 ため息に対し、まだあるよ、と手を振る、

 プリッタタヴは呆れとあきらめの視線を向けてきているが、馬の位置を維持していた。


「私とティツィアーノ様では権力の源が違うからね。


 私は父上以来の父上が志向した仕組みと慣習を元に、私の指示で動く者を揃え、以て元老院を制御し、職務を得ている。


 でも、ティツィアーノ様は元老院が先だ。一応、立場的に僭称元老院と言わせてもらうけど、彼らがティツィアーノ様の軍事命令権を認め、神々も認めたことでティツィアーノ様が指揮を執っている。


 私と違い、先にあるのは僭称元老院。その意思。集団の決定。


 カナロイアを絡ませた休戦協定を破ることが以後にどれだけの不利益をもたらすか。それを考えれば、戦勝元老院のお歴々はおいそれと許可は下せないよ。父上が晩年まで戦い続けたのは、父上の不義理の所為でも無いかと言われているのもあれば、なおさらね」


 はーん、と気の抜けた声が返ってくる。

 そんなもんか? とも。


 此処は、意思決定の違いに他ならないのだ。イパリオンにはイパリオンの文化があり、それは積み重ねなのである。


「それに、だ。プリッタタヴ。トーハ族との講和交渉の最中に於ける攻撃を許可したのは私だよ。提案したのはコクウィウム。国家の敵にすると言う勧告を受けても半島に進撃したのも私であり、そんな私についてきたのは第三軍団。合流したのはコクウィウム。

 和平協定に縛られていないと立場が危うくなるのは、私ではなくティツィアーノ様さ」


 尤も、どちらもただ黙って日数が過ぎるのを待ちはしないが。

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