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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1741/1746

三方良し Ⅲ

 約五十日に及ぶ休戦期間。

 カナロイア中心部から約八十キロの半円での六千以上の軍勢の滞在禁止。

 カナロイア中心部から約六十キロ圏内での一千以上の軍勢の滞在禁止。


 それが、休戦協定の背骨だ。

 即ち、マシディリとティツィアーノに求められたのは即座の軍団の退去。


 六千と言うのは定員から削られている現状でも一個軍団を入れられるかどうかの数字であり、一千と言うのは軍団長補佐が率いる部隊を入れることの出来ない数。徹底した軍団の滞在禁止が目的である。


 次に確認したのは、撤退順と撤退経路だ。

 もちろん、絶対にこの手順、と決めたモノではなく、幾つかの方法を用意している。


 これらの取り決めに従うことをアレッシアの神々とエリポスの神々に近い、一つの杯で誓いの神酒をすすり、休戦協定を守ることを父祖の名に懸けて誓う。

 そこまでした瞬間から、休戦協定は効力を発揮するのだ。


「休戦協定が為った以上、ラエテルはこの場でお返ししよう」

 会談の終わりにカクラティスが言う。


「人質では無かったのですけどね」

 マシディリの言葉への返事は無い。

 

ただ、カクラティスの合図とともに、カナロイアの護衛が割れた。その間を、ラエテルが堂々と歩いている。鷹揚に手を挙げ、護衛達に砕けた挨拶をして。挨拶をされた護衛達は、格式通りの礼を取っていた。


「おかえり、ラエテル」

「父上、ただいま!」


 両手を広げる。

 愛息もにぱと笑い、両手を広げて抱き着いてきてくれた。

 わしゃわしゃとしてから、ゆっくりと離れる。


「彼らに何をしたの?」

 それから、カナロイアの護衛を見た。


「僕は何もしてないよ」

 ほんとだよ、とラエテルが続ける。


「僕に何かしたら父上が怒るよって言っただけだからね」


 思わず苦笑する。

 それほどまでにマレウスへの仕打ちは酷かったのか、とも思う。


 実は、ラエテルの前にスペランツァも似たことをしているのだ。ティバスの丘での戦い。押し込まれたスペランツァが「私を殺せば兄上が怒るぞ!」と敵兵に言い放ったらしい。直後に、明らかに敵兵がしり込みしたとも聞いている。


「叔母上も使うってさ」

 軍勢の滞在禁止。

 それは、カナロイア国内にいる残りの第一軍団にも及ぶのだ。


 元々数は減らしていたが、これで防衛線に居座るカナロイア軍にとっても、普通に考えれば脅威とは言えない数になる。


 即ち、武力転覆も可能だ、と。


 アレッシアの両軍が退くのなら、防衛線に張り付いている必要も無い。軍団の解散は国庫の圧迫を減らすのにも役立つ。当然の行動として、王妃派の将軍が武力を率いてカナロイア国内に戻ってくるのだ、と。


 事情を知らないカナロイア市民にとっては、王妃派の金持ちが居を移した、あるいは一時的に離脱しているカナロイア市街に王妃派の軍団が戻ってくるというのは、暴力を想起してしまう行動だ。


 事情を知っているが軍団が陥る凶暴性を知っているカナロイア人からすれば、王妃派の被害が減ると言う状況になっていると理解している市内に軍団が戻ってくるのは恐怖である。


 当然、防衛線に居た一兵士の心をささくれだたせる空気だ。自分達は真面目にやっていても、多くの者が勝手に烙印を押してくる。その怒りは、どこかで蓋が外れかねない怒りだ。


 将軍の言葉と言う大義名分さえされば、動いてしまう者もいるほどに。


 そんな新たな火種を抱えた中でマシディリ、ティツィアーノ両軍の退却が始まる。


 まずはマシディリ側が兵を減らし、ティツィアーノが減らし、マシディリが減らし、ティツィアーノが減らす。


 マシディリが最初に減らしたのは騎兵。最後まで残したのは第三軍団。

 ティツィアーノが最初に減らしたのはドーリス人やメガロバシラス人部隊。最後まで残したのは第四軍団。


 互いに最も統率の取れる軍団を残したうえで、最後の退却も始まった。


 カナロイアの緊張も高まる。アレッシアの両軍がいなくなった次は。アレッシアの両軍が最初に減らしたのは、王妃派が蜂起した時に暴走しやすい兵なのでは無いか、との噂も。また。


 そこにやって来たのは、鮮やかな空色の軍団。

 入れ替わるようにカナロイアに向かう、フォマルハウトが率いる治安維持部隊。


「祖国の治安も維持できなくて何が治安維持部隊か」


 そんな合言葉と共に、王太子が、堂々とした整列でアレッシアの両軍の間を堂々と抜けてくるのだ。


 自分達と帰れば安心だと防衛線にいる平兵士の心を掴み、王妃派の将軍から実権と人心を奪い去る。


 そして、完璧な対比。


 アレッシアの両軍を退却させる一助にもなれなかった他の王子と、カナロイアの治安を守った王太子。雑多な装備にも見えるエリポス諸部族兵と、統一された色を基調とした整然とした王太子の軍団。


 出迎えるのはカナロイアの未来の象徴。王太子の子ネプトフィリア。


 アレッシアの両軍を引かせたカクラティス。

 カナロイアの治安を一発で回復させたフォマルハウト。

 そのフォマルハウトに駆け寄る、幼きネプトフィリア。


 連綿と続くカナロイア王家の血筋の輝きだ。


 その輝きによって浮かび上がったかのように、黒き噂もカナロイア市街に巡りだす。

 クイリッタ弑逆の前に計画されていたマシディリ暗殺計画であるロチェルの陰謀。アフロポリネイオとドーリスが関わっていた黒き話が、アフロポリネイオの壊滅とドーリスの全面降伏に繋がったのでは無いかと言う話。


 そして、その陰謀の中心にいたはずのモニコースは、マシディリの義弟だから許されたと言う噂。


 事実として何故か礼をとられ続けたマシディリの子であるラエテルと、怒ったマシディリの行った悪逆の数々。


 光と影。

 その二つが、フォマルハウトの座を安泰とする。


 フォマルハウトが国民の前でユリアンナにお土産を渡すのは、示威行為の一種だ。ネプトフィリアがユリアンナに駆け寄るのは本心。幼き無邪気が、両親を繋ぎ、傍から見れば仲の良い家族に見える。


 二人を守るように警戒する、カナロイア人で構成された治安維持部隊と、リャトリーチやソルプレーサを始めとするウェラテヌスの被庇護者中心の影。


 応援される、支えたいと思えるのは、どちらか。


 王太子妃派か。

 王妃派か。


 暴力と暴虐から自分たちを守ってくれるのは、誰か。

 国家の傘は、どちら。


(まあ、私が負ければひっくり返る恐れは十分にあるのですが、ね)


 だから、油断はできない。

 故に、マシディリの軍事行動は続く。


 マシディリ自身が向かったのは、エテ・スリア・ピラティリス。父のエリポス遠征時はディラドグマに属していた港街。今はどちらにも属していないが、歴史的背景からマシディリの要望を何度か黙殺していた港湾都市だ。


 カナロイアを撤退するその足で向かい、急襲して抑える。

 混乱するトリアト・ポリアティスは言いくるめて軍門まで来てもらった。


 協定違反?

 否。

 エテ・スリア・ピラティリスはティツィアーノの傘下では無い。協力者でも無い。故に、協定に全く関係のない都市。

 マンティンディやルカンダニエが占拠した港もそう。グロブス、アピスが抑えた港も同じ。


 海上封鎖に船を出しているエリポス諸都市は、確かにティツィアーノの傘下にない、独立した都市も多い。が、須らくマシディリの敵。


 攻撃対象から外れるはずが無い。

 休戦協定がある以上、ティツィアーノからの救援も無い。


 攻められないためには、ティツィアーノの傘下に降るか、それとも、どこか頼れるエリポス都市を見つけるか。


 カナロイア?

 ありだろう。


 ジャンドゥール?

 あくまでも協定はジャンドゥールと結ばれているだけで、同盟都市には適用されないと示したばかり。


 ドーリス? アフロポリネイオ?

 どちらも、マシディリの影響下。


 メガロバシラス?

 ティツィアーノの味方だ。



「『今日の』私は機嫌が良いので。さっさと船を引くなら許してあげますよ?」


 ゆったりとしたマシディリの宣言。

 同時に、頻発する海賊出現の報。


 無論、海賊のほとんどは父エスピラの掃討作戦で消えている。少なくとも、連携を取っての攻撃が出来る海賊が生まれる可能性は限りなく低い。しかも、海賊討伐に最も貢献した高官はソルプレーサ。現在地は海軍力の高いカナロイア。


 では、出た海賊は誰なのか。

 それは、東方諸部族の水軍が偽装した姿。


 マシディリの提唱する経済圏にて恩恵を受ける者が、実際に確立されそうな経済圏を見て、アフロポリネイオとドーリスを加えられる経済圏を見て、経済圏の設立を阻むエリポス諸都市の船を襲いだしただけである。

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