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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1740/1746

三方良し Ⅱ

 メガロバシラスの前宰相メンアートル。

 彼が動かせた莫大な財は、富の流入が最盛期を迎えていたウェラテヌスにとっても驚愕すべき量であった。


 そして、周囲の者達はそれだけの財を大人しく見逃す者達ばかりでは無い。


 メンアートルの家族だけではなく監禁中の前王エキシポンスも手を付けているし、亡命先として一時期匿っていたウェラテヌスももちろん貰っている。


 だが、現状では、元々それなりの地位に居て、エキシポンスから信任され切ることは無く、今はマグヌポトスについた者達が最も手にしているのだ。


 レグラーレが持ってきたのは、彼らの手紙。


 ティツィアーノに対する更なる財と穀物を始めとする物資の提供を決意したと言うマグヌポトスへの宣誓文。戦場での敗北によってティツィアーノの傍にいるエリポス諸部族間での地位を低下させていたマグヌポトスにとっては大逆転の一手。ティツィアーノとしても現実問題として必要な事柄。


 そして、宣誓した者達にとっては、次の生き残りを模索した『無難な』手。


 ティツィアーノが勝った際のことは言うまでも無いだろう。そして、当然ながらマシディリも別の経路で話を持ち掛けている。


 内応の誘い。

 メガロバシラス内部の財を外に出してくれ、と言う誘いだ。


 マシディリが提示した見返りは、戦後の穀物配分に彼らの名を使うこと。即ち、彼らは財を使いながらマシディリ勝利後には『民を思いやる心優しい貴族』として声望を高められるのだ。


 何より、マシディリが負けてもマグヌポトスに詰められるような内応はしていない。マシディリが勝つまではメガロバシラスの影響力攻城と言うマグヌポトスに利のある行動をしても問題ない。


 マグヌポトスに影響力強化の策を進言した在陣中の軍高官が既にマシディリの調略下にあることも知らないのだ。彼らからの言葉と、マシディリからの内密の誘い。両方を使いこなせると思った在国高官の、盤上を出ることの無い行動。


 それから、フォマルハウトが南下していると言う話も聞き、フォマルハウトの目立つ使者が来てからようやくマシディリは重い腰を上げた。


 合図は、ラエテルを通じてカクラティスに伝わる。


 そうしてカクラティスがティツィアーノに水面下で動くかどうかを聞くのだ。その間に行う第二次攻勢は、どちらかと言えば街道を破壊するのが目的。カナロイア市街を攻撃しないが、戦争の傷跡をしっかりとカナロイア人に知らしめるのが狙いだ。


 そこまでやっても交渉が破綻しないのは、ティツィアーノ・カクラティス双方がマシディリよりも休戦協定に代わる現実的で有効な手を保持していないからである。


 アレッシアの神官に占ってもらい導き出した吉日。ついに、マシディリはカクラティスの求めに応じてカクラティスの下へと歩いて行った。ティツィアーノもいる。



「これを、最終的な講和にいたしませんか?」

「あとは戦うだけだと?」


 マシディリが出した穏やかな声に、ティツィアーノも深い声で返してくる。

 互いに腰は上がらない。深く椅子に座り、護衛も遠く、机を守る屋根の影から離れた位置にいる。もちろん、カクラティスの護衛もだ。護衛たちからよく見える少し高い位置に机と三つの椅子が置かれ、日差しを遮る屋根があるのだ。


 マシディリ達の場所へと至る場所に障害物はなく、互いの護衛の間にも障害物は無い。開かれた場所。その中で、人によって孤立した空間。

 そこが、交渉の場。


「エリポス属州総督の地位を、ティツィアーノ様のために用意しています」

「聞き捨てならないねえ」

 カクラティスも静かに入って来た。


「ビュザノンテンで政務を執りながら、アフロポリネイオとドーリスを睨み、東方諸部族の異変に即応する大事な職務です」


 マシディリも静かに、カクラティスにも言うように続けた。

 ティツィアーノの瞬きの回数は変わらない。背の伸び具合も、指の曲がりも。


「私の方が戦場での勝利を手にしている。仮に一連の戦役での勝利を念頭に置いているのであれば、アフロポリネイオやドーリスは独立した国家であると言わせていただこう」


「半島を捨ててまで手に入れようとしたのは何ですか、ティツィアーノ様。


 貴方がエリポスで根付くまでの時間は、プラントゥム平定戦を速攻で終わらせると言う時間の圧で潰しました。


 上陸も果たしています。海上封鎖で物資の現地調達の割合は高まっていますが、エリポスとの十分な協力体制を築けなかった以上、エリポス人から見たら私がやることもティツィアーノ様がやることも大差ありません」


 とは言え、メガロバシラスからの支援と言う意味では大きな差がある。

 そうなるように、マシディリも調略の手を伸ばしていた。


「マフソレイオは依然どちらにも物資を提供せず。されど、ボホロスは既にメクウリオが抑え、カルド島はウェラテヌスの監督地。オルニー島はニベヌレスの監督地。ハフモニを監督しているスクトゥム様は息子であるアルム様を私の下に派遣し、エリポスへの直接輸送に最も適した中継基地はカルド島。


 私の勝ちです。


 海上封鎖をしていると言えば聞こえは良いですが、何時になったらビユーディ様の艦隊を完全に滅し、反転攻勢に転じるのでしょうか? ディファ・マルティーマへの再度の攻撃は何時ですか? プラントゥムからの銀があるのです。艦隊の再建が進んでいないとするのは、楽観的過ぎる思考ではありませんか?」


 無論、いうほど進んでいるわけではない。

 ウェラテヌスの財政状況を見極めていたティツィアーノなら、見返りが低いと判断するのが妥当な行動である。


「マシディリ様の作った包囲網には致命的な欠点が三つある」


 ティツィアーノが、体を前に出した。

 片目の圧は強く、アスピデアウスの漢らしく堂々としている。


「マフソレイオが私の味方になれば全ての用意がひっくり返る。これが、一つ目。


 二つ目は結局のところマシディリ様に物資が届いている訳では無い。ビュザノンテンの豊富な蓄えがあっても、軍団を養いきれないからこそ分散することが多かったのではありませんか?


 三つ目に、マシディリ様が倒れた時点で諸外国の動きは変わると言うこと。軍団はアビィティロの下で纏まるでしょうが、元老院はその限りでは無く、ハフモニやボホロスとなれば再び動きが怪しくなるのは必定。


 先にエリポスに布陣したのは私だ。そこに、兵数を限られた状態でマシディリ様が飛び込んで来た。

 エスピラ様であれば、現状も既に想定の一つ。私の手が無くなったと思われるのは、遺憾ですよ」


 マシディリは息を吸いはしたが、口はしっかりと閉じる。一拍空いてしまうが、そのまま鼻から息を吐きだした。



「父上の後継者は私であるとは、はっきりとお伝えしておきます」


 政治も、家門も。


「結果が全て。師匠も、タイリー様から後継者指名は受けなかったが、結果的には師匠こそが後継者だと多くの者が認めている」

「父上の後継者である私が、おじいさまの血を引いているのも一因だと思いますよ」

「それを言うのなら、スペランツァ様がセルクラウスの当主になったことも、ですかね」


 認めるか。

 認めざるか。


 事実としてはティツィアーノの発言は合っている。


「おじいさまの意思があってこそ、ですよ。おじいさまもおばあさまのことを愛していましたから。元処女神の巫女の血筋では無く、おばあさまの血筋、アルグレヒトの血も引く者にセルクラウスの当主になって欲しかったからこそ、伯父上もスペランツァを指名したのだと思いますよ」


「スピリッテ様が気に入っていたと言うのもあるはずだ。日記に、確か書いてあったと。タヴォラド様が言っていたと父上から聞いている」


「遠いですね」

 決して責める言葉ではなく、懐かしむように、楽しむようにマシディリは言った。


 ティツィアーノも顔は顰めてこない。仕方がないでしょう、とでも言わんばかりに息を吐いている。


「遺言に関して話すのは別の機会にしてもらえないか? 三人しかいないから腹を割って話すつもりではいるが、形としてはカナロイア近郊での戦闘をやめさせるためにカナロイア国王である私が二人を呼んだ形だ。大事なのは、休戦交渉が決裂しないこと。

 他の話をすると言うのなら、私も考え直さないといけなくなる」


(腹を割って、ですか)

 多分、マシディリ自身を含め、皆それなりに素直には話すだろう。


 だが、腹を割ってと言えるほどは話さない。核心は言い切らない。そのような、要らない信頼が二人に対してはある。


「では。腹を割って」

 それでも、マシディリは笑顔を浮かべ、尻をやや前に出した。


「スペランツァの交渉経過は全て私の耳にも届いています。条件も、私が何かを付け加えるのではなく、既に私が口出しした後。調印に関しては何の疑問も提案もありませんよ」


 知っている。

 自身に視線をそのように感じたのは、マシディリが二人ならと思っているからかもしれない。

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