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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1739/1747

三方良し Ⅰ

 今やラエテルは外交官だ。


 マシディリ自身が出向かずともマシディリに準ずる者として、マシディリが相手をどれだけ重要に思っているかを伝えるのが使者として選定された瞬間の役割。現地でマシディリの意図を違えずに伝えるのが職務。相手を喜ばせ、絆すのがラエテル個人の資質。


 カナロイアを仲立ちとする休戦協定を結ぶにあたり、マシディリがラエテルを派遣したのはユクルセーダより派遣されたナウムカンダ・テランの下であった。


 東方諸部族が被った害を見逃すのではなく、利益を拡大するためである、と。共通財貨を導入した際の利益を最大化するための休戦協定であるのだと、密談とユクルセーダ王への密書で対応したのだ。


 ユクルセーダの国王も、ただのわがままな王では無い。


 引き時を弁えており、アレッシアを不快にさせる不利益も良く理解している男だ。短期的な視野では無く長期的な視野で物事を考えている。だからこそ、ユクルセーダに対する『特別な対応』はこれ以上の発言をユクルセーダ国王が行わないほどの成果となるのだ。


 少なくとも、それも狙って『近くにいるから』と言う理由を作ったのだろう。


 本題の休戦協定も、話は続々と詰められていく。

 主な取り決めは以下の二条。


・夏の盛りが終わるころまでのマシディリ、ティツィアーノ間での戦闘行為の禁止。

・両軍のカナロイア近郊からの即時退避。


 戦闘行為がいわば直接の戦闘、軍団への攻撃だけでは無いこともすり合わせ済みだ。例えば、休戦期間中にマシディリがメガロバシラスを攻めることも禁止であるし、ティツィアーノがアフロポリネイオやドーリスを攻めることも禁止である。


 両都市の名を出した話し合いは、カナロイアが確認してきたカナロイアの利益でもあった。

 ただし、名を明記するかどうかではまだ少々もめている。


 即時退避については、どこまで離れるかがまだ決まっていない。マシディリとしてはドーリスに向かうこともあるため移動経路が欲しいところであるし、居座る東方諸部族については曖昧にしておきたい。


 一方でティツィアーノは完全禁止を訴えてきている。無論、経路を許すが東方諸部族は撤退を、と言う落としどころを狙っているのだろう。


 そう。細部に甘さはあるが、協定自体は順調に詰められて行っていたのだ。


 問題は、締結される兆しが見えないこと。

 マシディリ、ティツィアーノ、カクラティス。誰も話し合いの場に出向かないのだ。


 マシディリはスペランツァを送るだけ。ティツィアーノはトトランテ。カクラティスも、どちらの派閥にも属していない側近を。


 カクラティスの思惑も推測できる。

 この休戦は、ティツィアーノからの働きかけだ。だが、表向きにはカナロイアが近くで戦闘しないようにと両軍を諫めたことになる。


 だからこそ、マシディリ、ティツィアーノを呼び寄せ、命じ、アレッシア人がそれに従ったと言う形にしたい。命ずる部分がお願いになったとしても、カナロイアが影響力を持っていることを内外に示したいのだ。


 故に、二人が出てくる確証および無事に結ばれる確証無しにはカクラティスは前に出てこない。署名もしない。


 対し、早い締結を最も望んでいるのはティツィアーノだ。今や北側への陸路はマシディリが封じている形。ドーリスへ通じる西の道にも、マシディリの手の者がいる。東方諸部族が出てきたことで海路も自由とは言い難くなった。


 即ち、交渉を行うにも物資輸送を行うにも、ティツィアーノは制限を強いられている上に、カナロイアを頼らざるを得なくなっている。今はカナロイアも協力してくれているが、良くない状況だ。


 ただし、海上の主導権がカナロイアに渡っていることを良しと出来ないのはマシディリも同じ。


 マシディリがティツィアーノと違うのは、早期の撤退をすることで軍権を握ったまま王妃派の将軍がカナロイア市街に戻ることを認められないこと。この点に関しては、カクラティスも似ている。温度差はあるが、カクラティスとしても美味しくは無いはずだ。


「適当な王族を派遣した後に陛下が来られては如何でしょうか」


 それは、スペランツァからカクラティスに個人的に送られた手紙の一文。

 自身の立場が危うくなる、と誇張を含め書きつつ、自分は締結を最も望んでいる一人です、と寄り添う手紙だ。


 裏付けとするように、マシディリは軍事行動を再開する。


 ウルティムスを大将に、ペディタ、ヘグリイスとスペランツァ監督下の第十軍団から高官を二人引き抜き、西側、マタリヤクラドスへと向かわせたのだ。そこを守り続けるプラントゥム以来の狂兵一千と共に投石機による飽和攻撃を行う。


 ただし、守りも強化されていたようだ。

 指揮官は、恐らくトクティソス。ティツィアーノの副官が最前線に立っている様子を兵が目撃している。兵数もほぼ互角。ウルティムスの率いる兵は重装騎兵であることから、山に攻め上れば兵力劣勢。


 当然、攻撃は止まった。


 ティツィアーノの反撃は東方で。


 ヴィルフェットらの籠るフィノタ・ドロワス・アロワンテへの輸送路を潰すような迂回攻撃。輸送隊に被害はでたものの、マシディリ本隊は動かずに撃退することに成功する。敵指揮官はミラブルムであり、敵騎兵が中心となった機動的な攻撃だ。


 いわば、陣に籠って迎え撃つ側も行うべき物量による攻撃をマシディリが行い、騎兵が豊富な側が行うべき敵後方かく乱をティツィアーノが行った形。


 それでいながら、戦闘区域で争点になったのは北方からカナロイアへ通じる二つの大きな街道。居座ることでカナロイアへの物流も止めているのだぞ、と言うマシディリ、ティツィアーノ双方からの無言の脅し。


 とは言え、厳しくしたのならやさしくすることも必要だ。

 マシディリは、ニベヌレスの被庇護者の中から水泳が得意な者を二十人選抜すると、ラエテルに手紙を渡した。


「王妃との接触もラエテルには許すよ」

「それは、会った方が良いってこと?」


 愛息が首をかしげる。

 重大な役目を任せることを伝えたのだが、緊張している様子は一切無かった。


「あまり会わせたいとは思わないけど、ラエテルなら絆せるかも知れないな、と思って。積極的な働きかけだけはしないで欲しいけど、誘われた場合は拒絶するモノでも無いよ」

 こくり、と愛息が頷く。


「それから、大事なのは生きて戻ってくることだから。

 繫栄した家門も、国家も、どれだけ強大であっても優秀な後継者を失った結果、衰退していったと言うことはよくある話だからね。ウェラテヌスをそうしてはいけないよ」


「がんばります」

 ぐ、とラエテルが拳を握る。


「時代が違えば必要な才能も違う。私の後は、ラエテルの才能こそが時代の欲する形だからね。そのことを忘れないように」

「はい」

「あと、何かあればべルティーナが悲しむし」

「それが一番大事、と」


 ふふ、とマシディリは笑った。

 愛息は、至極真面目な顔である。


「良し。いってらっしゃい」

「はい! いってきます!」


 東方諸部族の船に乗せ、ラエテルをカナロイアの港へ向かわせる。

 スペランツァ以上の名代。人質では無いが、覚悟の証。カクラティスへの意思の調整だ。


 同時に、東方諸部族に対してもカナロイアの前にラエテルを向かわせた場所としての地位を作ることができ、何より数名にではあるが、カナロイアの港の様子を覚えさせることができるのだ。


(まあ、恩を売るのはカクラティス陛下に対してだけではありませんが、ね)


 マンティンディと言った豪放な男や、ルカンダニエと言った個人武勇を持つ男とイパリオンとの交流。その深化は、馬を使った歩兵の戦略機動へと繋げること。より素早い軍団の展開。やり方は、半島でフィルノルドが実行までしてくれた。ならば模倣、改造するのみ。


 ラエテル到着予定日から四日後。

 会談予定場所にカクラティスの息子の一人、第二王子が出向くと言う話が伝わってくる。


 が、マシディリは未だ動かず。

 ティツィアーノは足を向けたそうだが、三者会談には参加せず、個別で会談をしたのみ。


「機は熟したかな」

「こちらも、間に合いました」


 しばらくぶりにレグラーレが現れる。

 持ってきた報は、マシディリの待ち望んだ知らせであった。


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