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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1738/1747

秩序再編へ向け

「カナロイアより、休戦を仲立ちの使者が参りました」

「使者、ですか」


 軍議の場で、ふーん、と迷う。

 ティツィアーノが王妃派に働きかけていたのは知っている。カクラティスとしても王妃派の暴走は望ましくないのも分かってはいたし、仲立ちに動くことでエリポスのみならずアレッシアに対しての影響力も高くしようと言う狙いも理解できる範囲だ。


「スペランツァ。応対を。そうだね。エリポス人捕虜のカナロイアへの解放ぐらいはしておこうかな」

「かしこまりました」


 最優先事項の一つではあるし、今後の作戦行動にも関わることだ。

 軍議の途中ではあるが、送り出すべきだろう。


 だが、退出に待ったをかけたのはアビィティロ。


「後回しにしてでもマシディリ様が直接向かわれた方がよろしいかと思います」


「いや。カナロイアとの交渉はスペランツァで一貫していたからね。陛下からの密使や殿下が直接来られたのなら話は違うけど、此処ではスペランツァの方が誠意にもなるかな。意思表示にもなるしね」


「そう言うことでしたら」


 ぺこり、とアビィティロが頭を下げる。スペランツァも、静かに退出した。


 軍議に関しても現状報告と主に物資を中心として欲しい物を聞き、兵の様子に関してマシディリから質問を重ねただけで終わる。

 今後の気温などに関する観天の結果は、最初に共有済みだ。


「マシディリ様」

 軍議の後に、数名が残るのはマシディリの幕営では常通り。

 今日残っているのは、第三軍団の高官とラエテル、セアデラだ。


「一時休戦は、お受けした方が良いかと思います」

 マシディリは何も言わず、意思表示もせずにアビィティロを見た。

 アビィティロも、何も気にせずに言葉を続けてくる。


「情報収集の通り、ほぼ間違いなくティツィアーノ様からの働きかけによる休戦の提案でしょう。対して、こちらは直近の戦いに勝ったと言う認識があり、補給路も強化されました。東方諸部族からの支援ももちろんですが、メクウリオ様の勝利によりボホロスの豊富な穀物も流れ込む状況になっております。これを手に、エリポス全体を締めあげることも可能です。


 だからこそ、寛容性を見せつけるのも大事かと考えました。


 エリポスの名門であるカナロイアの言葉に耳を傾け、対話に応じると広く知らしめる。それこそがエリポスからの余計な抵抗を減らす手にもなります。マレウスに対する過酷な処罰の後だからこそ、何のことは無い一手が大きな意味も持つでしょう。


 何より、夏の前に休戦をすることをこちらにとっても大きな利点があるかと」



 一つ、息を吸う。

 マシディリの頭にある考えと一緒のはずだ。

 だから、言葉を素直に。静かに。重く。


「多方面への同時攻撃」


「はい」

 アビィティロも、静かに言った。


「ティツィアーノ様との休戦。あくまでもそれだけ。エリポスと休戦した記憶は無いとすれば、東方諸部族が勝手をするのにも釘を刺すことになるかと考えました」


 確かに、少々傲慢な考えだったかもしれない、とマシディリも考え直す。

 カナロイアはエリポスでも歴史ある都市だ。影響力が非常に強い。丁重に扱うべきであり、敬う態度は必要だ。


 それが、アビィティロの言葉の節に現れたように「名門」の枠に収めるつもりであったとしても。いや、名門と言う建国五門と同格の評価は、非常に高い評価だと思っておいて良いだろう。


(エリポスの国家をアレッシアの家格と対応する位階に収め、同格同士であるならばアレッシア人との婚姻を認める、とか。出世は、アレッシアのやり方、能力があればこそ。いや、これも問題が多いか)


 過った考えは、別の考え。

 戦後の秩序再編に関すること。


「エスピラ様の理想は、アレッシア人だけで構成された軍団でした。戦争の規模と範囲の拡大により現実的な話では無くなりましたが、やはりアレッシアを守るのはアレッシア人である必要があると思います。


 休戦することで海上封鎖の解除に注力でき、ボホロスからの物資と半島からの物資を得ることで使える軍団の数を増やす。

 これもまた、アレッシアの勝利を目指してきた先人達の想いを受け継ぐことでは無いでしょうか」


 マシディリの逡巡を別事に受け取ったのか、グロブスがアビィティロに同調した。


「折角エリポスの神々では無くアレッシアの神々に祈るって宣言したので、休戦するかは神々に尋ねますとか言ってカナロイアにも神殿を、とか、思いましたが。やめた方がよさそうですね」


 マンティンディが自身の意見を笑い飛ばす。


「条件が気に食わなければ、交渉中に一撃を喰らわせるべきだと進言いたします」

「同意」

 ルカンダニエ、アピスと言う。


 乗り気ではありませんがどっちつかずです、と素直に言ったのはウルティムスだ。アグニッシモは何も言わない。クーシフォスは、難しい顔をしたまま口を閉じていた。


「存外、休戦派が多かったことは意外だけど。まあ、どうせ一か月程度休戦が早くなるだけだからね。休戦の方針で行くよ。もちろん、その後のために、だけどね」


 さて、と一度思考を整理して。


「全部隊、個別での行軍準備と攻撃準備を。ティツィアーノにぶつけるかもしれないし、予定通りエリポスにぶつけるかもしれないし。そこは柔軟に行こう。

 それから、パラティゾ様を呼ぶよ。場所はエテ・スリア・ピラティリス。あそこに入港してもらう。


 私も、カナロイア近郊で戦い続けることには心を痛めているからね」


「虚報」

 アピスがすぐに言う。

 アルビタが、不器用な笑みを浮かべた。アピスへの威圧では無いとは、もう誰もが分かっている。


「マグヌポトスを残して私への恨みを持つ者を表立って糾合してもらえる状況にはしてあるけど、まあ、今メガロバシラスとの和議を模索するのも上策では無いからね」


 威圧と言う意味では上々だが、狙いは統治だ。

 メガロバシラスは先の戦いで完全に叩き潰されている。黙ったままではいられないだろう。少なくとも、メガロバシラスの近くで潰しておかないと、多くのメガロバシラス人は負けた気分も無く敗戦のような事態に陥った、と言うことになりかねない。


「ドーリスとアフロポリネイオを落とした今、メガロバシラスに対して遠慮をする必要は無くなった。そう言うことにしておいて、エリポス諸都市の調略を進めようか。共通財貨の導入に前向きになる人だけで良い。彼らを取り込み、単一の経済圏に組み込んでじっくりと同化を進めようかな」


 東方諸部族にとっても利益のあることだ。

 一方で、武力による支配の方が影響力を発揮できるイパリオンからすれば面白くは無いかも知れない。だからこそ、攻勢地点は必要。


(メガロバシラスを仮想敵として、メガロバシラス討伐後、翌年に北方に出てトーハ族に攻撃を加える。アスプレナスはボホロス方面から北上。そうして、アスプレナスのトーハ族頭領の地位を確たるモノに)


 元々構想の一つではあった。

 そして、アスプレナス自身はトーハ族内部での戦いを優位に進めた状態でここに来ている。大きな損害は、忠節の証。言い訳であり事実であるため、アスプレナスのトーハ族統一に軍事力を貸すのは正当な理由。アスプレナスへの褒美だ。


「カクラティス陛下かティツィアーノが出てきたら、私も直接休戦協定の打ち合わせに出向くよ。それまではスペランツァにゆっくりと進めてもらおうかな」


 そう言って、残った高官も解散。

 マシディリとアルビタ、アビィティロだけが残るのみとなる。


 天幕は締められ、先ほどまで人がいたため少し暑い。そろそろ夜風も吹くころだが、気温も上がっているのだ。戦闘続きの所為で陣の臭いもかなり濃くなっている。


 その中で、マシディリはりんご酒を取り出した。


「ティツィアーノ様との講和も、一気に結びたいのだけど、どう思う?」


 りんご酒の風味は落ちていた。だが、変わらず、癒しのある味である。


「おそらくは、マシディリ様が考えている通りでは無いかと」


 唇を巻き込み、鼻から呼吸をして。

 マシディリは、再び口を戻した。


「周囲、か」


 ティツィアーノ自身は高位を用意できる。第四軍団もセルレやサジェッツァもそうだ。

 しかし、他に対してはそうでは無い。唆した者や能力を考えれば代替えがきく者を元の地位に戻すわけにはいかないのだ。


 シマコス、パトロス、カラサンドも、そう。残酷だが、十人隊長以下にしないといけない。敵対派閥について、戻ってきたら出世など。悪例になる。事実、フラシでの内戦ではそうやって陣営を変える者がそれなりに居て、長期化にも繋がったのだ。


「マシディリ様」

 静かな声が近づいてくる。


「それがマシディリ様の意思であると言うのなら、僅かな可能性をこじ開けるのもまた私達の役目だと言うことを、どうか覚えておいてください」


 それだけ言うと、アビィティロが再び元の位置に戻っていった。


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