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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1729/1740

マタリヤクラドスの戦い Ⅰ

 翌朝。

 陣の外に第十軍団と第十一軍団を並べる。両翼には、イパリオン騎兵とトーハ族騎兵、クーシフォスの軽装騎兵、アグニッシモの軽装騎兵とふんだんにそろえた。


 簡易防御陣地群から出たぞ、と言う形である。

 一方でティツィアーノは出てこない。マシディリ側が軍団を並べているとはいえ、死体との距離は少しばかりあるのだが、取りに来ることも無かった。


(はてさて)


 思考しながらも、まずは私的な手紙を書き上げる。


 ユクルセーダ国王へ送る手紙だ。少々の愚痴と、弟の仇に対して冷静さを保つのが難しかったこと、父のように慕っていたバーキリキを失いながらあれだけの冷静さを保った貴方がどれほど素晴らしいか、改めて分かったと言う内容だ。


 続いて、公的な手紙。


 アフロポリネイオ、ドーリスと言ったエリポスの歴史ある都市を共通財貨の経済圏に組み込めると言う内容であり、どのような流通経路がつかえるか、どのような物資が入って来易くなるかの見込みを書いている。


 懸念事項だろうとして、アフロポリネイオの現在の経済規模、ドーリスの経済規模も記した。特にアフロポリネイオは復興具合も詳しく書いてある極秘文書だ。此処から此処は他の者には見せないように、とも改めて書き加えている。

 尤も、最たる懸念事項は海上輸送を妨害しているエリポスの船団だ、とも書くことを忘れない。


 続いてドーリス。臨時国王ヘルモラオスへ。カナロイアはドーリスを直接攻撃出来る位置にいるが、その兆候が見られた場合はアレッシア海軍を用いて反撃に出る旨を記す文書だ。


 ドーリスを守る、共に手を取る、過去を水に流そう、と、言うことでは無い。


 庇護下に置くと言う一種の上下関係を示した言葉でもある。だが、ヘルモラオスらはマシディリとカナロイアの関係を正確には理解できていないのだ。


 マシディリの提案を断った場合、カナロイアが攻撃してくる可能性も分かっているはずである。カナロイアがエリポスの盟主への野心があることも、また。


(さて)

 次は、カナロイア伝手で送ることのできる手紙。


 まずはマフソレイオへ。叔父上、姉上、と両陛下に対して書いた手紙だ。内容としては何も要求はしていない。経過報告である。


 メクウリオへの軍事命令文書も作り上げた。


 そして、忘れてはならないのは愛妻への手紙。最も長い文量で、最も紙も使って。しかし、書き上げる時間は短く。


 その裏で短い手紙達も忘れない。


「マシディリ様。ティツィアーノ・アスピデアウスと思わしき男が四十二台の荷駄車と共に現れました」


 エリポス諸都市への手紙と、効果はあまりないだろうがディティキに籠るサジェッツァへの手紙。それらを書いていると、伝令が飛び込んで来た。


「全軍待機。攻撃はしないように」

「はっ」

 すぐに伝令が去っていく。


「ピラストロに伝令。命令を徹底させるように、と」

「は」

「それから、監督権を一旦アビィティロに預けるとも伝えて置いて」

「かしこまりました」


 傍で息をひそめていたレグラーレが外に出て行く。

 次に書かねばならないのは、兵の家族への手紙。戦死者の分は書き終わっていたが、戦功ある者への褒めの言葉を家族にも伝えるのだ。


 もちろん、手は疲れる。

 だが、完全に任せられる者がいて、何があっても大崩れはさせない者がいるからこそ集中してできることもである。


「兄上!」

 ただ、まあ、人によってはマシディリ直通となり手を止めざるを得なくもなってしまうだろう。

 入ってきたのはその一人。末弟セアデラ。


「今なら、戦いを終わらせられます」


 いつもより少々鼻息も荒いか。

 そんなことを想いながら、マシディリは葦ペンを置いた。


「待機だ。セアデラ」

「兄上」

「堂々と遺体を引き取りに来た者を襲撃しては、私の評判も終わるよ?」


 ぐ、と口を閉じた後、言葉も無く頭だけを下げてセアデラが出て行った。


「セアデラも、隻眼の伯父上の所為で怖い思いをした一人だし、怖い思いをした人達を見ているから」


 ラエテルが小さく言って、僕も行ってきます、とセアデラの後を追っていく。

 あ、これ、アウセレネと母上とアスピデアウスのばあばと、とたくさんの手紙を置くために一度だけ戻って来た。


「行ってらっしゃい」

「はーい」


 結果として、ほぼ一日放置されていた怨敵の死体は無事にティツィアーノに回収されていった。


 敵軍自体に動きは無い。水を引くために軍団全体を下山させてはいるが、それでもまだ斜面に近い位置。すぐに山に逃げ込める位置だ。同時に、重装歩兵が密集隊形をとれる地形を維持してもいる。


 戦意の差があるようだ。


「ヘルモラオス陛下から、撤退の手紙でも出してもらいましょうかね」


 完全なる挑発だ。しかも、ドーリス人にしか効かない。だが、ドーリス人には効果覿面である。


 しかし、その手紙が届くことは無かった。

 未明。夜明け前。ティツィアーノ軍の撤退。

 それが始まったのである。


(マレウスの葬式が言い訳、ですかね)


 予想はしていたことだ。

 別に、戦わずともマシディリが欲する戦果は十分に手に入る結果である。


「追撃するべきだと、強弁いたします」

 ただし、撤退を許すことが軍団にとっても望む結果だとは限らない。


「ドーリス人部隊が撤退せずに残っています。これに気を取られたのか、トクティソスの部隊と思われる者達も中途半端な位置にいました。


 相手の陣地が有効に働かず、ほぼ野戦と同様に、しかも数の有利を持って叩ける状態です。


 兄上。これは、敵が統率を獲れていない状態だからこそ陥った状態ではありませんか? 此処で撤退を見逃すことこそ、ティツィアーノに最善の動きをさせてしまうことにはなりませんか?」


 本当は夜の内に撤退したかったティツィアーノの本心と、逃げることは許せないドーリス人のどうしようもない誇り。その折衷案が、恐らくは夜明け前の撤退開始。


 だが、祖国を落とされ、王を殺され、宰相を殺され、死体で防壁を作られ盾を勝手に使われたのだ。ドーリス人は、ティツィアーノの命令を破ってでも意地を張りたかったのだろう。


 あくまでも、同盟軍。協力しているだけであり、指揮下には無いのだと示すためにも。


「追撃はしないよ」


 ただし、マシディリとしてはティツィアーノがそのことを読んでいないとは思えない。

 滞陣を続けることにティツィアーノ側の利益は無いとしても、ドーリス人の気性は見誤らないだろう。


 誇りと言う信念と、傲慢さと紙一重の虚飾。

 十二分に理解しているはずだ。


「お言葉ですが兄上。現在、兄上はティツィアーノに対して四戦四敗です。此処で無傷で逃がした時に負けと見られかねないのは兄上ではありませんか? 少なくとも、勝てないと思われる可能性は十分にあると思弁いたします。


 兄上の慎重さがウェラテヌスの権勢を盤石にしたのだとは分かっていますが、今はその慎重さが好機を逸そうとしているのではありませんか? 臆病な行いでは人は着いてきません。マレウスらに対する仕打ちも、圧倒的優位であったから。弱者しかいたぶれないと言われてしまいます。


 追撃をするべきであると強弁いたします、兄上。臆病者の誹りを受けないためにも!」


「あ? 誰が臆病だって?」

 アグニッシモがセアデラを睨む。セアデラは口を閉じたまま。アグニッシモに視線を向けてはいない。


 弟達の様子をみながらも、ふむ、とマシディリは手を止めた。


 確かに罠があるとは限らない。最悪の可能性を避けているだけだ。追撃を行えば、大戦果を挙げられる可能性もある。

 ただし、その戦果はさほど欲しいとは思っていないのも事実。


 一方でセアデラに不満が溜まってきているのも見て来ている。アビィティロの言う「戦闘に前のめりな者」の中にセアデラも入っているのだ。伝令ついでに戦闘に加わることで自信をつけてきていたのも事実。


(何事も経験、かな)


 セアデラは、自分の力に万能感を覚える年頃でもある。

 ならばやらせるのも、今後のためになろう。


「分かった。ただ、セアデラと同じく追撃を行うべきだと主張する高官を三人以上集められたら許可するよ」


「お任せください」


 セアデラが口をはっきりと動かす。

 子供の我が儘に少しばかり付き合ってもらえるかい? と、マシディリはアグニッシモに目配せをした。


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