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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1728/1743

軌道修正

 絨毯に包まれているマレウス。逆さづりのロエル。解放されたテラトモス。


 この三人を除けば、手だけで四百二十人分。足まで含まれば八百四十人は解放できる。

 その中で最も早い調子で指が消えていったのは、食糧を担当している高官であった。


(なるほど)

 食糧事情は、苦しすぎる訳では無いだろうが、良い訳でも無いことが透けて見える。


 ただ、任に忠実な者が害を被るのは可哀想だ。故に、マシディリは算盤を贈った。指ではじいて計算する道具である。上等な道具だ。その様子も、もちろん本日解放分の捕虜がティツィアーノに伝えにいっている。


 ティツィアーノの挙兵の一因、独裁官になったきっかけは間違いなくマレウスだ。彼を救うためであり、だからこそマシディリと敵対することになっている。


 だからこそ、動かざるを得ない。

 だが、攻め込むのは不利だ。


 ティツィアーノの一手。

 それは、川の水を平野に引くことであった。


 元より細い川が何本か走っている場所だ。そこにさらに水を加え疑似的な湿地帯とし、騎兵の優位を消そうとする策だろう。


「朗報です」

 手を叩きながら、マシディリは怨敵の前に出る。


「ティツィアーノが山を下りました。君達を救うために動き始めたようですよ。だから、もう少し気張ってくださいね。助けが来ますから」


 しっかりと、希望は与える。

 捕虜の解放も続けた。指の切断は、もちろん。


「一発、殴るかぁ。アグニッシモ」

「はい!」

 愛弟が元気よく返事をして、誰よりも静かに陣を出る。


 ティツィアーノからの使者は入れ替わり。要約するとこちらは最終的に簡易防御陣地群の外に出て構えたのだから、そちらもするべきだ、と。マシディリの返答はこちらは陣地群の外に小細工を仕掛けていない、との話。無論、平行線で終わる。


 ただし、全てが平行線では無い。


 夕刻。

 アグニッシモ率いる精鋭騎兵による襲撃。狙ったのは、ティツィアーノ側に近い水源だ。殺した兵や馬、近くの物を泉に投げ捨て、撤退する。


 応手。夜襲。使者として来ていた者が先導し、明かりをつけずにやって来た。だが、スペランツァの指揮の下、弾き返すことに成功する。追撃は行わない。


 そこからは、再び睨み合いへ。


「動かないか」

 とは言え、裏での調略は進めているはずだ。

 近場で言えば、カナロイア。王妃派の蜂起を促したり、カクラティスとの交渉にあたったりしているはずである。


「串刺しの森か、少しずつ肉を削いでいく様子を見せつけるか。いっそのこと解体現場を見せつけるか」


「全部やりたい」

 アグニッシモが体を横に揺らす。


 もちろん、ティツィアーノに対する挑発だ。でも、出てこなくても良い。

 マシディリの父親であるエスピラは、エリポス人にとっては二度の虐殺を行った人物でもあるのだ。マシディリもアフロポリネイオに対して苛烈な処置を施している。


 捕まったマレウスが碌な目に合わないのは、誰もが想像のつくこと。

 だと言うのに、ティツィアーノは助けられなかった。いや、助けに動かなかった。


 その事実だけで、多くの協力者予備軍を揺さぶれる。エリポス諸都市であれば、ティツィアーノから離れることだって普通のことだ。


「皮を剥いで、放置するか」

「良いね。そうしたい」

 アグニッシモが、にこにこと笑う。


「速やかに処刑し、その死体を並べておくべきかと考えます」


 アグニッシモの表情が固まる。

 冷水を浴びせたのは、アビィティロの声だ。


「アビィティロ」

 マシディリも、声を低くする。


「畏れながら、処刑を開始してから既に十日以上が経過しております。マシディリ様。これ以上の罰を、民衆はどう思うでしょうか」


「兄貴は体を穴だらけにされて放置されてたんだ。どう思うも何も、当然の報いだろ」


 ぐるむ、とアグニッシモが唸り、牙をのぞかせる。

 無論、アビィティロには何の威圧にもなっていない。



「ええ。埋葬しろとは言いません。クイリッタ様を丁重に弔わなかった民衆にも罪はあり、殺した者達の罪は到底拭えるモノではありません。アグニッシモ様だけが行っているのであれば、これ以上の苛烈な処罰であっても止めることはありませんでした。


 しかし、この軍団の最高責任者はマシディリ様。


 間違っても我々がマシディリ様の意思に反することを実行する集団であってはならず、マシディリ様に隠しごとをする集団であってもいけません。


 この集団の行動は、マシディリ様の決定。


 我々にとって、マシディリ様がこれほどまでに怒ってくれる方であると言うことは嬉しいことではありますが、民が受け入れられる事柄には限度があります。


 クイリッタ様は少々行き過ぎた思考ではありましたが、民衆が深謀を理解し、辛抱してくれる存在だとは思っていませんでした。


 分かりやすい成果を残し、分かりやすい利益を配ることでまとめようとしていたのです。そして、分からなかったからこそ、あの者らはクイリッタ様暗殺と言う暴挙に踏み切りました。


 アグニッシモ様。

 これ以上は、果たして必要ですか? マシディリ様のためになる行動ですか? アレッシアを引っ張る人に、相応しい行動ですか?」



(違う)

 私に言っている、とマシディリは思った。

 素直な愛弟は、唇が見えなくなるほどに巻き込んでいる。


「マシディリ様。罰は十分に見せました。これ以上は不要です。むしろ、余計な者達を死兵にし、こちらの被害を増やしかねません。


 即座の処刑と、屍を風雨に晒し、彼らが報いを受けることを示し、命を賭して死体を取りに来た者がいるクイリッタ様と誰も死体を取りに来ないあの者らと言う差を見せつけるのが最良かと思います」


 はっきりと。強く。アビィティロが言い切る。


 マシディリさん、と愛妻の言葉がよみがえった。

 アレッシアを引っ張らねばならない人よ、と。応援される人でないといけないの、と。


(『批判だってたくさん受けるわ。嫌な言葉の方が耳に届くのも当然よ。でも、応援されているからこそ、私達は、私達に至るまでの父祖は歩いてこられたの』、ですか)


 長く、息を吐く。

 ずず、と少しばかり尻を動かし、頭の位置も下げた。


「取りに来やすい中心部に肉塊を運ぶための準備を。処刑は、敵から良く見える陣前で行いましょう。合わせて、捕虜も全員解放します」

「は」

「仮にアビィティロとべルティーナに先立たれたら、私も引退かな」

「相変わらず御冗談が下手なようで」


 アビィティロも雰囲気をやわらげた。


 処刑の手筈もすぐに進む。怨敵達も最早抵抗の意思はなく、ようやく死ねると安堵の表情も見せていた。直後にアグニッシモの逆鱗に触れ、死の前に再び表情を硬化させていたが。


 ただし、処刑はすぐに終わる。

 兵達が切れ味の悪い武器で行いたい、と言って、新人たちの処刑練習になりもしたがたった四十二人だ。マレウスだけは首謀者として、クイリッタと同じように何度も短剣で突き刺しての時間のかかる処刑になったが、妨害がされることは無く、夕方には死体が戦場に並べられる。松明も並べ終わった。


 夜になっても、死体が良く見える。


 マシディリも、陣の高台から怨敵達の死体を見下ろした。静かに横に来るのは、アビィティロ。報告内容はドーリスについて。賄賂に弱い者達は相変わらずいるため、こちらにもティツィアーノの手は伸びている、と。


「アビィティロ」

「は」

「私が満足するまで、待っていましたね」

「人を治めるには恐怖も必要です。特にこれまで守ってきた規則を何とも思わない者達には、破ったらどうなるかをしっかりと見せつけなければなりません」

「ふふ。そうですか?」


 自分が聞く耳を持つまで待っていた。

 マシディリには、そう思えてしまうのである。同時に、聞く耳の無い状態と言うのは良くない、と。諫言を受け容れ、精査出来ない者は国を悪しくするのだとは、歴史でも往々にしてあることだ。


「止めてくれてありがとうございます」

「感謝には及びません。私は、例えマシディリ様が暴君として名を残そうとも、そのマシディリ様の最側近の一人であったと名を遺すつもりですから」


「怒っているじゃないですか」

「はて。暗君と名君は共存いたしませんが、暴君と名君は共存できると思っておりますよ」


「アビィティロ」

 言って、苦笑して。


 あとでスペランツァに、ラエテルがマシディリに諫言できたかどうかを尋ねようと思ったのだった。

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