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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1726/1746

許さず、生かさず、殺さず

 夜明けとともに、全軍の威容を見せつける。

 それが戦いの終わり。


 マシディリ達は捕虜を連れると即座に山を下り平野に出て、クーシフォスが骨子を作っていた陣に入った。


 捕虜の内、高官の者達は椅子に縛り付け、座った状態で並べる。四十六人を数える暗殺者。その中の四十三人だ。一人はこれまでの戦いや逃避行の中で既に死んでいる。もう一人は昨日の戦いで自裁を敢行でき、二人は重傷のため今日は並んでいない。


 なので、マシディリはこの二人に対しては「ゆっくりと治療を行うように」と兵に言い含めた。最優先は味方。二人は死なない程度に。後回しで問題ない。治療に使う布も古い物、アフロポリネイオで作った物にしてくれ、と。


 健康な四十三人の捕虜に関しては、準備が整うまでの間はアグニッシモの預かりとした。


 マシディリがやることは、陣の強化。エリポス人の死体を山と積み、土をかぶせて壁を形成する。補強はエリポス人が使っていた武器。これらの武器をあえて露出させる部分も作った。


 挑発だ。

 侮辱である。


 山からも良く見えるようにすれば、エリポス諸都市の兵は憤り攻撃を訴えるのだ。特に逃げてきたドーリス人は強く訴えるだろう。


(さて)


 準備が終われば、ようやく陣に戻る。

 怨敵が並ぶ陣へと。


 少しずつ、足取りを早くして。


 怨敵達の姿が見えれば、口元に弧が浮かぶ。

 両手も広げた。次の声は、高くなるし跳ねていくだろう。


 足も、一直線に。


「マレウスマレウスマレウスマレウス! ああ、会いたかったよ、マレウス」


 そして、マレウスの左目に親指を突っ込んだ。


「元気だったかい?」


 親指へ強い弾力が返って来くる。このまま押し込めば、眼球と言う球体がマレウスの体に落ちていくような、そんな感触だ。


 しかし、そうはならない。

 筋肉が変形するより強く、熟れたイチジクを潰すよりも高い弾性が、ぷちゅり、と途切れ、どろりとした感触が親指を伝い、手首のあたりまで来て下に落ちて行ったのだ。


 マレウスが叫びをあげる。

 マシディリの顔は、笑みのまま変わらない。


「そんなに嬉しいのかい? でも、ちょっとうるさいね」


 左手を横へ。布が運ばれてきた。乗っているのは馬糞。マシディリは、それをマレウスの口に詰め込む。一瞬で叫び声が小さくなった。むせる音も聞こえたが、マシディリは眼窩に指を突っ込んだままマレウスの顔を固定する。


「ああ。ティツィアーノとお揃いになれた喜びかな?」


 笑いながら、次は革手袋をはめる。手袋をつければ、既に使用済みの布を手に取った。乱暴にマレウスの新しい目と言わんばかりに突っ込み、しっかりと縛り付ける。


「布は貴重でね。分かるだろ? だから、使い古しで悪いね。だが、安心してくれたまえ。君の好きなアフロポリネイオ人の娼館で使った布だよ。ふふ。香楽でも感じてくれるかい? 娼婦の膿を拭い取った布だからね」


 アグニッシモが指笛を吹く。

 愛弟に笑みを返せば、愛弟も狂気に満ちた満面の笑みを浮かべていた。

 マシディリも笑みを深め、再び両手を大きく広げて怨敵たちに向き直る。


「君達を陰ながら支援していたクイリッタは死にました」


 朗々とした声を張り。


「なので、君達を守る者はもういません。なんでもできます。いえ。正確には私を止められる者は誰もいなくなりました。ただ一つの希望、ティツィアーノによる救出を待ち続けてください」


 明るい声で、音を跳ねさせながらマシディリは告げた。

 その間にもウェラテヌスの被庇護者が粛々と準備を進めてくれている。


「そして、私はクイリッタに敬意を表し、君達の事情も考慮して差し上げましょう」


 レグラーレが、マシディリの前に現れた。手に持っているのは絨毯。マシディリが端を握れば、レグラーレが少しばかり広げるように離れていく。


「何だっけか。私が、王のようだ、と言っていたっけ。クイリッタは独裁者だったから殺したとか。アレッシア人は独裁を嫌うとか。


 折角なので、あなた方でも分かるように教えてあげますね。


 アレッシア人は暗殺も嫌っています。議場での暗殺なんて以ての外。父上や私はペリースで体を隠していますが、こうやって隠すことも良くは思われていません。


 それを差し引いて、自分達の都合の良いことだけをアレッシア人の気質に結び付けるとは。いただけませんね。君達はアレッシア人を理解していない。


 だからこそ、私はクイリッタが生活支援をしていた君達の名誉を考えて処刑法を決めなければと苦悩しましたよ。


 じゃーん。


 トーハ族の処刑では、血が大地に流れてはいけないらしいからね。だから、こんな物を用意したよ。尤も、君達がトーハ族だなんて言ったら、トーハ族に失礼すぎるけどね」


 次に出てきたのは木の束(ファスケス)

 しかし、刃は着いていない。


「大丈夫。すぐに死にはしないよ。痛くないからね」


 言えば、アルビタがロエルに思いっきり木の束を叩きつけた。

 大きな音が鳴り響く。ただ、木の束自体は大きくしなり、痛みはほとんど無い。そう設計している。


「さて。マレウス。絨毯でくるんで叩くから。声を上げ続けてね。じゃないと、突き刺して確かめないといけなくなるから」


「私はアレッシア人だ! だから、絨毯で包む必要は、ない」

「で?」


 マシディリの言葉の後に、アグニッシモがマレウスの腹に拳を埋める。吐しゃ物が噴き出て来た。きったね、と言って、アグニッシモがマレウスを椅子ごと蹴り飛ばす。倒れたマレウスを縛っている紐を、無言の被庇護者達が斬った。


「まで。まっで。ばなじを、ぎげ」

「クイリッタの衣服は、穴だらけで最早形を保っていませんでした。それだけ刺す時間があれば、貴方もクイリッタの話を聞く時間があったのでは?」


「あやばる! じぬ! だがら、ぜめで、いぢにぢで」


「謝り先が違うよ、マレウス。私じゃない。愚弄した神々と、誇りを穢した父祖と、何よりもクイリッタに謝るべきだ。

 あとは、ティツィアーノ様とサジェッツァ様、引き裂かれて苦しい思いをしているべルティーナ。他にも狂わされた者は多い。大罪人だよ、本当に。

 何万のアレッシア人が死んだと思っているんだい? どれだけのトーハ族が露と消えたと思っているんだい?」


 ゆっくりと歩み寄り、木の束を受け取る。

 被庇護者達は、絨毯を手にマレウスの傍へとよっていった。


「だからね、マレウス。みんな、叩きたがっているんだ。君を叩きたがっているんだ」


 そうして、マレウスは絨毯に包まれた。


 ただの処刑では無い。軍団兵の不満のはけ口にもしてしまう。


 全ての元凶、として。


 皆が棒で叩いても、叩いても。一撃一撃は弱くて死にはしない。されども音は鳴り響く。マレウスにとっては暗闇の中で痛そうな音がひっきりなしに、しかもいつ来るか分からない状態でやってくるのだ。


 当然、叫びは謝罪と懺悔に変わる。

 それでも気にはしない。


「ちゃんと見なよ」

 第三軍団の兵が思いっきり木の束を振り上げ、振り下ろす様子を。マレウスの叫びを。後悔を。


「ど、どうか。お助けを」

 縛り上げられ、動けない怨敵の一人がぽつりとこぼした。


 マシディリは笑みを深め、立ち上がる。手に取ったのは鉄の棒。それを助けを懇願した怨敵の耳に突き刺した。


「では、お望み通り」


 そう言って、もう片方も。

 音が聞こえなければ、少しは良くなるでしょう、と。

 そうすれば、誰も何も言わなくなった。


「目を逸らして良いとは言っていませんよ」


 凄惨な光景に目を背ける男の顔を固定し、瞼を切り取る。

 そうすれば、誰も目を背けなくなった。


「マシディリ様。私は、マレウス様の口車にのせられて。クイリッタ様には手出しをしておりません」

「そうか。君は、男らしくありませんね」


 食事時に小声で助かろうと言い訳をしてきた男の玉を一つ切り出し、食事の皿にのせる。

 そうすれば、誰も言い訳をしなくなった。


「ははっ。ははははっ! クイリッタを殺した時に覚悟していたのでは無いのですか?」


 日暮れ時。

 すっかりと静かになった怨敵の肩を揺らし、問いかける。

 朝と比べて大きく年を重ねた姿となった怨敵は、口々に良く分からない言葉を言い続け。


「あー。ははっ。人ですら無かったか」


 吐き捨て、ようやくマシディリはその場を離れる。

 兄の監視が無くなったからか、後ろからは人を殴る音が十、二十と聞こえて来た。



「あー空し」


 言葉は誰の耳にも届かず虚空に消え。

 その日は、終いとなった。

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