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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1725/1747

怨敵誘導作戦 Ⅱ

 クイリッタの暗殺を実行した者達の情報は徹底的に洗い直した。


 追放先での生活、口説いた女性の数から誰を何回口説いたかから、素振りの回数まで。風呂で洗う順番も知っている。


「でも、貴方は何も知りませんね」


 静かに言って、マシディリは死体と思われる肉塊の首を刎ねた。

 転がるは四百の肉塊。マシディリ側の小部隊を静かに処理しようとしてやってきた敵の一部隊だ。


「アグニッシモはね、重装歩兵でも強いのですよ」


 どの部隊なら作戦行動から逸れて追ってくるのか。襲撃が露見してはいけないとして処理に来るのか。その想定を立てたうえで僅か二十四人で襲撃を行い、敵を引き寄せ、第三軍団第三列で包囲した結果が今の肉の山。


 奇襲するつもりの兵を奇襲で討ち取るのは容易い。

 それは、アビィティロがマレウスに伝えた言葉であり、マレウスが兵の鼓舞に使った言葉。アグニッシモを相手にすることに臆した兵を鼓舞した言葉だ。


 即ち、敵部隊にしっかりと浸透した言葉である。


 少し遠くで、隠れることをやめた足音が聞こえた。

 地面を踏みしめ、草を薙ぎ払い、鎧の音を立てている。荒い息遣いも聞こえてきそうであり、空気も変わった。


 敵の攻撃。

 その開始。


「神よ。神々よ。悪逆と暴力とあらん限りの幸運を我に授けたまえ」


 マシディリは、嚙み千切るかのように左の中指の第二関節を背中から噛み、腕を引き抜く。無論、指はちぎれたりはしない。


「夜襲の仕方を教えてやれ!」


 直後、青い光が一帯を照らし出した。


 白い布に当てることによって光量を増した輝き。クイリッタと同じ色のオーラが、周囲を、夜襲を仕掛けたと思った者達を照らす。その者達の目の前にある人形と、人形の奥にいる臨戦態勢の整ったアグニッシモ隊も星々の下に現れた。


 遠くで木が倒れる音がする。

 大きな音だ。姿が見えなければ、大軍の移動にも思える。


「誰を斬っても「マレウスを討ちとった」と叫べ!」


 喚声が上がり、アレッシア最精鋭第三軍団が寄せ集めのマレウス隊に殺到する。


 数。質。地の利。心構え。予測。

 全て、マシディリ側の方が優れている。


 援軍も、来ない。

 来られない。


 セルレ、パトロス、シマコス、カラサンド。そう言った面々とこの地の間にいるのは、エリポス諸都市の部隊だ。

 彼らは普通の将兵。戦意が高い者も低い者もいるが、マールバラやイフェメラはいない。これだけの音を聞いた時に警戒するのは敵からの奇襲で、当然、まずは自部隊の守りから始める。防御陣地にいるのだから当然だ。


 第四軍団であるケーランやミラブルムは遠い。トクティソスも同様に。トトランテの到着は早くとも夜明けになるだろう。


 ティツィアーノとて、不用意に持ち場を離れれば全軍に混乱をもたらしてしまうのだ。逃走ととられかねないのである。


 敵が動揺を鎮めるための時間。

 それが、マシディリに与えられた時間だ。


 いや。マレウスが耐えねばならない最低限の時間と言い換えた方が正しい。ティツィアーノや援軍がたどり着くかも分からない。そもそも、アグニッシモを夜襲すると言う作戦を伝えていない以上、敵側はマレウスが逃げてくると思っている可能性だってある。


 山の各所と平野を潰すように布陣した第三軍団によって、逃げることなどできないのだが。


 次々と敵兵を討ち取る。


 死体は首を獲り、敵の中央部付近へ投げ入れた。腕や足も切断し、投げ入れる。


 光の明滅は断続的に。青や黒。それらの色を白い布に当て、目立たせ、時折光を無くして敵の視界も奪う。


 そこかしこに響くのマレウスの討ち死にを伝える声。


 信じる者もいるが、信じない者の方が増えるはずだ。でも、マレウスだと思われているから死体が損壊されていると思う者も出てくる。


 マシディリがマレウスを恨んでいるのは周知の事実。

 議場での暗殺に後ろめたい気持ちがある兵も多い。

 罪の意識は少なからずある者が多いのだ。


 故に、マレウスだと思われたく無いとも兵が思い始める。投降も始まる。違う、マレウスでは無い、との叫びは必死さを伴い、言語の違うエリポス人達がただの命乞いも始め、でも、エリポス人は許さない。


 大混乱だ。


 そして、マシディリ側は焦らない。投降する者を受け容れながら、慌てずに攻撃を続ける。暗がりでは、遠くにいる人物がエリポス人かアレッシア人かの区別はつかないのだ。アレッシア人だから命を助けられているとは思わず、助かるための方法を模索しているエリポス人もいる。


 決して死兵にはさせない。

 決死の反撃の土壌は作らせない。

 その上で淡々と処理を続けていく。


 この状況下でも、一時的にとはいえ兵をまとめ上げ、防ぐ時間を作り上げたマレウスは、なるほど、大した人物だ。サルトゥーラの次にアスピデアウスを支えると目されていたのもうなずける。


 だが、相手が悪かった。


 スコルピオの射出音が響く。

 空射ちも、音が良く反響する場所を選んで行った。


 貫通兵器によってもたらされた苦悶の声に、赤い光が浸透していく。マシディリのオーラの色だ。父母譲りの圧倒的な量で、敵を照らす。決して腰から上には光を持ってこない。暗闇の中で、下で光る赤だ。


 同時に、アグニッシモも同じことを行う。同じ色だ。軍団として見た場合、青と黒からの変化は相手の心にも影響を与える。


「こんにちは」

 盾と剣を手に、マシディリも最前線へ。

 兜は、敵前で脱ぎ捨てる。


「クイリッタの方が顔は良いのだけどね」

 苦笑しながら、髪を少しばかりかき上げて。



「似た顔に、見覚えは無いかい?」



 にこりと笑い、破壊の赤を纏った盾を敵の盾にぶつける。壊し、殴り、兵も続けと、追い抜かすように突撃を再開した。


「お、お許しを」

 老兵が呻く。


「許すかどうかはクイリッタに聞いてきなよ」

 暗殺に関与はしていなかった者だ。だから、マシディリは一撃で殺してあげた。

 くるり、とすぐに足を動かす。


「マーレウースくんっ。どーこでーすかっ」


 敵に分け入り、向かって来た者に盾をぶつけ、蹴り飛ばす。後ろから出て来たアルビタが敵兵の足を突き、踏み倒した。


 続く兵の攻撃も盾で受け止め、押し返し、剣で足元を刺す。相手の意識が下にいったところで上を殴り、守りが弱く成れば剣を刺す。


 その奥で、短剣を手に震えているマレウスを発見した。


「やあ、マレウス」

 にっこりと笑い、武器を構える。


「腕はアグニッシモの方が良いよ。でも、鍛錬に付き合える程度は私も腕に覚えがあってね」


 自裁の邪魔をさせないとばかりに敵兵が二人出てきた。

 アルビタ、レグラーレと横から出てくる。アルビタは剣戟で。レグラーレは砂を投げてから盾と一緒に敵に体当たりをかましてマシディリの道を開けてくれる。


「隠密や追跡はスペランツァの方が上手さ。でも、私も君を逃す気は無いよ」


 マシディリは盾を投げつけると、マレウスの態勢を崩させた。膝から崩れるように一気に距離を詰め、マレウスの手にある短剣を蹴り飛ばす。


「ユリアンナのようにエリポスの王族を口説き落とすのは難しいね。でも、私は、少なくとも君よりはエリポス人を集められるかな」


「ひぃっ」

 暴れる腕を避け、捕らえ、腰に乗せるようにして持ち上げて地面に叩き落す。


「フィチリタのように関わる人を照らせる訳では無いけど、それでも私を慕ってくれる兵も多いんだ。嬉しいね」


 剣を鞘に仕舞い、両手を開け、マレウスを無理矢理立たせる。腹部の鎧を壊し、膝を埋めた。


 咳き込む怨敵から手を離し、足を払って再度転ばせる。


「でも、つくづく足りないよ」


 開けた穴に足を打ち抜いた。マレウスの体がくの字に折れる。発汗量が増えたのが見て取れた。臭くもなる。


「半身が足りないんだ」


 もう一度。踏む。


「どこにも、なくてね」


 もう一度。


「抜けているんだ」


 踏む。

 完全にマレウスの体から力が抜けた。


「ないんだよ。どこにも」


 踏む足に力を入れ、マレウスの意識をしっかりと取り戻す。

 汗にまみれた男は、最早訳の分からない言葉を必死に漏らしていた。


「ねえ。マレウス」


 無視して。


 顔を、近づけ。



「 か え し て く れ な い か ? 」




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