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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1724/1747

怨敵誘導作戦 Ⅰ

「アビィティロは、やはり不満を抱いていた。ティツィアーノに近しい不満である」


「しかしながら、不満があるのはマレウスも同じはず」


「直接対決四戦四勝。ディファ・マルティーマに損害を与え、ディティキを堅持し、ビュザノンテンで反撃の機会を与えなかった。あのマールバラにさえ成しえなかったことをティツィアーノ様は達されたのだ。貴方の義弟の名声は、今やアレッシア中に鳴り響いている」


「そのきっかけとなりながら、戦果を挙げながら。地位は未だに低く、防御陣地群に於いては遠く、エリポスとの交渉には参加できていない。信頼が無いのか、力を恐れられているのか」


「十中八九、前者」


「不安定な貴方ではアレッシアを引っ張れない」


「貴方の精神も汚点も変わらない」


「クイリッタを殺した事実は、変わらない。議場での暗殺と言う凶行も、味方を無くす行い」


「ならば、どうする」

「ならば、一つしかない」


「圧倒的な戦果で、認めさせ、出世する。手出しできない権威を固め、じっくりと、睨み合える人物を用意して危険性を薄めつつ、椅子に座るしかない。地位を固めながら、自由に出来ない地位に自分を置く。それでも、功績があれば認めざるを得ない」


「丁度、マシディリ・ウェラテヌスがそうせざるを得ない状況を作ったではありませんか」


「次は、貴方が利用する番だ」

「ティツィアーノの策を利用したマシディリを利用する。貴方が、上だ」


「策はある」


「アグニッシモ・ウェラテヌスを山地におびき出し、討ち取れば、貴方の功績は比類なきモノ。並ぶには、マシディリ・ウェラテヌスを討つしかない。それをするのはティツィアーノだと耳元で囁けば良い」


「そのために、アビィティロ・ルーネイトを引き抜いたのだと」



 湖面に浮かぶ三日月よりもなお高く、マシディリの口角が持ち上がる。


「ばーか」


 酷く昏く、冷たく、愛息の名を呼ぶ口と同じ口から発せられたとは思えない声。


 マレウス。

 怨敵の名。


 敵軍を内側から崩壊させる策は、何も引き抜きや内応の噂で疑心暗鬼を生じさせるだけでは無い。功名心。不安。希望。一度良い景色を見た者にこそ通用しやすい策もある。


 マタリヤクラドス。

 平野を抱える地名。


 平野で活きるのは騎兵だ。騎兵の力を十全に発揮させないようにするには、山地に引き込むのが良い。信頼。策謀。奇襲。これまでの成功があれば、人の好い暴れ馬はアビィティロの言葉に乗る。そう信じ込ませるのには、十分な実績があった。


 手が冷える。

 心も冷えた。


「やっとだよ、クイリッタ」


 かたかたと顎が揺れる。

 目に笑みは無い。光も無い。だが、マシディリは確かに笑った。


「地の果てでも無いし、世界をひっくり返してもいない。でも、もう逃がさない。楽になど死なせてやるものか。死にたいと懇願しながら生かされ続け、無様な命乞いを繰り返した後にやっと死なせてやる」


 肩が揺れる。

 何も楽しくは無い。それでも、笑みは止まらない。


「私の弟を殺した報いを思い知れ」


 例え神々が許そうとも、マシディリ・ウェラテヌスが許さない。


 動機は十分。


 マシディリは、同じ髪色の弟に正面の指揮を託すと、第三軍団を率いて装備を置いてきた地まですぐに戻った。そこで武装を整え、山道を走破する。


 向かうはマタリヤクラドス西部。

 処刑の地。


 山中にあるオロルガルの平地の東を通り過ぎ、平野に出てから西へ。ただ、気にするのはほぼ時間だけで良い。マレウスの居場所は、決まっている。アグニッシモを嵌められる地も、誘い込める場所も、時間も。全てはアビィティロがマレウスに伝えてあるのだ。


 無論、完全に信じるとは思っていない。


 でも、地形は把握済み。


 マレウスがどこで待つかも想定が出来る。斥候を潜ませておくことも可能だ。アスピデアウス派として表舞台に出てきたアピスが関わりのあった者と連絡を取ることでマレウスを煽ることもできる。グロブスもしているとの話を耳に入れても、信ぴょう性が増すだけ。


 マシディリとティツィアーノの対決がマシディリの四敗であっても、マレウスは活躍したとは言い難いのだ。クイリッタの殺害で一発逆転を狙った者が、結局は隅に追いやられ始めているのである。


 マレウスは良くても、マレウスを持ち上げた者にとっては良くない。


 マレウスはティツィアーノの義兄として地位を得られても、他の者は得られない。


 だからこそ、突き上げがある。



「海上で迂回し、貴方の後ろに出られる経路はあります」


「しかしながら、その港は五千の軍団を一度に入れることはできません。順番待ちが出来る」


「私が先鋒」

「アグニッシモが次」


「アピスが三番目。アピスも、顔なじみとは戦いにくいと思っております。マシディリにも見透かされ、故にドーリス征討に当たっていました」


「最もマシディリに忠実なクーシフォスは、騎馬隊ですので平野に残します。陣地作成も大事ですから、納得はするでしょう」


「バゲータは、果たして敵ですか?」

「最後尾はグロブス。防衛のためと言いつつ、この戦いに参加させません」


「マレウス様。私の妻はサジェッツァ様の養女。いわば、貴方の義弟。それも養子を介しての義弟であれば、貴方の地位を危うくはしません」


「信用に差があります」


「マシディリの片腕と見られている事実も、信用に差を作りましょう」


「ですが、私には能力がある。のし上がれるのは間違いありません。シマコス、パトロス、カラサンドが軍高官なら、能力のみの正当な評価を戴ければ私が二番手」


「尤も、他の方々の活躍次第では、功績が足りずにそうもならないでしょうが」



 信頼と煽り。

 安堵と不安。


 エリポス諸都市に行動を操られた男が、アビィティロの思い通りに動かないはずが無い。


 地元民が知る山道を通ったマシディリは、麓にウルティムスを降ろした。


 自らは山中と平野の間を進み、ストゥルトゥースを先行。彼らの小部隊を持って徴発行動のみに留めさせつつも、敵の警戒網を食い破る。注意を向けさせる役目でもあった。戦場での投入の仕方から、使い捨てのような扱いだとは分かるだろう。



「アグニッシモの最大の武器はその武勇ではありません」

「戦場での死を『運の無い奴だ』と片付けきれる部下達の精神でもありません」


「目です」


「彼が言うには、色が違う、と」


「罠を見抜き、危険だと感じたら引き、引けないと悟れば一瞬で弱点を見極めて貫くその目こそ最大の武器」

「エスピラ様の薫陶を余すことなく受けたマルテレス・オピーマを相手取ると思ってください」


「油断なさらぬように」

「目を潰すには、目を使えない状況にするしかありません」


「夜襲」


「山地にて馬を奪い、夜にて視界を奪う。そうして数で圧し潰す」


「アグニッシモには、奇襲を仕掛けるためと伝えておきます」

「そのために、私も山に入ると。アピスも適当に入れておきましょう」


「最初の攻撃は、貴方の味方の適当な方を」

「奇襲するつもりでいる敵を奇襲で討ち取るのは、容易いですから」


「数で上回り、包囲し、それでもとこちらに希望を抱いたところで私も攻撃に出ます」


「そうなれば、アグニッシモの心にも更なる乱れが生じる」


「あとは、貴方も一気呵成に攻めかかるだけ」


「美味しいところだけを獲れるはずです」



 無論、マレウスは完全にその通りには動かない。

 アビィティロの示すやり方は、即ち「お前には力が無いから止めだけに出て来い」と言われているようなモノなのだ。


 本心が違っても、今のマレウスと言う男はそのように受け取ってしまう精神状態にある。


「マシディリ様」

 レグラーレから手紙を受け取る。


 地図だ。

 簡易的な地図であるが、クーシフォスは予定通り陣を作っている。バゲータは整然とした隊列を組み、かなり後方に。見まがうほどの部隊を維持している。


 では、誰と見まがうのか。


 グロブスだ。


 第一軍団はエリポス遠征出立前に変装大会を開いていた。エスピラも景品を出している。そして、マシディリにとっての彼らになるようにと作られたのが第三軍団だ。


 様々な人に化け、グロブス隊は既に配置についている。

 アピスも山登りを開始した。

 アビィティロ隊も、もちろん。


 その夜。マシディリの陣に一人の神官が逃げ込んでくる。


「言われたとおりにいたしました。今夜が好機であると、神に嘘をつきマレウスに隠しごとをしましたっ。

 こ、これで、神々にとりなしてもらえるのですよね。わ、わた、わたしぃは、見逃して、いただけるのですよ、ね」


 マレウスの部隊にいる神官のその長。最近お気に入りの愛人が隣で変死していた人物。


「アレッシアの最高神祇官の名に於いて、最大限協力は致しますよ。貴方が二度と裏切らなければ、ね」


 時間。場所。編成。

 全てが、マシディリの思い通りに。

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