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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十二章
1723/1747

経験値

「オロルガルには?」

 スペランツァの言うオロルガルとは、ティツィアーノが防御陣地群を築いた山中にある小さな平地だ。


「元老院議員のお歴々がいるよ」

「僭称院」

 セアデラがすぐに言ってくる。

 苦笑し、そうだね、とマシディリはやわらかく返した。


「メガロバシラス部隊やエリポス諸部族部隊も此処だね」

「マタリヤクラドスは?」


 マタリヤクラドスはカナロイアから続く主要街道でティツィアーノの陣地群を抜けた先にある地名だ。平野の入り口である。


「マレウスだね。暗殺者達もだよ」

「セルレ・アステモスは?」

 スペランツァも気になるか、と思い、マシディリはセルレの警戒度を引き上げる。


「シマコスとパトロスの陣地の後ろ。前線にある他の主要陣地から見た時にティツィアーノから比較的遠い二人を助ける形だね」


「なる、ほど」

 同じ髪色の弟が、ぐぅり、と自身の顎を右の親指の腹と人差し指の側面で摘まんだ。


「ドーリスの敗残兵を集めるのも目的。でも、マレウスと競合して悪さはされたくない。マレウスのくそ野郎はさほど信任されていないようですね。ただの口実か」


「悪さをした、と言う認識はティツィアーノ様にもあるよ」

「様?」

「ティツィアーノ。悪かったね、スペランツァ」

「いえ」


「ドーリスの敗残兵の収容もその通りだと思うよ。だからこそ、西側に第四軍団を始めとした経験豊富な高官を配置している。アビィティロ達を包み込んで圧し潰すためでももちろんあるけどね。逆に東側はセルレなどこれからの功績が必要な者達。そして、彼らは防波堤かな。私達が西進すれば出てくるとは思うけどね」


「カナロイアとの交渉が正攻法ですか」

「だね」

「だから私を早くと」

「そう評価しているよ」

「囮」

「主力だと思われてこそ多くの作戦が意味を持つ。形ばかりの引き付け役なんて、何の役にも立たないよ」

「カナロイア船団を動かせるかどうかですか?」

「形の上ではね。カクラティス陛下とはこのことについて交渉しないように」

「姉上とは?」

「出して良いよ。実現させないけどね」

「アビィティロ達の出迎えは?」

「良いと思うよ。ついでにこちらが船を集めようとすることもね」

「むしろ推奨?」

「そうだね」


「姉上からは、カクラティスから既にカナロイアの船団を向かわせられないことを聞かされているとか、東方諸部族との関係性についての詳細を求められるからつつかないようにと言われましたが、他にも?」


「駄目な理由かい? まあ、印象的にも良くないからね」


「随分とティツィアーノ側の人間もカナロイアに入っている、と」

「うん。彼らの耳にはしっかりと入れておかないと」

「王太子妃派の決起は?」

「ユリアンナを信じるしか無いかな」

「王妃派は?」

「むしろ好機。混乱に乗じて主要な人物を排除する準備は整えたよ」

「兵のための避暑地を求めるのは如何ですか?」

「ああ。確かに。良いかもね。地勢を見れば、二か月を超える長期戦はティツィアーノの方がきつくなるしね。どうせなら、手紙も増やそうか。カナロイアから半島に送ってしまおう」


「兄上を知っているだけに、ティツィアーノは必要以上に警戒すると」

「疲弊も、ね。ソリエンスとリベラリスも使おうか」

「ソリエンスとリベラリスを」

「ソリエンスはプラントゥムとのやり取りを。リベラリスはフロン・ティリドへのやり取りを、ってね」

「なるほど。私は完全に兄上の影となり動けば良いと」

「ラエテルの援護もお願いね」


 え、僕? とラエテルが跳ねた。


「折角だから経験を積んでおいて。軍団の指揮も外交も、経験値は大事だからね。でも、カクラティス陛下が出てきたら引いて。アレッシアでも有数の家門であるセルクラウスの当主が応対しないと格が釣り合いません、とか言っておけば良いから」


 えへん、と言うようにスペランツァが胸を張る。


「父上と叔父上のやり取りが早すぎるのも、経験値」


 ラエテルが唇を尖らせながら首を垂らした。

 セアデラの唇も、少しだけ尖っている。


「兄としての面目躍如」

 スペランツァが鼻を鳴らす。

 楽しそうだね、とマシディリは目を閉じた。


「ひとまず、ラエテルは顔を繋ぐのが目的だから。無理そうな要求はしなくて良いよ。動いていると言うことを示しつつ、私が息子を派遣した意味を知らしめてくれれば大丈夫。


 とは言え、人夫は集めて欲しいかな。攻城兵器を作るための紐と、投げるための石も買い集めて欲しい。できれば、輸送する船をそのまま手に出来れば嬉しいな。あとは、鉄の類も。


 何故かわかるかい?」



 きました、とセアデラが小さな声でスペランツァに言う。

 噂の、とスペランツァがセアデラに返していた。


(何が噂なのやら)

 思いながら、目を開けて愛息を見る。


「えと。まずは正攻法について話していたのですよね」

「そうだね」


「えと。隻眼の伯父上の防御陣地群は半円を描くように配置されています。どこかを攻めれば側面を別の陣地から攻撃されるので、ほぼ全面を攻撃しないといけないのですが、第三軍団と第十軍団が全員そろってもこちらの方が兵数劣勢の可能性が高い、です。それに、攻め込めば自ら半包囲の形になってしまいます。西側にいるミラブルム様と騎兵は、最後の蓋にもなりますので、攻め込むこちらの後ろを獲られれば、インツィーアの大敗とか、父上のマルハイマナ戦争の再現にもなりかねません」


「そうだね」

 頷き、間違っていないよ、と態度で示す。


「こちらが内線の利を活かそうとしても、相手は高所で良く見える。射程も高所を取っている相手の方があります。

 えと、だから、突破するには、敵最右翼のミラブルム様の陣地を海との挟撃で叩き潰すか、大型の攻城兵器、投石機とかで一気に攻め込む必要があって、その準備をしていると見せたい、のですよね。鉄の類は、投擲するか、相手の攻撃を防ぐ大きな盾とか、破城槌の屋根に使うとか」


「その通りだよ、ラエテル。まあ、『槌』は要らないけどね」

「そうでした」

 ラエテルが小さくなる。


「兄上はもうちょっとラエテルにやさしくした方が良いんじゃない?」


 父上はいつもやさしいよ! と、ラエテルが即座にスペランツァに反論した。

「やさしく見えないのは、僕に生き延びてほしいやさしさだし」

 とも言ってくれる。


(つい言っちゃったわ、か)


 緊急的なことだったから誰も貴方が次期当主になることに文句を言わなかっただけだから、黙らせる結果を出しなさい。

 そのようにラエテルに言ってしまったらしいことをべルティーナは気にしていた。


 それも間違いなくやさしさだ。同時に、必要以上に厳しくしてしまったのではと言う後悔も理解できる。これでラエテルに何かあった時に一番傷つくのは、べルティーナだ。


 無論、スペランツァの言うような捉え方をラエテルがしてしまっていたのなら、マシディリも後悔が残る。いや、べルティーナの分も抱え、べルティーナが気にしていたのに、とも。


「ラエテル」

「大丈夫! 期待していて」

 ぐ、と愛息が両の手で拳を作った。


「もちろん。ただ」


 ラエテルは、良くやっている。


 それは事実だ。でも、今直接言うことがラエテルの自尊心に繋がるかと言えば、否である。親からの否定にも見えてしまうかも知れない。


 もちろん、答えは分からない。

 受け取るのはラエテルだ。愛息であり、一番の理解者でありたいと思っているが、同時に確立した個であり、確立した個である以上隔絶された存在なのである。


 だからこそ、言葉を選ぶ。


「出来れば、べルティーナにも手紙を書いて欲しいかな。折角カナロイアに来たわけだからね。べルティーナの意思を汲んで黙っていたけど、厳しく言ってしまったことを後悔していたから。

 これだけ出来たよ。成果があるよ。だから心配しないで。みたいな感じで。これまでのラエテルの成果を、ラエテルの言葉でべルティーナに伝えてくれると嬉しいな」


 愛妻への感謝と謝罪を心の中で紡ぎつつ。

 マシディリは、パピルス紙を手に取った。


「父上が格好良かったとも伝えておくね」

「ラエテル」

「あ、大丈夫。ビュザノンテン西部での父上の行動は伝えないから」

「ラエテル」


 一度目のため息は、愛情のある呆れ。

 二度目のため息は、したたかになったな、と言う呆れだ。


「良い性格をしている」

「当主向きだと、抗弁いたします」


 ラエテルがパピルス紙を受け取った後ろでは、スペランツァとセアデラが、人の愛息に対して好き勝手言っていた。

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