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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1685/1761

狸まみれ

 プロレステンシアから東へ。

 東端であるビュザノンテンに至る道中にはエリポス最大の平野が存在している。


 その平野へと繋がる唯一と言っても良い隘路に、マシディリは工事を施した。道の整備だ。拡張も行い、人と物の移動量を増やしたのである。平らに整えた状態は、そこらの道よりもしっかりと踏み固められた速度の出る道だ。


 同時に、この地はドーリスとアフロポリネイオの繋ぐ道ともなる。


 両国への圧と融和の態度。


 多くのエリポス諸都市には、そう見えただろうか。


 ただし、実態が違うのは少し考えれば良く分かること。

 マシディリは、イーシグニスを使者としてジャンドゥールに送ったのである。ジャンドゥールとティツィアーノに盟約がある以上、ジャンドゥールに物資の提供は求めない。ただし、協力を依頼することはある。我らにはエリポスの神々に祈る手段が無いのだから、と言う内容だ。


 一方で、他都市には物資の提供を求める手紙を送りつけている。

 アフロポリネイオやドーリスに対しても、だ。それに、両国にはテレセヘナなどで捕らえたエリポス人を使者としている。


 大きな扱いの差だ。


 都市が離れているため、エリポス諸都市が理解しきるには時間がかかるが、構わない。

 どちらかと言えば、ディティキでの戦いの方が未だに影響力が大きいのも、知っている。


 故に、他の都市の動きは、ちょっとやそっとの事では変わらないところまで来ているであろうことも。その中で強い影響力を持つのは、アフロポリネイオ、ドーリス。そしてカナロイア。


「カナロイアは何て?」

 アグニッシモがにょきり、と天幕に顔を出す。

 先ほどまでは使者がいたのだ。ラエテルとセアデラは同席させたが、愛弟は兵の指揮にあたっていたのである。


 カナロイアの使者、ミルテア・ドトス。

 第一軍団が鍛え上げたカナロイアの治安維持部隊の一部隊を率いている男が空を思わせるほど鮮やかな色の装備で訪れたのも、プロレステンシア包囲の前に出立していたから。


「カナロイアとしては何も言ってきていないよ。王妃はティツィアーノと連絡を取り合ってはいるみたいだけどね」


「カナロイアに行く」

「アグニッシモ」

「じょうだんだよ」


 愛弟の目は笑っていない。

 かと言って、マシディリに対して不満を露わにしている訳でも無かった。


「我らが義兄弟フォマルハウトなら、治安維持部隊を動かすと言って来たよ。本人もカナロイアから出て、エリポスの安寧に努めるから私は守りに兵を割かなくて良いってさ」


「マールバラのように、ですか?」

 セアデラが言う。


「そう書いているね」

 あくまでも、アレッシアの高官向けの手紙には、だが。


 そして、その手紙を手渡されたセアデラが険しい顔をするのも、フォマルハウトは想定内なのだろう。アグニッシモも嫌な顔をしている。


「アフロポリネイオ近郊にも出て行くけど、亡命を受け入れるためとも言って来たよ。アフロポリネイオとしても口減らしはしておきたいから積極的には止めないってね。もちろん、亡命する者の中にはデオクシアもいるよ。尤も、彼はカナロイア軍には行かないようだけどね」


 それは、デオクシア側からの手紙に書かれていたこと。


「アフロポリネイオは挙兵準備万端、と言うことですか」

「そうだね」

 セアデラの言葉に即座に同意する。


「リングアの叔父上については?」

 不安げな声はラエテルから。


「何も書いていなかったよ。何も、ね」

 マシディリは淡々と返す。

 アグニッシモは、リングアの生死には興味が無いようだ。


「しかし、狸だねえ」


 アフロポリネイオの処遇への質問が飛ぶ前に、マシディリはフォマルハウトの手紙を摘まみ上げながら笑った。


 狸? とラエテルが反応する。可愛い。


「戦後統治を担当してくれるのは嬉しいけど、エリポス内のカナロイア影響力が高くなるのは事実だからね。エリポスでの権益を狙っているユクルセーダとの摩擦も大きくなるよ。調停が厄介なことになりそうだけど、この後はカナロイアも物資の提供をするだろうからね。


 それに、明言はしていないけどアフロポリネイオを攻めろと言ってきている。その後に亡命していた者達を戻して掌中に収めるつもりだろうけど、まあ、こっちはデオクシアが利用したとも言えるのかな。


 カナロイアに対抗するには必要な人材だからね。

 リングアを取り逃した失態を挽回しつつ、アフロポリネイオへの寛大な処置を求めているのさ。自分がいないと、カナロイアが増長しますよ、とね。


 もちろん、それでも狸はフォマルハウトだ。

 私がさらに負けて不利になっても構わない。妃殿下がティツィアーノと結んで武力での逆転を狙ったとしても、ユリアンナを守るのは第一軍団。つまりはアレッシア人。フォマルハウトと虎の子の軍団がいない状態でアレッシア人同士の争いが起こるだけ。


 そして、そうなった場合はアグニッシモが必ず駆け付ける。

 王妃を討っても構わない。自分は母親を手にかけず、カナロイアの全権を握れるようになるからね。アグニッシモが討たれた場合、あるいはアレッシア軍が大きく傷ついた場合もカナロイアにとっては得。


 ま、流石にユリアンナやアグニッシモに何かあった場合はカナロイア存亡の危機に晒されるとは理解しているだろうから、そこに至る前に自分で動き出すとは思うけどね」


「嘘つきのカクラティスは?」

 アグニッシモ、と一度注意を飛ばしてから表情を和らげる。


「それこそ陛下は衝突を抑えようとしているはずだよ。アレッシアの介入は嫌なはずさ。私もティツィアーノもカナロイアには近づけさせない。それでいて、フォマルハウトには動いてもらう。


 外を子が。内側を親が。

 そう言った分業から、安定的に王位を継承させるための動きかもね」


 危ういところ、批判を浴びやすいところはアレッシアにやらせる。アレッシアの所為にする。

 それもまた、カクラティスが良くやってきたことだ。


「アグニッシモ」

「なに?」

「此処は任せるよ。デオクシアとその他の亡命者を受け入れておいて。ただし、何か聞かれても私がいない内は明確な返答はできないとだけ答えるように。それから、軍事訓練も盛んに頼むよ」


「土地の改造は?」

「自由に。戦いやすいように構築し直して良いよ。機動力さえ残ればどうでも良いさ」


 うし、とアグニッシモが右の拳で左の手のひらを殴る。


「セアデラ。陣地構築に参加するかい?」

「兄上についていきます」

「じゃあ、ラエテル。調整面においてアグニッシモの援護をお願いね」

「はい!」


 叔父上に任せておけ、とアグニッシモが胸を張る。え? と驚愕の表情を作ったのはセアデラ。おいこら、とアグニッシモの手がセアデラに伸び、逃げようとした末弟を捕まえた。

 わちゃわちゃとした光景は、家でも良く見ていた姿である。


「父上はどちらに?」

 二人を見ながら、ラエテルが横に並んできた。


「他の軍団を追って北上するよ。アスプレナスはエリポス東岸まで南下して募兵を行う予定らしいからね。私達も長く軍団を養うにはビュザノンテンに入る必要があるのは変わらない以上、ティツィアーノも多かれ少なかれ軍団を東部に移動させないといけないから。


 だから、メガロバシラス南部を突く。ような動きをする。ボダートとスキエンティの封鎖を狙っているような機動をしつつ、ね」


 どちらも本命。

 だが、どちらも本懐では無い。


 メガロバシラス南部を突くと言っても、それは山越えだ。第二次メガロバシラス戦争中にマシディリが敢行し、成功させているからこそできると言う想像は多くの者がする。だが、したい作戦では無く、現状でするべき作戦では無い。むしろ、山を越えて入ってきてもらった方が叩きやすいまである。ティツィアーノが完全に味方を掌握できていれば、の話だが。


 もう一つの方針、ボダートとスキエンティを封鎖すると言っても二人も歴戦の将だ。当然、マシディリが第三軍団を連れずに山越えが出来るとは思っていない。自分達の封鎖もされないように立ち回るはずだ。ティツィアーノの作戦がマシディリの損耗を狙うのなら、なおのこと。



「報告いたします!

 敵部隊、既に北西の丘に布陣。北に通じる橋のほとんどが破壊されておりました!」


(やっぱりね)


 二週間後。

 目的地付近。


 マシディリは『アビィティロが内通していたから先回りされたのではないか』と噂する兵を見て、口元を緩くした。

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