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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1684/1754

真意 Ⅱ

(アレッシアを憂う有志、ですね)


 口には出せないが、唇を一度開けてしまいながらマシディリは思った。


 アレッシアの内紛にエリポスが関わってはいけない。少なくとも、エリポスのおかげで勝ったなどと言った、他国の力が上がる状況は良くない。アレッシアのあらゆる権利が流出するようなことがあってはならないとマシディリは思っている。


 それはティツィアーノも同じだ。いや、ティツィアーノから見ればマシディリは他国の力を借り過ぎている売国奴に映ってしまうだろうか。


「エリポスは、どの道叩かねばなりません」


 あくまでも空いた地位の一部に協力してくれた諸外国を入れるだけ。

 そう言った態度を示すためにも。


「私もそう思います。ティツィアーノも、兄上ならばそのように動くと信じているからこそ基本方針を堅持したのだと思います」


 こん、と音をたて、地図を枝でなぞったのはフィロラード。


「ディティキからビュザノンテンに向かうには、最短距離ならばアフロポリネイオの近くを通らなければなりません。そうでなくとも、中央に位置しているあの国は要地です。

 何もしなければ、ただの臆病者。アフロポリネイオはそう見られかねない場所。だからこそ兵を挙げざるを得ない。威勢の良いことを言い続けていたのだからなおさら。

 ティツィアーノは、そこも考えたのだと思います」


 フィロラードが言う。

 枝先は、続いてドーリス近郊に落ちた。


「北方にティツィアーノ。我々はビュザノンテンには兵を入れる必要性があります。物資の補充の必要もありますから、アフロポリネイオに全軍は連れて行けず、そのことはアフロポリネイオも他のエリポス諸都市も理解していないといけません。そうでないと、国家の計を語るに値せず、牙を研ぐ各国に食い物にされるだけ。


 とはいえ、アフロポリネイオ単体で抗しきれるとの楽観視もしていないと思います。恐らくですが、エリポス人の計算では、十分にドーリス軍の援軍が間に合うことになっているのでしょう。兵数は、五千から一万だと推測いたします」


「厄介ですね」

 エキュスが言う。


「アフロポリネイオにもドーリスにもこちらから仕掛けることはできませんし」

 小さくため息を吐いたのはサッピトルムだ。


 トリンクイタの子だから、エリポスとの関係も深いから、では無い。多くの兵にも共通する心情だろう。アフロポリネイオもドーリスも歴史あるエリポスの都市だ。そのつもりがなくとも上に見ている者が多いのは知っている。


 チアーラとモニコースの結婚に於いても、「モニコースとチアーラの結婚」と言う者の方が多いのも、アレッシア人の意識を示す例の一つかも知れない。



「両国を潰せば、ティツィアーノに着く兵も多くなると愚考いたします」


 ヴィルフェットの言葉にすら視線が集まっていた。その中にはアルムもいる。でも、ソリエンスもリベラリスも気にしていないように地図を見続けていた。


「まあ」

 ぐんのり、とマシディリは声を伸ばす。


「ティツィアーノとの決着を求める戦いからエリポス降伏戦に移行した、と言う話だね」


 ティツィアーノの戦場だ。

 でも、構わない。


「今が好機であることに変わりはないからね。エリポスは潰す。いつまで上から見ているつもりだい、とね。土台が穴だらけであることを自覚してもらおうか」


 そのための血祭の二番手は、プロレステンシア。

 軍議後に外に出れば、テレセヘナ戦よりも血気盛んに攻城兵器が並べられていた。


(まずは欲か)


 責めるつもりは毛頭ない。

 それでも、エリポス人に対する攻撃と言うよりも今回も褒美が得られると言う欲望が勝っているようだ。


 勝てば貰える。

 勝てば欲が満たされる。

 勝者こそが全てを手にする。


 その意識が、今回の攻城戦へと兵の意識を駆り立てているようだ。


「コクウィウム」

「はい」

 従兄を呼び寄せ、兵を見下ろす。


「兵と高官の間に意識の差はあります。そのことを、忘れないように」

「? かしこまりました」

「プロレステンシア攻略戦の総指揮を任せますよ」

「は。……はっ? 私、ですか?」


 コクウィウムの声が、分かりやすく動揺した。

 顔も動いている。目はそれ以上に右往左往していた。


「従軍経験と年齢から言えば、妥当な人事でしょう。地位で言えばヴィルフェットですが、第四軍団も特別ですよ」


 異論が出るのは承知の上。

 それでも第四軍団の軍団長補佐筆頭に総指揮を執らせるのは明確な意思表示になる。


「ご期待に沿えるように尽力いたします」


 言うが、コクウィウムの目は兵の士気を反映したかのような攻城兵器に向けられていた。


 プロレステンシア。

 元の住人よりも逃げて来たレステンシアの人々の方が権力を握りつつある地。全体で見れば元の住人の風土の方が強いのだが、どうしてもレステンシアの風習が目立ってしまう。


 そこに、亀裂がある。

 目の前の壁に無くても、内部から裂けるのだ。


(さて)

 プロレステンシアを捨て置き、マシディリは東へ。自身の直属部隊である第三軍団第三列とプラントゥム以来の狂兵に加え、アグニッシモとイパリオン騎兵も引き連れた。


 とは言え、イパリオン騎兵は周囲の村々に略奪に向かわせている。


 マシディリが来る前に降伏すれば許す。

 来てからの降伏ならば略奪量を増やす。

 抵抗の後の降伏ならば指導者層は殺す。


 抵抗を続けるのなら、鏖殺の始まりだ。


「食糧はエリポス人にも配ってくださいね」

「おうとも」


 聞いているのか聞いていないのか。

 そうプリッタタヴに言いたげなセアデラが視界の端に入っているが、プリッタタヴはやってくれていると知っている。


「ラエテル」

「はい」

「軍団が飢えているにも関わらず食糧を配る外交的な意味は何だと思う?」

「えと」

 ラエテルの目が一度泳ぎ去る。


「現地人の心を得て、調略に応じやすくするため? あとは、抵抗した後の降伏は高官への処分だけと言うのがじいじの時から徹底しているから、より降伏しやすくするため、ですか?」


「そうだね。もちろん、それもあるよ」


 良くできました、と言わんばかりに愛息の頭を撫でる。愛息は頬を緩めながら受け入れてくれた。


「他の理由としては、戦争に備えてため込む人達の所為で小麦の価格が跳ね上がっているから、だね。


 高くなると買わなくなるよ。買わなくなった結果、売る側に溜まることもある。溜まり続ければ駄目になるだけで、そこから安く売ろうとしても離れた人は中々戻ってこないモノさ。


 これで一番損をするのは穀倉地帯の国々。もちろん、マフソレイオもその一つだね。ハフモニ遠征はその解決もあるかもしれないけど、ボホロスやハフモニにとってもエリポスの購買力の低下は痛手だよ。


 だから、私は彼らにも利を配らないといけない。


 そして、長期的な政策を執れるのがズィミナソフィア陛下の強みだよ。民衆の歓心を買うための短期的な政策を執らなくて良い。未来を見据えて手を打ち続けられる。


 ズィミナソフィア陛下の権力が強いこそ、だね。


 さて。もう一つ問題だよ、ラエテル。

 私がズィミナソフィア陛下に利を配らないとと思ったほど感謝していることは何でしょうか」


「この戦争で?」

「もちろん」


 小さく首を傾げた愛息ににっこりと笑う。

 愛息の目がまた左右に動く。だが、今度の思考の時間は短かった。


「フラシ方面に出向くことで、フラシ騎兵が隻眼の伯父上の援軍に行けなかったこと? だから、隻眼の伯父上が手に入れられる騎兵はトーハ族に限られることになって、平野での決戦を避けるようになった?


 イパリオン騎兵の主流は父上の友達で、敵対的集団の生き残りはボホロスがメクウリオ様と戦うために囲っている。兵の損耗が少なくて済むのもボホロス戦線だから、隻眼の伯父上の下に大軍は届かない。


 プラントゥム騎兵はほぼ完全に制御下。そのための前回遠征。

 フラシ騎兵はプラントゥムに出張はできても、それ以上は国家存亡の危機になっちゃう。


 あれ? 隻眼の伯父上は、もう父上によって戦術を制限されてしまっている、の?」


「協力者のおかげだよ。ズィミナソフィア陛下の先回りと、ソリエンスやカンペドールの年単位の努力、アスプレナスの賭け。スペンレセを始めとする第七軍団の力に東方遠征を成功させた数々の要因のおかげさ」


 イパリオンの確保には、エスヴァンネの大敗とエスピラの勝利の影響も大きい。


 家門として見られているのだ。


 敗者としてのアスピデアウス。

 勝者のウェラテヌス。


 そして、プリッタタヴに対しても普段通りを崩さず、芯の残っていたラエテル。


「まあ、毎回のように謝れば済むと思っているエリポスをどうにかしないと、私の戦略も問題点だらけになってしまうけどね」


 そのための布石も餌もたくさん撒いている。


 あとは収穫。


 ティツィアーノがマシディリの戦い方を知り尽くし、空間と先乗りの利を使ってくるのなら、マシディリは再び時間で圧をかける。


 内外に盤面を作り戦うのがエスピラ流ならば、マシディリは時間と言う別軸も付け足すだけ。視野を広げると言う、父の教えと同じことをするだけだ。


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