表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1686/1764

陣中釣り出し戦 Ⅰ

 結論から言おう。

 ボダートとスキエンティにマシディリの北上が漏れたのは事実だ。伝えたのは第三軍団であるのもその通り。情報が伝わるまでの時間と道の状況を考えれば、マシディリ側が先に布陣できるはずだったのも否定の仕様が無い事柄だ。


 マシディリ側の方に場所の選択権があるはずだったのは、第十軍団や第十一軍団の高官でも分かること。


 自然、ボダートとスキエンティも理解している。自分達が先に布陣しなければ、ティツィアーノの戦略が崩れることも、だ。マシディリが完全に優位な場所を確保してしまえば、エリポスと戦わずにティツィアーノと戦うことになるのだから。


 もしも、ティツィアーノの作戦立案にボダートとスキエンティが深くかかわっていたのなら。あるいは、進言していたのなら。


 その失敗は、避けたいはずである。

 保身では無い。義理だ。自分達が提案したと言う責任感もある。東方遠征時のマシディリに対する負い目も、関係ないとは言えないかも知れない。


 ただし、負い目、責任感が強い者はこちらにもいる。


「ヴィルフェット、フィロラード。雪辱を果たしては見ませんか?」

「はい!」

「喜んで!」


 勇む二人の言葉に弾かれるように、お待ちください、とエキュスが叫んだ。手も前に伸びている。指は大きく広げられていた。


「もしも、『雪辱を果たす』がボダートとスキエンティへの攻撃だとすれば、血気に逸ってはいけないと思います」


 声は、先ほどより少し遅く。

 場を落ち着かせようとしているのか、エキュスの動作も少しずつ速度が落ちて行っていた。


「相手は高所に布陣しています。兵の質も非常に高く、敵の高官の中でも二番手三番手と言った方が良い者が指揮をしている部隊です。


 対して、私達は移動続きであり、休む間もない攻撃となってしまいます。


 厄介な場所に陣を張られたのは事実ですが、だからこそ戦場を変えることも検討した方が良いのでは無いかと、案じ、具申いたします」


「尤もですね」

 言えば、頭を下げているエキュスの肩の力が少し抜けたようにも見えた。心なしかサッピトルムなどの他の高官も息を吐いたようにも見える。


「ですが、それはボダートとスキエンティを睨んでいたのがアビィティロでは無かったら、の話です」


 再び、空気が張り詰めた。

 無論、マシディリにその気はない。


「その場合は、ボダートとスキエンティはできうる限りの最短距離で駆けてきて、間に合うことも出来たでしょう。今回のように橋を壊した後でも待ち構えられたかもしれません。


 ですが、そうはならなかった。


 断言します。彼らは非常に遠回りをして此処まで来て、その上で橋の破壊まで駆けずり回った。疲弊しきった軍団です。


 叩く絶好機は今日。

 コクウィウムが総指揮を執ったことでどこか負い目を覚えたヴィルフェットとフィロラードの部隊にとっても、同じ相手に雪辱できるとなれば士気が上がることは間違いありません。


 例えば、ですよ、エキュス。

 ボダートとスキエンティには、もっと良い場所、例えば隘路で待ち構えることなどもできました。ですが、していません。先に山に入ることもできたでしょう。アリオバルザネス先生の弟子たちが使った砦の跡地もありますし、復興も進めているとも聞いています。そこに入れれば安泰だったでしょう。


 いえ。その後の戦いを考えても、二人が負けてメガロバシラスで戦わざるを得なくなった、とした方がティツィアーノとしては優勢な場所で戦うことができました。戦術やその後の政略としてどうかと言う話はありますが、戦略としては最善手です。


 ですが、出来なかった。

 何故ですか?


 それは、私達が近づいていたから。プリッタタヴとイパリオン騎兵がいたからであり、アグニッシモがいる可能性があったから。


 陣に詰めずとも、土地に至らずともその場に近づいている兵がいるとなれば動きは慎重になります。構築中に攻められればひとたまりもなく、陣地が無ければ数の寡多はそのまま戦力差にもなるでしょう。追いついた側に勢いがあるのも当然のこと。


 それに、私達に先んじてボダートとスキエンティがいると言うことは、急いでいたと言う証拠です。急がねば先には来れませんから。そして、急いでいたのなら第三軍団との余計な戦闘は避けたかったはず。


 そのような相手に遠回りを強いらせることは、アビィティロにとっては難しいことではありません。相手が皆さんと同じように「第三軍団は足止めをしようとしている」と言う思考に陥っていればなおのこと。


 アビィティロは完璧な仕事をしてくれました。

 それを、今、証明しようと思っているのです」



 言葉で言っても聞かない可能性があるのなら。


 行動で伝える。


 アビィティロへの信頼を、手紙と言ったやり取りをせずに。兵に見せつける。


 これこそが、この作戦の本懐だ。

 無論、ボダートとスキエンティを討ち取れるに越したことは無い。


 だが、猛攻は粘られて終わった。


 しかし、勝利条件を敵部隊の撃破に設定するほど、マシディリはボダートとスキエンティを低く評価してもいない。


 作戦目標は、橋の復活とより強固な橋の建設だ。


 最早川など存在しない。

 そう言いきれるだけの構築を終え、メガロバシラスに本格的に攻め入るかのような拠点の構築も始めていく。それが狙い。


 当然、これを邪魔できるだけの体力はボダートとスキエンティの部隊には無かった。ヴィルフェットとフィロラードの攻撃を耐えるだけで精いっぱいだ。


 そして、攻め手の二人、ヴィルフェットとフィロラードも目的は理解している。相手の誘いには乗らず、徹底的に敵を削り、敵は負けたのだと言う証拠を積み上げていく。自分達の損耗、負けと言われかねない要因は徹底的に排除しながら、だ。



「リベラリス、ソリエンス。夜間の攻撃を頼みます。

 パライナ、バゲータは山登りと敵の状況の確認を。


 エキュス、早朝にボダートとスキエンティへ挑発を行ってください。アルム、ルベルクスはエキュスの挑発に敵が乗ってしまった場合の備え。


 プリッタタヴは、しばらく仕事が無いですからね。略奪でも、降りて来た敵の殲滅でも。自由にして良いですよ」


「てきとーだなあ」

 ははは、とイパリオンの頭目が笑いながら、朋友だから命令を飛ばしにくいってことにしておくよ、と手を振って去っていった。


(さて)

 敵の疲弊は想定通り。

 敵の眼前でどんどんと陣地を構築していくのは想定以上。防御力よりも見た目を重視し、エリポス人に力の差を見せつけるのも順調だ。


 悪い意味での想定外は、ボダートとスキエンティの耐久力。

 疲弊しきった部隊を、しかし削り切ることもできていない。炊事の煙はあまり確認できないが、水源を押さえていることは把握している。


 最低限の生存確保。

 そして、その中でも戦い続けられると言うことは、単純に兵の質の差では無い。


「パライナ様からご報告です。山中の陣地近くで接敵いたしました。言語からして、アレッシア人。陣地から打って出る者の少なさ、搬入の痕跡から見て、敵先遣隊が来たものだと思われます」


(ですよね)

 籠城戦で大事なこと。

 それは、援軍があることだ。援軍の無い籠城軍で兵の士気を維持することは難しい。それも、ディティキ近郊での戦いは捕虜交換が二度も行われ、それ以前も顔見知りが多い戦場である。


 自然、投降はしやすい戦いだ。

 その中で崩れなかったのは、援軍が来ることが分かっていればこそ。


 戦略の転換か。

 戦略の維持か。


 ティツィアーノの抱えている元老院議員の暴走と考えれば、前者もあり得る。

 マシディリ個人としては後者の可能性の方が高いと思う。

 そもそも、メガロバシラスに拠点を持った以上、守らねばならないのは戦略の持続かもしれない。


 果たして。


「敵先遣隊は、ケーラン・タルキウスとミラブルム・タルキウスだと思われます」

 山の放棄を決断したバゲータが、敵の情報と共に帰ってくる。


(第三軍団との戦闘回避は堅持、と)

 第三軍団がいないのなら叩き潰したいと言うのはあるだろう。


 だが、ティツィアーノが欲しているのは勝利と言う形。何より、第三軍団もアグニッシモもいない状態で勝っても、その後の統治が難しいのがアレッシア人と言う集団。


 正面から叩き潰すことで力の差を見せつけ、支配する。その精神に従って父祖は戦ってきたのだ。


「兄上を血祭りにあげたうえでアビィティロと雌雄を決する、とかは考えているかと思弁いたします」


 誰に隠れることも無くセアデラが言う。

 その言葉が抵抗なく受け入れられる状態には、既になっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ