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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1681/1747

戦略的撤退

 現状通りになったにせよ、オグルノを釣る目的が外れたにせよ。アレッシア軍が次にとる行動はマシディリを除く第三軍団がボダートとスキエンティに当たること。他の部隊は南下だ。


 即ち、作戦が成功した今、第三軍団以外の兵はもれなくオグルノが飾られている森を目にせざるを得ないのである。


 一瞬で、弛緩した空気が変わる。

 すぐに降伏すれば命は助かるのでは、と言う甘えが切り替わる。第三軍団に向けられる視線にも、畏怖が宿り始めた。裏切りも選択肢にあった者達の中の甘い考えが凍てついていく。


「局所戦の勝利に、何を浮かれることがありましょうか」


 マシディリはその言葉と共に、難しい顔でいることを増やした。


 オグルノなど眼中にない。その宣言だ。それはそれとして、無惨な死体と元老院に通告したオグルノの家族に対する財産はく奪及び公職追放は怒りを如実に表している。婚姻関係にある家も漏れなく処罰の対象だ。


 飴と鞭。

 オグルノですら機会が与えられた。手柄を挙げれば褒美も貰えた。

 だが、二度目の反逆には容赦がない。


 当然、関係者に対しても。 

 そのことが、互いに対する監視にも繋がってくる。


「オグルノの父祖の墓にも処罰が下った」「マルテレス様の反乱の原因にオグルノも大きく関わっている」「ルフスの没落はオグルノの所為」などと言う噂が流れ始めても、マシディリは放置した。


 否。

 存在しないモノとして扱ったのである。


 その空気の中で、今度はトトランテが使者としてマシディリの天幕を訪れてきた。ティツィアーノ側の高官だ。交渉役としてプラントゥムに派遣され、アグリコーラでは老兵と共に殿を任され、と非常に厚い信頼を抱かれているのが良く分かる老人である。


「誠にありがたい申し出じゃて。ティツィアーノ様は、感謝しておりもすた」


(おや)

 意外なことに、捕虜交換の申し出は即日了承を得られる。


 その場でトトランテが向こうの責任者として出てくることも告げられ、今度は兵を絞ることも伝えてきたが、違いはそのあたり。もちろん陣中の様子を確認していたことは護衛もとい監視としてつけた兵から報告が上がってきているが、それぐらいだ。


「想定の範囲内ですかね」

 家畜用に持ってきていた大麦とそこらで採った雑草の根の粥を突き合わせながら、マシディリは馬乳酒を口にした。


「マシディリ様の勝利を予想していれば、捕虜交換を予想するのは容易いことかと思います。しかしながら、即座に反応しただけであり、即断したかは分かりません」


 アビィティロが静かに返してきた。

 天幕にいるのは、あとは護衛のアルビタだけ。他の者は誰もいれていない。


「即断では無いと思いたいですが、ね」


「エスピラ様は相手の軍団に弱点を作り、アイネイエウスは自身の軍団にまとまりが出来る状況になってから糾合いたしました。叩きのめされたアレッシア人を救うと言う行動は、ティツィアーノ様にとっても有力な味方を作る最適な手法。故の即断と言うこともありうるかと思います」


 唇を巻き込み、音と共に鼻から息を吐く。

 アビィティロが表情を変えずに馬乳酒を口にした。好きな味では無い、と言っていたが、文句が口から出てくることも無い。


「どう思いますか?」


 視線を合わせ、右の親指で頬を支えるように肘を着き、マシディリは返答を待った。

 アビィティロが馬乳酒を置く。両手も、体を一部でも隠すことの無いように机の上に置いていた。


「全てを網羅できる作戦などありません。どこで危険を許容するか、どこで個人の才覚に任せるか。その判断こそ、軍事命令権保有者であるマシディリ様が下すべきモノかと思います」


 マシディリも右手を下ろす。表情も同時にやわらいだ。

 意識的なやわらぎでは無い。心からの変化だ。


「アビィティロは、たくさん仕事がしたい、と」

「これは失言でしたね」


 アビィティロの口角もゆるむ。

 互いに肩を少しばかり揺らし、膝も広げたまま。


「食糧が持ちません。此処まで完全に塞がれるとは思っていなくて。完全にやられてしまいました」


 危機的状況にも関わらず、「大衆浴場に人が多すぎて落ち着けませんね」と伝えるような軽さでマシディリは言う。アビィティロも、小さく、受け流すかのように二度三度と頷いた。


「敵兵の布や髪、髭の状態を見るに、相手も相当苦しかったとは思います」

「ええ。ですが、完全に私の敗北です」

「部分的に同意いたします」

「部分的、ですか?」

「私『達』の敗北です。そこは、マシディリ様だけが負うべき場所ではありません」


 ふふ、と笑う。

 アビィティロは、生真面目に姿勢を正してきた。


「軍団を二手に分けます。第三軍団には、部隊事に自立して物資の調達を。残りの軍団は私が何とか調達の目途をつけます」


「最も温存すべき戦力は第三軍団。そのための措置である、と、言うことですね」


「ええ。勝つためには他の軍団を全てすり潰してでも第三軍団を生かさねばなりません。ですので、すぐ近くの諸都市からの徴発物を全て第三軍団に宛てます。第四、十、十一軍団は南方に。

 それから、山地でティツィアーノの本隊を睨むのはグロブスとアピスに任せ、下の平野にウルティムスの重装騎兵を展開させておいた方が良いと私は思っていますが、良いですか?」


「背後を任せられるのはその組み合わせしかないでしょう。私とマンティンディ、ルカンダニエでボダートとスキエンティをじっくり押していきます。相手も私達のことを良く知っている。それならば、実際に占拠せずとも圧をかけることも可能でしょう。

 数で勝りマシディリ様からの信頼を得ている以上、我らに負けは無いと思っていただければ幸いです」


「ええ。アビィティロ。あなたに、処女神と運命の女神の加護を」

「マシディリ様に、アレッシアの神々と父祖と、クイリッタ様の加護を」


 翌日。

 マシディリは、各部隊に防御陣地の補修の指示を出した。同時に、撤退の手順を百人隊長以上と入念に、補修工事の監督のような振る舞いで確認していく。


 実際の撤退は、即座に、だ。

 東方、ボダートとスキエンティが未だに居残る地域に向かうのはマシディリ直属の部隊を除く第三軍団。アビィティロが作っていた陣地に素早くアビィティロの隊が戻り、マンティンディとルカンダニエが後を続く。


 蓋と成るのはグロブスとアピス。高所かつ隘路の多い山地に入り、その下にウルティムスとアレッシア式重装騎兵を展開することによって防御力を高めた。


 一方で、マシディリは南方へと撤退。先陣を切るのは先んじて南方に足を運んでいたクーシフォスとルベルクス。次にエキュスとバゲータが向かう。その次がマシディリ。十一軍団が続き、第十一軍団の後方の位置にプリッタタヴとイパリオン騎兵。


 最後尾が、アグニッシモとコクウィウムらの第四軍団だ。

 アビィティロ達が第三軍団に向かえば挟撃を狙える位置。かつ、イパリオン騎兵が加わったことで優勢となった騎兵戦力での戦いを望むかのような配置だ。


 これに対し、ティツィアーノの反応は鈍い。


 マシディリ達が陣を出た翌日に大規模な出陣でマシディリ達がいた陣への挑発を敢行。昼過ぎに攻勢開始。占拠すると、どちらに向かうでもなく徹底的な破壊を行った。


 二度と利用されないために、と言うには良い手だ。兵の鬱憤を晴らすことにもなる。


 だが、機を逸するような手とも取れた。ただし、追撃に移ったティツィアーノ側軽装騎兵とウルティムスの小競り合いはウルティムスの完勝に終わる。ティツィアーノもゆるゆるとウルティムス側へと近づいたが、同時にセルレとトトランテの二名をアグニッシモ側に置き、備えとしていたとのことだ。南方に関しては、マシディリの使っていた陣を壊すのが最後になったとの報告もある。


(ひとまず、成功ですかね)


 ディティキから南方へ行くための巨大な川。その蛇行地点の適所に陣を築きつつ兵に水浴びを許可しながら待っていたマシディリは、レグラーレからの報告を聞き人知れず息を吐いた。


 アグニッシモとコクウィウムは数少ないマシディリ側についた都市に分散配置している。敵も多いが、積極的に攻めてくる様子も無い。第三軍団と敵全軍の対決にならないようにしばらくは置いたままだが、本隊は動かしても良さそうだ。


 と言うよりも、物資はもうほとんど無い。

 逃げるような高速機動が可能だったのも、物資が少ないからだ。


(まずは、テレセヘナ)


 山間のエリポス南西部に於いて一定の平野が広がっている場所にある都市。巨大な湖が二つ北方にあり、発展を可能にした場所。


 本格的にビュザノンテンに向かう前の腹ごなしとして、マシディリは立場が不明瞭なままの諸都市に、物資の供給を依頼したのであった。

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