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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
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捕虜交換

「セルレが来られるとは。想定外でしたね」


 戦地にありながらも綺麗に整えた皺のない紫のペリース。軽装鎧だけの軽い格好。腰に下げている剣は二振。短剣が一つ。それが、マシディリの格好だ。


 マシディリの後ろにいるのはアルビタであるが、その後ろはバゲータ隊だけ。しかも、こちらもほぼ軽装である。


「心からの言葉であれば、褒め言葉であったとティツィアーノ様にお伝え申し上げます」


 対する中老の男、セルレ・アステモスは鎧はしっかりと着込んでいるが筋肉質な腕と膝周りがしっかりと見えた格好だ。戦場の装いそのものである。盾も連れてきた者に預けているが、その者も兜をしっかりと被っていた。後ろに居並ぶのも、まごうこと無きアレッシアの重装歩兵。


「もちろん。心からの言葉ですよ」

 堂々と。

 いつもより少しだけ遅い動作で両腕を広げ、体を大きく見せた。的としても大きくなった形だ。僅かな揺らぎも見えない。ただし、重装歩兵からは、だ。


 向こうが連れてきている捕虜からの心配の視線は、それだけでティツィアーノ側の雰囲気を伝えてくるモノである。


 少なくとも、ティツィアーノの意思が浸透している軍団では無いのだ、と。同時に、マシディリに対して寄せられているのが絶対の信頼では無いのだとも分かる視線である。


「交渉役かつ挑発目的のトトランテでは無くセルレなのは、ティツィアーノからの信頼を私にも見せるために、でしょう? まだまだ有力な者もいる、と。事実、貴方の軍団は非常に鍛え上げられている。戦場での傷はありますが、手入れが行き届いていて良い鎧だと思いますよ」


「一つ、よろしいか」

 最後まで聞いたのにも関わらずどこか遮るかのように、セルレが重く通る声を出す。


「いったい何時から、マシディリ様は他人に『様』と付けなくなりましたか?」

「人々が望んだ時から、ですかね」


 にこり、と微笑んだのはマシディリだけ。


 あとは儀礼的に捕虜交換を行い、帰って来た者達一人一人と握手をしながら背を撫でるように叩いて迎え入れた。


 悠々とした態度である。

 余裕のある振る舞いだ。


 一方で、敵に帰って行った捕虜からは内情が漏れないはずが無い。


 食糧が少ない。被害は大きい。士気が低下している。マシディリ側の兵の不平は良く聞こえて来ており、我ら捕虜の扱いは陣中で比べると良い方である。シマコスを始めとする裏切った十人隊長のことも褒めていた。逆なでするようなモノでもある、と。


 ティツィアーノでなくとも、マシディリ側の窮状を脳内に描きやすいほどの情報だ。


「アルカが納得した上でメリモアを抑えることができたかい?」


 分かりやすく敵陣側で捕虜の帰還を祝う宴を開かせながら、マシディリは山羊の膀胱を握りしめた。中身はりんご酒だ。量はまったく減っていない。

 共にいるセアデラも、マシディリの傍に来てからは何も口にしていなかった。


「戦略に基づいた突撃であるか、戦略を破綻させる突撃であるか。その違いは理解できるはずだと告げました。バゲータ様の突撃は窮地を救うモノであって、メリモアの突撃は利己のため。兄貴を亜父と慕うのなら、戦場にあってもそのことを判断できないと身を危うくするとも言ってしまいましたよ」


 不満げにセアデラが言う。

 ラエテルの方が適任だったと強弁いたします。その言葉が、まさに態度の要因だろう。


「感情に寄り添うのであれば、ラエテルが適任だったね。セアデラの言う通りだよ。

 でも、一応はクイリッタが出資していた孤児院の子供達だから。戦略からの視点を持ってもらって、どう成長するか。アレッシアのためになるのか。そのあたりも見たいし、戦略を伝えるのならセアデラが適任だよ」


 ありがとうございます、とセアデラがややぶっきらぼうに言う。


「では、その兄上から評価を戴いた項目にて抗弁をさせてもらいます」

「お手柔らかにね」

 硬い声の末弟に、やわらかく返す。末弟の表情は硬いままだ。


「兄上のなされることは、ティツィアーノの権力を固めることになると思います。やめた方が良いのではありませんか?」


「どうしてそう思ったんだい?」

 マシディリも態度を変えない。

 ゆるゆると、宴を見ながら聞く。


「捕虜交換の際の兄上の態度は、分かりやすい虚勢でした。兄上の堂々たる姿でこちらの士気が上がるのは事実ですが、敵からも虚勢だと丸わかり。いえ、虚勢だと思うことでしょう。


 アビィティロが足場を作った場所に軍団を向かわせる。撤退の名を進軍に変える行動も、少し考えれば思いつくこと。大軍を動かしつつ兄上が残るのは、軍事命令権保有者であるはずの兄上が殿を務めたことの多さからもいつもの行動です。近くにいるグロブスは防御戦闘が得意。バゲータを残したのも、全滅覚悟。


 だからこそ、数の利を活かして一気に攻め込むべきだと多くの人は進言すると思います。


 恐らく、ティツィアーノは作戦の不許可は出さない、あるいは出せないものの否定をしないはずがありません。兄上が罠を仕掛けていると言うでしょう。


 そして、オグルノは死んで多くの兵が捕まり、ティツィアーノの正しさが証明されてしまう。敵に生じ始めた勝利の驕りを消す行為になると思弁させていただきます」


「流石だね。全く以て言う通りだよ」


 朗らかに笑い、セアデラの頭へと伸ばしかけた手を止める。

 セアデラはマシディリと反対側の足、左足へと重心を移動させつつあった。


「では、何故?」

「好機に違いは無いからね。自身の利を考えてもティツィアーノは攻撃を進言した者を止めにくいから、と言うのが一つ。上陸戦での戦い方を見ても功を挙げられる場を減らせないと判断したのも一つ。今回の戦果を見ても、オグルノは功績甚だしいとは言えず、捕虜からの言葉でオグルノに対する風当たりが強くなるのも一つ」


「オグルノは自分の力を見せなければならず、結果として追撃派の先鋒にならざるを得ない、と言うことですか?」


「そうだね。まあ、セルレが先鋒に来るかもしれないけど」


 捕虜交換を無事に取り仕切ったと言うのは、一つの功績だ。

 この事実で位階を上げ、仕切らせる可能性も無くは無い。



「でも、私の本当の標的はエリポスだよ。


 セアデラ。二回も捕虜交換が行われたら、どう思う?


 なれ合いにも見えるとは思わないかい? そして、なれ合い、アレッシア人同士の策謀に見えたらエリポスからの関与は薄くなる。薄くしたくなる。ティツィアーノへの支援は減るさ。


 それに、私としてもエリポスの味方は必要だからね。負けっぱなしの方には味方は付かないよ。だから、勝たないと。


 勝利数の調節なんて言うのは、はは、酷い驕りだったね。


 きちんと勝つために戦って、勝ち続けて、そこでようやくどうやって驕りを排除するかを考える段階に入る。早期に気づけた本当に良かったと思っているよ」


「兄上」


「ティツィアーノが捕虜交換に応じなくても良いさ。そもそも、こちらに渡す捕虜もほとんどいないだろうしね。だから、一方的な解放。同時にこちらの口減らしにも映る。なれ合いとみられたくないと言う以外にも応じない理由なんて幾らでもあるからね。


 ただ、これは来れば、の話さ。

 オグルノが外に出ないと勝ちじゃない。その場合は、そうだね、ストゥルトゥースにもうひと働きしてもらうかな。オグルノに付き従っている兵には揺れる者も出て来たからね」


 それは、捕虜交換の際に渡って来た情報。

 スィーパスが死んだから、仇討ちとしてオグルノについて行った者達からの謝罪と言い訳の手紙。


 どうでも良い。

 だが、寛容なアレッシアの権力者としての顔を作るために、彼らを許すのも吝かでは無い。


 そのための条件は、無論、出陣要請になるのだが、伝えることも無かった。


 迎えた吉日。

 マシディリは、軍団の多くをアビィティロのいる側、ボダートとスキエンティが抑えている土地に移動させつつ、自身は南へと移動する。陣中にはバゲータ隊だけ残し、いつも通りの音を奏でてもらった。


 ただし、相手にも歴戦の兵はいる。

 積極攻撃を訴える者もいる。

 あえて人を薄くした南方の誤魔化しは、即座に見破られ、オグルノが打って出て来た。


 予定通りだ。

 全て。最初から。オグルノを連れて行くと決めた時から。


 信用ならないのなら、最大限利用して斬り捨てるために。


 その作戦を練る時間も、その作戦を実行するための人員配置も、作戦に必要な地理の情報もしっかりとある。主力とマシディリが離れたのも罠のためだけでは無い。敵の動きを、本隊をけん制するため。


「さようなら」


 第三軍団軍団長補佐グロブス。

 彼と彼の隊を第三列にした時の第三軍団は、超攻撃的な姿勢を示すモノ。逆に言えば、グロブスのいる第三列が守勢に回らざるを得ない状況は絶望的なまでに押されている状況だ。


 それでも軍団を崩壊させないと言う信頼が、グロブスに対してある。だからこそ不動の第三軍団の高官なのだ。


 先の戦いでも憎きマレウス相手に必要以上に攻撃を加えず、援軍も求めることなく守り切っていた。


 第三軍団最硬の盾であるグロブスと、マシディリの直属部隊が待ち構えた罠に落ちた時点で、オグルノに勝ち目はない。第七軍団に負けた奴に苦戦してもいけないと言う対抗意識も第三軍団にはある。


 夕刻。


 オグルノ本人を含む裏切り者達は、背中から胸までを生きた木に貫かれ、森を彩る装飾となっていた。

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