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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1679/1743

アレッシアの男 Ⅱ

「僕も、名高いイパリオン騎兵の頭目が聞きしに勝る気高い武人であり、鷲のように多くを見渡す目を持っていたことに驚きと謝意でいっぱいになっています」


「だろ? 父さんの親友だ」


 明日は俺の馬に乗せてやろう。

 プリッタタヴがそう言えば、ラエテルが目を輝かせ、遠乗りの提案と聞きたい武勇伝を連ねた。


 無論、遠乗りなど無理だ。

 そんなことラエテルもプリッタタヴも分かっている。それでも、二人の明るい声はしっかりと陣に響き渡っていた。


(焦りは杞憂だよ、べルティーナ)


 ラエテルはラエテルの生き方がある。本人も、自身の特性を良く理解していると言うのが、マシディリからの評価だ。


「バゲータ」

 そうこうしている内に、治療場から出て来た高官を見つける。

 本人はプリッタタヴも見て出直そうとしているようであったが、手を挙げて押しとどめた。プリッタタヴの興味もバゲータへと移る。


「プリッタタヴ。紹介しよう。こちら、本日最大の勇者達の頭目、バゲータ・ナザイタレだ」


 畏れ多いことにございます。

 そう言ったかのように、バゲータが膝を曲げた。


「父はネーレ・ナザイタレ。父上が第一軍団の第一列を必ず任せて来た勇者だよ。父上がマールバラの術中に嵌った時は命を賭して助けてくれた人でね。ネーレ様には感謝してもしきれません。非常に優秀な方でした。事実、父上はその後長らく第一列を固定できず、苦労した姿は私も見聞きしているからね」


「そうか」

 同情するかのようにプリッタタヴが眉を歪め、顔を上下に動かす。


「だが、今回は息子が息子の命を救いつつ二人の命が共にあったと言う訳か。名実ともに親を越えたってことか?」


 そして、プリッタタヴの大きな手がバゲータの肩を叩いた。

 バゲータは一瞬表情を顰めたものの、すぐに慇懃な顔に戻っている。その一瞬の変化に対し、プリッタタヴが何かを言う様子は無い。


「私は父上を超えることができておりません」


 声も、マシディリに対して言う時よりもはっきりと。


「加えまして、動機も異なります。父上はアレッシアへの忠誠心とエスピラ様への恩義から命を懸けました。私は、嫉妬心と己の強欲から今日の突撃を命じています」


「ほう」

 プリッタタヴの目がより黒くなる。


「私は、皆が言う通り父上の忠義と名声だけで出世した男です。父上への嫉妬心もあれば、周囲からの嫉妬と陰口も知っています。評価も理解しているつもりです。


 昨年の半島席巻戦では、私の主な仕事は囮。負けるのが役目。今回もあくまでもエキュス様やルベルクス様と言った方々と組む一人でしかなく、任せられる場所も後方や監視役。功を挙げられる場所で無ければ、危険な場所でもありません。二人に比べて劣っている力でこなせる場所のみでした。


 大事な役目だとは知っておりますが、悔しくないと言えば嘘になります。


 それ以前も、思ったような戦果は挙げられず、気づけばヴィルフェット様やフィロラード様にすら追い抜かされる始末。


 歳は関係ない。そう言われても、年下に抜かれ続ける現実は嫌いです。


 私もアレッシアに生まれたアレッシアの男。ならば目指すのは上。あそこで活躍せずして、何時、私に活躍の機会が訪れましょうか。このまま見過ごして、私には何が残りましょうか。上に行ける機会を逸して、ただ年老いていくだけなのを、事実でもある陰口を聞きながら朽ちていく人生など、どうして許容できましょうか! 


 例え誤った道であっても、私は私の力を示し、アレッシアの男として爪痕を残したかったのです。


 そう言った、私自身の利己心によって動いただけ。

 父上と同じに語られることは、父上への侮辱となりますので、控えていただけますと幸いです」



 バゲータが真っすぐにプリッタタヴを見た。

 同時に、マシディリやラエテルにも言いたいのだろう。


「そうか。すまなかった」

 プリッタタヴが素早く、そして躊躇いなく謝罪する。


「いえ。アレッシアの男にくすぶる向上心であり、グライオ様やアビィティロ様、アグニッシモ様といった特異な方々を見て来たプリッタタヴ様にいきなり考慮しろと言うのは酷い押し付け、アレッシア人の価値観の押し付けでしか無いとも分かっております。


 無論、生まれながらにして上であるマシディリ様もまた別。クイリッタ様も同じこと。

 今はただ、プリッタタヴ様の寛大な心に、感謝を」


 言われちゃったね、とラエテルが視線でマシディリに訴えてくる。

 構わないよ、とマシディリも視線で返した。


「バゲータ。褒美を。なんでも望むモノを私が叶えられる範囲で与えるよ」


 やさしく、かつ上位者として告げる。

 バゲータが勢いよく片膝を着いた。


「でしたら、勝利を。マシディリ様の勝利を所望いたします。その中で私に活躍の場を戴ければさらに幸いにございます」


 深々と頭も下がった。


「期待に応えるのがウェラテヌスです。その要望に、応えましょう」

「これは期待ではありません」


 否定の言葉が、やけに早い。

 そして、かなり力強かった。周囲の者の視線が思わず集まるほどである。


「褒美の要求です。マシディリ様が叶えられる範囲の要求に過ぎません」


 笑みが、こぼれた。

 強気の笑みだ。自身に満ちた顔である。


 そう。天幕を出る前の気持ちは、ただの気の迷いだ。今は気力に満ち満ちている。敗北が何だ。それがどうした。


 そんなのは、もう何度も経験している。


 ついてこないのがどうした。

 甘くみられるのも、白眼視されるのも。小さい頃から経験してきた。


「私や父上を後悔させるような活躍を期待していますよ、バゲータ」


 貴方にフィチリタを嫁がせれば良かったと言わせて見せてくださいね。

 そう、言外につけて。


 バゲータが汲み取るのならそれで良し。汲み取れないのならば、それまで。


「必ずや、マシディリ様を後悔させて見せましょう」


 そして、思いは伝わったようだ。

 マシディリは、大きな笑い声を夜空に響かせる。


 撤退だ。

 これは、確実。自信を持って行う。


 そのための配置転換を、翌日に全軍に通達した。

 まずは、アビィティロに再び諸都市への徴発に向けた足掛かりを作ってもらう。これはボダートとスキエンティからの伝達を確認する意図もあった。次の作戦への準備だ。


 同じく、南方からクーシフォスを呼び寄せる。マシディリの傍にグロブスも呼び寄せた。一方で同じ第三軍団のアピスとルカンダニエをアビィティロ方面へと向かわせる。防御陣地中央の指揮はマンティンディに。コクウィウムにも北方の守りを薄くしつつ中央に移動してきてもらった。南部に居た者達の多くも中央への配置換えを命じる。


 ただし、アビィティロとクーシフォス以外の動きはまだだ。

 グロブスは比較的早くに始めるが、まずは全体的な動きが整ってからと敵にも見せる。


 無論、ティツィアーノも黙って見ている訳でも防御陣地の延長だけに勤しむ訳でも無い。


「捕虜交換、か」

 それは、ティツィアーノの使者からの提案。


「どう思う、ラエテル」

 自分の中での答えを決めてから、愛息に投げかける。

 愛息は背筋を正してから口を開いた。


「捕虜をぞんざいに扱えば父上の怒りを買うけど、ぞんざいに扱いかねない空気が流れていて、大勝によって隻眼の伯父上もぞんざいに扱いたい人達を制御できないようになっていると思いました。あるいは、主張する者達が先の戦いで割を食った者達で、彼らのご機嫌取りをしなければならない、とか。だから捕虜を外に出したかった。えと、食糧などの物資が不足していることも考えられます。あるいは、こちらの情報が欲しいとか」


「そうだね。その通りだよ、ラエテル」


 良くできたね、と目を細める。

 えへへ、とラエテルもかわいらしく笑ってくれた。


「だからこそ、捕虜交換にはこちらも応じようかな。エリポス人も大量につけてね」

 そして、そんな彼らの一部に「オグルノは嘘つきだ」と言う兵の会話も聞かせることにした。

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