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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1678/1743

アレッシアの男 Ⅰ

 ぶつかって。

 弾かれて。

 四人に囲まれて。


 武器が落ちて腕が落ちる。歯で行けば首が落ちる。


 それでもバゲータ隊は止まらない。横を取られた第四軍団第三列がしっかりと対応していても、ひたすらに前に出る。


「見殺しにするな! 今の味方は、戦友はバゲータ隊だ!」


 吼え、やることが分かり切っている中でマシディリ自身が光を打ち上げた。

 第三軍団第三列も吼え、地面を抉るような一歩を踏み出す。


 疲労した隊と練度に劣る隊。

 しかし、片翼包囲の形であり兵数は二倍。しかも、もれなく死兵。


 遅れて、右前方。奥で野太く紅い柱が立ち昇った。


 アグニッシモだ。

 どこかに行っていた右翼が、今戻ってきたのである。


「マシディリ様」

 後ろからも光。ウルティムス隊の来訪を告げる光だ。


 既に野戦。

 そうなれば、騎兵が活きる。

 アレッシア最強の軽装騎兵と、破壊力抜群のアレッシア式重装騎兵。


 対するティツィアーノ側は兵数は多いが崩れかけた集団。


 敵の撤退の光が打ちあがる。

 追撃は、しかしほとんど行えない。


 疲労困憊なのだ。前方にいるルベルクス隊もほぼ壊滅状態。アルム隊は隊列編成が終えておらず、エキュス隊も行動不能。パライナ隊やアグニッシモ隊はまだ動けたが、兵数が多くてティツィアーノまではたどり着けない。


「駄目か」

 バゲータ隊も、追撃でさらなる被害を出してしまったため止めざるを得なかった。


 決着。

 両軍疲労困憊により、陣地作成の動きも止めて睨み合いとなった。


 ただ、明確にマシディリの敗北である。


 南方の戦場では、壊れてはいるものの内側の砦は健在。外側に作られ始めている防御陣地も無事だ。マシディリ側がディティキに閉じ込められつつあり、なおかつ相手が完全に補給経路を得たことに変わりはない。


 兵の被害も甚大だ。

 兵数劣勢のマシディリ側の損害の方が大きいのである。物資の消耗は相手の方が大きいが、割合は当然マシディリの方が痛手。


 遅れて来た報告によれば、トクティソスが出ていたところに敵はサジェッツァも援軍として出したらしい。それによって、防御陣地の一部が崩れた。そこから敵が出てきたが、中央に関しては引き込むことまでは作戦通り。嵌めて、到着したイパリオン騎兵がこれを叩く。


 が、作戦通りなのは此処まで。


 相手の援軍はまだあり、陣地から出て来たパトロスとカラサンドの元第三軍団十人隊長の二名によって再び蹴散らせたとのことだ。


 その後に、引き返したルカンダニエの力もあって陣地からは追い出せたが、作戦を読まれた状態なのは変わらず。


(ここは捨てるしかありませんね)


 目を閉じ、天を仰ぐ。

 作戦続行は不可能だ。今のうちに敗走するしかない。行き先は、ビュザノンテン。全軍を動かそうと思えば、物資のある場所へと行くしかないのだ。


 が、無論、ティツィアーノの読み通りだろう。


 閉じ込められた敵地で、思い通りに動かされている。手足に糸が付いているような嫌な感覚だ。軍団への説得も大事である。ただの敗走では脱走兵も相次ぐだろう。防げたとしても、今のままでは新兵の戦意が上がらない。


「父上」


 グロブスからの伝令として戻って来たラエテルが、遠慮がちな声を出す。マシディリは、愛息に目を向けた。小さく肩を丸めているが、目はしっかりとマシディリを見てきている。泳いでいるところは無く、手も、閉じられていなかった。つま先も程良く開いている。


(背筋を、いえ)


 言う必要は無く、立派な姿勢だ。

 そう思って、マシディリが背筋を伸ばす。

 愛妻も、マシディリの方に苦言を呈しただろう。


「全体の勝敗を調整するための敗北で、ただ負けて相手を勢いづかせた、では無くて、調子づかせるために負けた、とか、どうでしょうか」


 気分転換の話だ。

 ふふ、と思わず声がこぼれる。


「思えば、随分と驕っていましたね」


 負けても良いと言う気持ちがどこかにあったはずだ。対して、ティツィアーノは勝ちしかみていなかった。だから、マシディリの敗北は必然である。


 オグルノに対してもそう。もっと引き留めておく策はあったはずだ。しなかったのは、裏切りをも作戦に組み込めると言う驕りがあればこそ。


「父上の慎重さをしっかりと実践したのは、ティツィアーノ様でしたね」

「でも、じいじならきっとあの場面で退かなかったよ。ううん。バゲータ様の部隊を無視はしなかったはずだよ。何か備えがあって、そこで。えと。違います。多分、じいじならアグニッシモの叔父上を先に狙ったと思いました!」


「そうかな」

「はい。弱体化が最優先。頭を斬れる機会があれば狙うと思いますが、じいじは頭に対して兵を割かねばならないと言う状況を利用しての腕の切断も良くやっていた、と思います」


 初めてラエテルの目が上に泳いでいく。

 くすりと笑い、ぐい、とマシディリは口角を上げた。様子を窺っていたかのようにレグラーレが天幕に入ってくる。


「バゲータ様の治療が終わりました」

「向かいます」

「バゲータ様も、マシディリ様の下に向かうと仰せでした」


 伝令を出しても、既に治療場を離れた後だろう。

 肩を竦め、マシディリは愛息を伴って天幕を出た。


「おう! 度肝抜かれたろ、マシディリ!」

 直後に、調子の良い声が聞こえてくる。


 プリッタタヴだ。イパリオンの頭目は、もう南部まで到着していたのである。


「てっきりアスキルだと思ったよ」

「ははっ。アスキルももちろんエリポスに上陸しているさ。と言っても、うざったい艦隊を出させないための行動ばかりしてもらっているがな。ああ、メクウリオとかスペランツァとも連絡は取らせているよ」


「ありがたいね」

「マシディリとの連携は俺の方が良いだろうしな。と言っても、互いに派手に負けたが」


 再びプリッタタヴが笑う。

 あれは良い指揮官だ、と。離脱を認めない方が良かったんじゃないか、と。口を大きく開けている時は目の奥が笑ってはいなかったが、褒めたい気持ちもあっての言葉選びだとマシディリは受け取った。


「完璧にしてやられたよ。右翼側にも迷路を張っていたからね。おかげで、アグニッシモとパライナはしばらく戦線離脱させれてしまって。それも、圧倒的に少ない兵によってね」


「でも、ティツィアーノはマシディリの高官を誰も討てなかった。

 戦場を定め、作戦を練り続け、二倍以上の軍団を用意し、作戦通りに事を進めて最後にはアグニッシモを罠にかけると言う幸運にも恵まれたのにな。


 これじゃ駄目だ。

 イパリオンはティツィアーノぐらいの兵力を集められねえし、集めればユクルセーダとかがうるせえし。


 マシディリと戦っても勝てないってのがはっきりと分かった。だから、イパリオンは確実にマシディリの味方だ。変わらず、な」


 流石は頭目だ。

 この場でも、政治的な立ち位置をしっかりと訴えてきている。それでいながら、発破をかける気持ちは心からなのであろう。


「どうも」

「本音だぞ。マシディリだったら第三軍団の誰かを獲ってるはずだ。東方遠征でもクルカルをさっさと落としたり、くそったれのバスタートゥの味方を殺してくれたしな。プラントゥム遠征でもさっさと高官を落としたそうじゃないか」


「一発目の戦いでは無かったけどね」

「おっと。ティツィアーノには時間と戦場選択の権利があったことを忘れるなよ」


 ぐい、と肘で押された。

 あわ、とラエテルが動く。アルビタは反応しなかった。息子か? とプリッタタヴの手がラエテルに伸びる。ラエテルが自己紹介に移る前に、愛息のほっぺたが伸びた。ラエテルから抵抗は無い。じっと目を合わせるだけ。表情も、やや幼いまま。


「俺の従妹を父さんに嫁がせたいんだが、手伝ってくれないか?」

「ぼくにプリッタタヴ様のご息女を嫁がせる算段をたてる方ならば」


 にっこりとラエテルが笑う。

 愛妻や末弟が言うには、ラエテルとアウセレネは想い合っているのだ。故に、これは本音とは違う。駆け引き。ぱ、とプリッタタヴが手を放したのが何よりの証拠。


「手を見ても良いか?」

「どーぞ」


 元気よくラエテルが手を差し出す。

 プリッタタヴの武骨な指が、ラエテルの手のひらを触り、厚さを測り、手首も掴んだ。


「歳の割に幼いと聞いていたが、とんでもないな」


 プリッタタヴが肩を竦め、息を吐く。


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