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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1677/1742

アリオーチ砦策謀戦 Ⅲ

 ディアクロスの当主はコクウィウムだ。ルベルクスは、異母弟に過ぎない。

 アルムはネルウスの嫡男である。


 アルムはまだまだ若い男だ。対して、ルベルクスはマシディリと同年代である。


 武人としての成果を出しているのはアルムだ。ルベルクスは交渉に長がある。交渉役は必要だが、軍事高官と並列してであると、まだ出番では無い。


 冷酷な判断だ。

 ただし、ルベルクスなら理解してくれると信じての命令でもある。


 一方でルベルクス兵の中でも、アルムの隊に紛れて下がってくる者も出て来た。それが余計な混乱を生み、敵がどんどん迫ってくる。


「投げ槍用意!」

 叫ぶ。

 撤退する兵に詰め寄ってくるのは、まずは重装歩兵。


「放て!」

 彼らの盾に対し、刺さりながらもすぐに折れて重りと化すアレッシアの投げ槍は装備破壊武器だ。いや、兵種破壊武器とも言える。


槍の穂先(プルムバータ)用意!」

 続いて、盾裏から兵が槍の穂先を抜き取る。

 遅れだした重装歩兵に代わって増えた敵兵種は軽装歩兵。


「放て!」


 槍の穂先の攻撃で死には至らなくても、肉体に刺さるのだ。加えて、第三軍団は歴戦の兵。錆びた武器も敢えて手元に置いている。今投げられた槍の穂先の多くが、その錆びた武器。錆びた武器は引き抜く時により大きな痛みを伴うのに加え、刺さった敵に病原菌をまき散らす武器だ。


 ただし、敵の勢いは止まり切らない。


 第三軍団の整列した盾に当たり、誰かを踏み台にして登ってくる。上にいる者を槍で突き刺せば、血がしたたり落ちて来た。だが、敵からしてみれば乱戦。次々と前にいる味方を蹴り飛ばして送り出し、そうして物理的な圧をかけながら第三軍団の隊列を乱そうとしてくる。人が刺さった槍もある意味では重りで装備破壊されたようなモノだ。


「ノハ平原の戦いを思い出せ!」


 列の中で、マシディリは吼えた。

 鼓舞し、精神安定の青のオーラも使わせる。


「この程度の窮地、私達は何度も乗り越えて来たではありませんか!」


 吼えながら、マシディリは盾をアルビタに預けた。

 代わりに弓矢を手にする。


 引き絞り、鏑矢を一射。

 殺傷能力は低いが、兵の鼓舞には役立つはずだ。


「台!」

 吼えれば、兵が盾を上にしてしゃがむ。その上にマシディリが立ち、上から矢を射かけた。


 一人しか射られない。

 死んだかもわからない。

 だが、マシディリが攻撃したと言う事実が大事である。


「吼えろ」

 獅子哮。


「腹から声出せ!」

 兵の野太い声が、鼓膜どころか臓腑を揺らす。


「アレッシア一の精兵が、こんな雑兵に討たれてたまるか!」

「おう!」


 歴戦の誇りが、迫りくる人を敵味方問わず投げ飛ばした。


 もう一度叫び、殺戮に回り、怯んだ隙に下がる。相手を引き寄せ、叫び、殺し、怯ませて下がる。相手を引き寄せ、遠距離武器を投げ、防御姿勢を崩して突撃した。削れた雑兵の首を切り、彼らの首を投げ捨て、腹に槍を突き立てて障害としてから引く。


「減りましたね」


 マシディリ自ら敵兵の腹を割いて臓物を垂れ流した像を作りながら、こぼした。


 無惨な死を目にすれば、死に麻痺している者達でも一瞬たじろぐ。

 その中でも攻めてこられるのはエリポス人重装歩兵部隊の精鋭か、功を見せる必要があるオグルノ。


「ストゥルトゥース」


 男にかぶせていた布をはがす。

 ただし、仮面は付けたままだ。


「オグルノを討て。いや、オグルノ隊を血祭りにあげるだけで良い。そうやってイエネーオスはクーシフォスを守った。イエネーオスがやったことを、お前ができないとは言うまいな。


 ああ、人語は話すな。

 オグルノだけとは口をきいても良い。


 分かりましたね?」


「ゥヴぁア」

 獣のような声と共に、スィーパスもといストゥルトゥースが槍を手にする。


 送り出すのは、右翼側。

 オグルノが来る当たり。噂が流れていた場所。


 そこへ、仇討ちのために名を使われた男が出向いた。


 ストゥルトゥースの戦い方は、スィーパスを名乗っていた頃と変わらない。その内露見するだろう。だが、それで構わない。露見した方が良い。


 大嘘つきのオグルノ。

 大嘘つきのアレッシア人。


 その意識が、敵の動きを鈍くする。


(とは言え)

 崩れる敵と、崩れながら斜めに逸れていくルベルクス隊。


 敵味方共に隊列が乱れ、不思議と戦場が割れていく。いきなり味方が割れて敵が目の前に現れるのは、『味方崩れ』と言う単語がつけられるくらいには起こる現象だ。


 似たような状況が、両軍ともに起こる。

 奥に鎮座していた整列した部隊と、マシディリ達も相対したのだ。


「馴染みの顔ですね」

 情報操作から戻って来たレグラーレが言う。


 第四軍団第三列。

 即ち、ティツィアーノ直属隊。


「向こうは、移動ぐらいしか疲れていないだろうにね」


 重い息がこぼれる。

 きつい相手だ。心から、そう思う。


「ならばこっちは散歩程度の疲れですな!」


 百人隊長の一人、パルパラが土塗れの顔で白い歯を見せた。歯茎からは赤い液体がしみだしている。汗で髪の毛もべったりとくっついていた。


「どんな散歩をしているのですか?」

 苦笑しつつ、マシディリも弓から盾と剣に持ち代えた。


「野犬の群れを相手にするよりは良いのでは?」

「犬畜生以下か」

 兵が次々と軽口を叩き、盾を構えなおしていく。


 疲労の色の無い者などいない。誰もが汗で肌をてからせている。兵達の中は蒸し風呂のように暑く、汗の臭いはすえていて鼻につく臭いだ。


 だが、誰もが余裕そうな表情をあえて作っている。


 対して、敵は無表情。

 腰を落とし、投げ槍を持つ者も出てきて。


「運命の女神は、好機を逃すなと仰せだ」

 マシディリは、父から受け継いだウーツ鋼の剣を抜いた。


 第三軍団第三列が吼える。

 第四軍団第三列が走り出す。


 宙を舞うのは装備破壊兵器の投槍。ある者は石を投げ、ある者は折れた剣を投げ、あるいは収奪した盾を投げ、最後に自らの盾で受ける。


 叫び、吼え、まずは八十名同士の獣がぶつかった。

 連携と、打ち破るための盾による殴り。


 アレッシア人同士ながらアレッシア語を話さない、獣の咆哮。汗と血を散らし、共に戦場を駆け抜けて来た戦友同士が刃を交える。


 常に最精鋭として全軍の支えになっていた第三軍団第三列。

 それは、イパリオンでの大敗後の第四軍団第三列に属する兵の鼓舞にもなったはずだ。


 同時に、第四軍団第三列は第三軍団第三列の窮地を助けてくれたこともある。ノハ平原の戦いでは、ティツィアーノの機動は無事の撤退に一枚も二枚も噛んでいた。


 互いに命を助け合い、背中を預け、遠くに居ても信じていた者達。

 それが、今、一つ二つと命を奪い合っていく。


(不利か)

 ぐ、と拳を握る。


 練度は上の自信があった。

 だが、連日の戦闘による疲労は第三軍団第三列の方がある。今日の戦闘もそうだ。体力のみならず握力の低下は免れない。疲労は判断力も低下させる。


 第三軍団第三列にいるマシディリを打ち破っての勝利。


 なるほど。完璧な勝利の形だ。


 誰も文句を言わないだろう。


 どうやったかは知らないが、アグニッシモを同じ戦場に呼び込んだうえで分断させたのも、ティツィアーノが最大の戦果と言える。


 マルテレス戦もマールバラ戦も、アグニッシモがいるからこそマシディリの作戦は最強足り得たのだ。

 両方揃った状態を打ち破れば、ティツィアーノが最強と成る。


 それが、今。


 マシディリの首にティツィアーノの指がかかった。



「かかれぇ!」


 瞬間、左から叫びが聞こえて来た。


 バゲータの声だ。

 兵は、強くは無い。フロン・ティリド遠征からだが、第三軍団や第四軍団に比べて特別練度が高い訳では無いのだ。それに、言っては悪いが、バゲータには目立った功績は無い。ネーレ・ナザイタレの功で何度も機会を与えられてきたような高官。


 その男の部隊が、第四軍団の真横を取った。

 たった千二百で、ともすれば万を超える大軍に突撃をすることに、それも命令違反になる危険を冒しながら、現れたのである。


「アレッシアの漢なら! 夢は! 英雄の称号は! 自分の手でもぎ取って見せろ!」


 隊列など何も無い漢達の突撃が、今、第四軍団第三列に突き刺さる。

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