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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1676/1740

アリオーチ砦策謀戦 Ⅱ

 猛攻は終わらない。

 時間は敵。


 突破したらしい右翼の確認も忘れずに。

 マシディリは見えない左側を警戒しながらも、攻勢を強め続けた。


 やがて、後方からマシディリ直属部隊が作り上げた攻城兵器が到着する。破城槌の一撃だ。この重厚な攻撃が決め手となり、孤立砦の壁が破壊される。こじ開けるように突入するのは最前列で戦い続けた兵だ。手柄を求め、殺到したのである。


 その後の動きは、しかしながらの予想外。


 動きが止まったのだ。

 素早く目を上に動かせば、いつの間にかシマコスらがいなくなっている。


「マシディリ様っ」

 慌てた様子の兵が駆けてくる。

「壁の後ろに、また、壁がありました!」


 二重防壁。

 あるいは、もっとか。

 答えは分からない。ただ、守るにあたってありえない訳では無い手。


 マシディリらは理性で理解できても、時間を気にしつつ全力を懸けてきた経験の浅い兵にとっては落胆する出来事だ。自然、攻撃の手も弱まってしまう。当然、敵の攻撃が弱まることは無い。むしろここぞとばかりに勢いを増してくる。


 それでも、マシディリは自身と自身の部隊を前に押し出すことで兵を進めさせた。


(せりだした足場ですか)


 そうして、目撃する。


 シマコスが立っていた場所を。同時に、マシディリが攻城兵器を持ってこないことを確信していたことを理解した。

 マシディリなら、味方の危機に速度を重視してやってくるだろう、とも。


 信頼だ。

 同じ軍団に居た者として。エキュスの隊が持っていたような信頼を、ティツィアーノやシマコスもマシディリに抱いていたのである。


「破壊を」

 命じ、追撃させつつ右側を見やる。

 昨日は何度も上がっていた紅い光が、まだ無い。


(アグニッシモ)

 右腕の拳が硬くなる。がり、と右人差し指の付け根に噛みついてしまった。


(いえ)

 アグニッシモに何かがあった。冷静に考えれば、敵の士気が大きく跳ね上がるはずだ。だからこそ、アグニッシモは無事のはずである。


(ならば、何が?)

 噛みつく場所を親指に変えつつ、戦場を睨みつけた。


 右翼の突破は、少し前のことだ。何かしらの反応はあっても良い頃である。

 だが、無い。


「壁は無いぞ!」

 そんな叫びも聞こえて来た。


 二番目の壁に小さな穴をあけられたのだろう。ルベルクスやアピスの位置を伝える旗も、大分前衛に出ている。


「少し下がられては?」


 ゲルトモドが言ってきた。

 普段ならアビィティロに良く言われることであり、プラントゥム以来の百人隊長であるゲルトモドも良く聞いてきた言葉である。


「そうしましょうか」


 幸いにして、兵の士気は再び上がってきたのだ。

 大きな問題も無いだろう。


 そう。


 問題は無いだろう、とマシディリは思った。思ってしまった。


 明確な油断である。

 その油断が戦局を変えないほど、ティツィアーノは甘い相手では無い。


「マシディリ様!」

 レグラーレが叫ぶ。

 打ちあがった光は、バゲータから。敵に動きありの報告。それも、マシディリ側に来る報告だ。


 遅れて、蹄の音。大軍。破壊音。否、この破壊音は味方が敵の壁を壊した音。

 その後ろからやってくる、砂ぼこり。


「騎兵」


 マルテレス門下生は、インテケルンやヒュントのような例外は居つつも多くは猛将マルテレスの戦いを受け継いでいる。


 クーシフォス、ルカンダニエ、アルビタ。皆、攻撃に重きをおいているような人間だ。

 その中で高官まで登り詰めた男なら、なおのこと。


「プラントゥムより生き生きしているのではありませんか?」


 オグルノ。

 その突撃に対して皮肉を言いつつも。

 マシディリは帰ってこない右翼に目をやった。


 パライナとアグニッシモ。構成している兵も第三軍団に次ぐ経験豊富な兵だ。いや、アグニッシモはほぼ第三軍団である。


「ルベルクス様より伝令! エリポス人重装歩兵部隊が壁を構成しております。一度、撤退のための空間を作ることを進言いたします!」


 オグルノから、エリポス人重装歩兵部隊。

 昨日と同じ流れ。

 その後ろにいるのは、大量の軽装歩兵か。


「アンティオ、コンモド、ウェスパシ、トラヌス、トーリウス、タッテウス。後方で撤退路の作成を」


 全員、プラントゥム以来の百人隊長だ。

 他の部隊も徐々に動かす必要はあるが、逃げ出したと思われれば兵は踏ん張れない。第三軍団第三列はこの場に立ち続ける必要もある。


「前に行ってきます」

「行くな」

 剣を掴んだ末弟の襟をつかむ。


「兄上!」

「前衛は崩れる」

「まだ分かりません!」

「崩れる」

「立て直せます!」

「セアデラ」


 使いたくはないが、思いっきり低い声を出した。

 末弟の肩が、小さく跳ねる。


「戦うために意識が高揚し、二重の壁で戦意が挫け、再びの突破で高揚して、今敵の大軍で再び心が折れかけた兵だよ。昨日からの激戦もある。心の糸を再び張り直すのは至難の業さ」


「兄上。でも、何もしないのは違うと思います」


「そうだね。その通りだ。だからこそ私が此処に残る。私は軍事命令権保有者だからね。兵を見捨てて逃げるわけにはいかないよ。でも、何かあった時の備えも必要だ。

 セアデラ。

 父上の子として、二人ともに危険があるのはいけない。アグニッシモがどうなるかも分からないからね。ラエテルを支える者は必要だろう?」


「それは。兄上が」


「命令だ、セアデラ。軍事命令権保有者としてセアデラ一人を向かわせることは有効な戦術とは言えない。ウェラテヌスの当主として、家門を維持する必要がある。兄として、死に急がせられないと言うのは願いかな」


 ぐい、とセアデラを後ろに引っ張った。


「クレオニス、タモス、レントゥルス、ヌルキウス。セアデラを連れて第二次防衛線の構築を」

「かしこまりました」


 屈強な男達が、まだ少年の面影も残す末弟を連れ去っていく。

 この程度でマシディリ様が討たれるはずがありません、とも呆れたように言いながら。


「第三列、盾を地面につけてください。腰を落とし、前を見据え、堂々と構えるように」


 目の前では、潰走も始まってきた。

 当然のように第三列の兵は逃げてくる味方にも刃を向ける。秩序の無い撤退に対する脅しだ。それに、未だに留まっている兵もいるのである。今第三列にやってくることは、撤退では無く脱走と言っても差し支えないのだ。


「右翼が壊滅した」

「終わりだ」

「アグニッシモ様が討たれた」

 そんなアレッシア語も聞こえて来た。


「バゲータ様も討たれた」と、右翼から聞こえてきたことで、お粗末さも明らかになるが。


(流言ですね)


 ただし、効果は抜群。

 人は聞きたいことしか聞こえない。


 戦場の狂乱にあり、自身も命の危険にあれば、「アグニッシモは生きている。敵の流言に惑わされるな」と言う言葉よりも、「アグニッシモは死んだ。次は自分達の番だ。だから逃げないと」の方が信じてしまうのだ。


 流しているのは、最初に突撃して消えたオグルノか。

 騎兵の足と言語を考えればオグルノの兵も多いだろう。


「そうですか」

 視線を、レグラーレへ。


 幼馴染とも言える被庇護者は、うへぇ、とマシディリの命令を予期してか思いっきり嫌な顔をした。すぐそこに敗走が迫っているとは思えないほどにいつも通りの、余裕のある顔である。


「まあ、別に負けぐらい幾らでもありますし」

 ゲルトモドがあっさりと言う。

 アルビタが不気味な笑みを浮かべていた。ただし、もう怖がる者はマシディリの周りにはいない。


「レグラーレ。死んだスィーパスの仇討ちだ、と喧伝してきてください」

「? かしこまりました」


 少し目を大きくしつつ、レグラーレが消える。

 しばらくすれば敵の勢いも強くなってきた。


 仇討ちの意識。それが利用できると思ったオグルノがより強く喧伝を始め、敵兵の士気も上がったのだろう。


(後は)

 迷う。

 どちらを残すべきか。


 既に敵は大勢を呑み込み始めている。第三列も、無秩序に逃げ出した味方を既に二人斬り捨てていた。


 その中で、アルムの隊を先に引かせるか、ルベルクスの隊を引かせるか。


 否。結論はほぼ一緒。迷っているのは、口に溜まっている言葉を本当に出すかどうか。どちらかの中間に意識がある訳では無い。天秤はほとんど傾いている。その皿を地面に着けていないだけ。


 迷いは、中間で揺れるモノだけでは無いのだ。



「アルム隊に撤退命令を。

 ルベルクス隊に、死守命令を」


 言葉にするとともに、指先が冷えきった気がした。

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