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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1675/1739

アリオーチ砦策謀戦 Ⅰ

 戦局は、翌朝を待たない。


 夜中に始まったのは松明を狙った敵の攻撃だ。これに対し、マシディリを始めとする各地の高官は多少寒くてもと松明の傍に陣取らないようにすぐに指示を出した。続く散発的な攻撃は、全地点で弾き返したとの報告も届く。


 良い報告は、もう一つ。

 夜が白み始める前にリベラリス隊千六百が帰還した。強行軍ではあったが、これによって中央から北方にかけての守りを強化することが出来たのである。


 即ち、マシディリが南部で反攻作戦を実行するだけの余裕が生まれたのだ。


 と言っても、兵力差は二倍。実兵数は互角程度か。いずれにせよ、まともにはぶつかれない。


「敵のアレッシア人指揮官が分かりました」

 白み始めた空の下、外側に飛び出した敵陣地にて工事がはじまっているのが見える。


「大将はティツィアーノ。他に、トトランテ、シマコスといる様です。それから、セルレ・アステモスも」


「調略は失敗ですか」

 マシディリは、小さくため息をこぼした。


 セルレ・アステモスの二人の娘はクイリッタに熱を上げており、死の報告を聞いた時に長女の方が寝込んでしまったらしいのだ。その悲しみから娘二人は父を拒絶し、一時的に不仲になったが冷静になってからは連絡を取り始めたのはべルティーナ経由で聞いている。


 その伝手で、たたき上げの高官の調略を試みていたのだが、セルレの意思は強固らしい。


 ただ、他にも娘がクイリッタに想いを寄せていた者は多いのだ。彼女らの多くは半島に残っていることもあり、彼女らを使ってのティツィアーノ元老院の議員に対する調略は止めるつもりも無かった。


 ただし、妻や、特に愛人がクイリッタに想いを寄せていた場合は接触を控えている。妻であればまだ良いかもしれないが、感情の比重も大きい愛人は逆効果にしかならないと考えられるのだ。


「シマコスがいると言うことは、守りを固めると言うこと」


 元第三軍団十人隊長のシマコス。明るい男だった。彼の明るさは、特に籠城戦に於いては有用だろう。エリポス語は使えないが、実力だけで高官級まで引き上げた可能性もある。


「トトランテ様も厄介ですね」


 息を長く吐き出す。

 思い出すのはアグリコーラでのこと。見事な時間稼ぎだった。そうとしか言いようがない。


「セルレはサジェッツァに恩があり、オピーマ派の椅子に座った男です。来ないでしょう」


 セアデラが言う。

 ラエテルと同じようにマシディリとは別場所に送ろうとしたのだが、駄々をこねられたのだ。


「そうだね。でも、欲しかったよ。惜しい男だ。何とかならないかなあ」

「元々ウェラテヌスに心を寄せている人では無いと抗弁させていただきます」

「はは。そうだね」

「アグ兄のフロン・ティリド遠征にティツィアーノをねじ込もうとした輩ですし」

「堂々としていて格好良かったよ」


「兄上」

「素直な評価さ。心は広く持たないと、セアデラ。視野も狭くなっちゃうよ」


 手を伸ばし、愛息と同じように頭を撫でる。

 子供ではありません、と頭が動き、簡単に終了させられてしまった。


「ま、攻め手はあくまでもこちらかな」

「向こうは作戦によって高官を代えられない可能性もお忘れなく」

「そうだね」


 南側、マシディリから見て左側に広がっていく敵陣を見る。

 囲っているのはマシディリ側だ。だが、視野を広げて確認すれば、マシディリ側がますます孤立してしまうような延長である。加えて、マシディリが川の流れを変え続けても水の補給が可能になってしまう延長でもあった。


(攻撃は必至)


 外側の陣は形成中とはいえ、エリポス人傭兵が外に一列並び、奥で動いている兵にも疲れが見えない。こちらも陣地作成を行って再び囲うのも手だが、海を抑えられている以上同じことの繰り返し。繰り返し続ければ、兵数に劣るマシディリ側が不利。中央から突破されれば、分断されてしまう。


(全力の一手)


 見るのは、外側の新しい敵陣と内側にあるこれまでの敵陣の中間地点だ。


 昨日の敵の攻撃は激しかった。大分押し込まれてしまっている。


 結果、形成中の敵陣の先頭と敵のこれまでの陣を直線距離で結ぶと、壊れかけのマシディリ側の陣を挟む形になっていた。その真横もまた敵の立派な壁。下がれば大丈夫だが、海に面することになり、逃げ場がなくなる。船を使えば良いが、乗り込む方が時間がかかるのが普通だ。


 だからこそ、外側の新しい敵陣と内側のこれまでの敵陣。その間にある陸に少し孤立した簡易砦が、ティツィアーノ軍の連絡地点となっている。


 陥落すれば大きな楔。各個撃破の可能性が見えてくる。敵もそのことは分かっているが、孤立していると分かる砦に入りたい兵など多くは無い。無理矢理入れても士気が下がるだけ。


(セルレ、トトランテ、シマコス。誰が入っていてもおかしくはありませんね)


 マシディリが狙うと分かっていれば、ティツィアーノ自身が籠る可能性も無くは無い。それが一番つらい展開か。かと言って外側の敵陣に攻め込むのはまともに二倍の敵に突っ込むようなモノ。良策とは言えない。ならば動かない方が良い、自陣を延長する方が良いとすら言えてしまう。


「あくまでも炊事の煙からの推測になりますが、二千程の兵は詰めていると思われます」

 レグラーレが言う。

 守将として考えうる一番手はトトランテ。二番手はセルレ。三番手がシマコスだとも。


(備えはあるはず)


 腕を組み、一定の間隔で右の拳を親指の第二関節から自身の下唇に押し当てる。


 エキュス隊の疲労は相当なモノだ。動けと言われれば動くだろうが、戦力評価としては下げざるを得ない。


 全部隊に疲労はあるが、それでも働いてもらわねば困る部隊はマシディリ自身の隊にパライナ、アルム、ルベルクス、バゲータ、アグニッシモの隊。運べている物資はほとんど無い。


 それに、敵本陣から増援が来ないとも限らないのだ。


(外を攻めるよりは)


 相手の計算の内だとしても、中を。

 ただし、全力で。


「エキュス隊は建築準備。敵の外郭を取るように堀を作り続けてください。バゲータは本来の壁の修復と敵のけん制を。あくまでもエキュス隊による建築を主軸と見せるようにお願いします。


 残る全隊で、孤立した砦を攻め落としましょう。


 右翼、アグニッシモとパライナ。

 中央、アルム。

 左翼、ルベルクス。


 私の隊が全ての第二列として備えつつ、物資の輸送を担当します。他の隊は、最初の一撃から速度を落とさず猛攻を。


 陥落もしくは相手に陥落したと思わせることができれば上々。エキュス、バゲータ両名は孤立砦の陥落で敵に動揺が見えた場合は素早く一撃を加えてください。


 外にいる敵を孤立させられれば最高です。

 リベラリスの到着に合わせ、ウルティムスとルカンダニエも呼び寄せますので、一気に決着まで画策してしまいましょうか」


 高官の返事は、威勢が良いモノ。

 素早く兵に指示が飛び、敵から隠れるように壁の内側で兵の整列が始まった。エキュス隊は敵の目の前で上陸直後にやっていたような建築合戦を開始する。


 秘匿した上での、攻撃。

 されど、露見もしやすい。


 故に、短期決戦。


 その思考は、ティツィアーノも半ば一緒だったのか。それとも、再びの構築合戦にしないためか。再び敵が攻勢を始めたことを知らせる光が北側から打ちあがった。


 昨日と同じであれば、北方ではケーランとミラブルムに対してマンティンディが相対している。中央ではトクティソスに対してアピスとリベラリスだ。マレウスはグロブスが抑え続けられる。遊軍としてソリエンスが動き続け、コクウィウムとサッピトルムが逆に北方から敵陣を襲う形。


 少し薄い形だ。

 ただし、狙いはある。


 リベラリスの到着。彼がもたらした情報はイパリオン騎兵の到着だ。陣をあえて破らせ、弱らせたところにイパリオン騎兵の一撃で葬ると言う狙い。諸刃の剣だが、決まる確率が最も高いのは今日だ。イパリオン騎兵が到着する機しかない。


 この好機は、逃せないのだ。


「全軍。攻撃、開始」


 素早い移動の後、マシディリの声が光に変わる。

 投石具を利用した一斉攻撃が、始まった。


 相手の細い木の柵を壊し、激しい音をたてる。ただし、放ったのは全員では無い。攻撃後に顔を見せた者達に対して、我慢していた者達が第二擲を行う。直撃すれば昏倒モノだ。ただし、起き上がる敵もいる。経験の浅い兵の中には、腕が縮こまった者も出てきてしまった。


「木の緩衝材です。恐れる必要はありません」

 落ち着いて告げ、兵に広げる。


 マシディリが組み立てた物を、ティツィアーノや第三軍団の者が作ることができないと言うのは盲目な考えだ。だから、想定内であると。そう見えるようにマシディリは振舞った。


 猛攻も、まだまだ続く。


 第三軍団が次々と石を運び、あるいは壁を壊して適度な大きさにし、必要とあらば備えとして作っていた杭を削り直し、投げ込ませた。木の緩衝材があっても、守れる場所は限られる。徐々に敵が削れ、味方が壁に取りつき始めた。


 ただし、一点突破は狙わない。

 急いではいるが、攻撃地点を広げ、敵の分散を図るのだ。


 それでも、敵は良く粘る。

 だからマシディリも前に出て兵を鼓舞する。

 そうすれば、敵の指揮官もまた前に出て来た。


「お久しぶりです、マシディリ様!」

 そう言って、両手を横に広げ。


 シマコスだ。

 十人隊長だった男が、今や砦の守将である。


「今の私に悔いはありません! 代々の恩に応えつつ、敬愛する貴方との約束を守り、こうしてアレッシアの英雄と死合える。アレッシアの漢としてこれ以上の喜びはございません!」


 そして、大きく叫んだ。


「私も」

 小さく微笑み、マシディリは顔を上げた。

「どこか誇らしくて、嬉しいよ、シマコス」


 両手を広げ、急所を敵に対して最大限に晒す。

 互いに攻撃は無い。されど、右翼側では壁の破壊が為ったとの合図が打ちあがっていた。

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