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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1672/1736

双翼

 ディティキは、主に三つの経路でエリポス内部に入っていくことになる。


 一つは北方の通路。メガロバシラスへと通じる道であり、現在は三千のメガロバシラス兵が封鎖している。


 もう一つは南方通路。大回りすることになる通路であり、中央へ至るには山越えが必要な通路だ。


 最後の一つが、現在ヴィルフェットとフィロラードがいる場所。即ち背後。

 メガロバシラスが敵対している以上、言わずもがな最後の通路が最大の補給路だ。


 とは言え、ヴィルフェットとフィロラードに任せきりにして何もしない訳にはいかない。


 マシディリは、クーシフォスと騎兵一千を南方に派遣した。目的は物資の調達と馬への餌やり。確実に兵数が減っている状況に焦燥が無い訳では無いが、動かない訳にもいかないのだ。


 少なくとも、解決に向けて手を施していると兵に見せる必要がある。

 あるいは、そう言った兵であると言うことをティツィアーノはじっくりと観察してきているのか。


「指揮官とは、誰よりも情が深く冷淡であり、誰よりも自分に酔いながら自身の決断を疑い、誰よりも利を分配し己の利益に強欲でなくてはならない」


 天幕の中で呟き、右の人差し指と親指をこすり合わせる。


 河川工事には、少々時間がかかった。だが、水かさは目に見えて減ってきている。敵兵にも焦りがあるのか、汚い言葉を投げかけてくる者達が増えて来た。


 だが、全体としての動きは無い。

 相も変わらず敵水軍が陣地の両端に攻撃を仕掛けてきているが、上陸してきていない以上こちらにも致命傷にはなり得ないのだ。


(何を待っているのでしょうか)


 季節が進めば、河川の工事もより容易になる。

 夏が来れば、家畜の多いティツィアーノ側が不利だ。

 籠城の基本は救援があること。果たして、救援は来るのか。


(それはこちらも同じですね)


 本国との軽いやり取りは何度か出来る程度にはなった。一方で、多量の物資を陸揚げできるだけの戦果は挙げられておらず、いまだに敵水軍は健在である。


 今はファリチェやパラティゾ、べルティーナにシニストラ、何よりもアルモニアがしっかりと半島をまとめ上げてくれているが、何時までもとは言い切れないのだ。


 アビィティロが慰撫したとは言え、ティツィアーノが残した分子も多く居る。彼らの蜂起への警戒をしなければならない以上、元老院もマシディリへの支援に全力は傾けられない。


(エリポスの編成待ち?)


 メガロバシラス、ドーリス、アフロポリネイオ。

 誰が盟主になるかは荒れるだろう。


 あるいは、カナロイアの政変待ちか。

 東方でもマルハイマナあたりに声を掛け、混乱を待つ気かもしれない。


「船でも作りますか?」

 アビィティロが片側の口角を上げる。

 マシディリも片側の口角を上げ、良いですね、と返した。背筋を伸ばし、重心も後ろへとやる。


「ゆっくり行ってよろしいかと思います。幸いなことに、水夫を陣から離すことには成功しました。こちらは軍団が健在であれば良いのです。そうすれば、ティツィアーノ様の威勢の良かった分、風当たりが強くなるかと思います」


「そうですね」


 アビィティロは、阿諛追従の輩では無い。

 だからこそ、自信が出てくる。


 翌日。パライナ隊が帰還する。敵の動きは無い。三日間警戒するが、未だに動きなし。ただし、毎日のように挑発してくる者達の重心は変わってきた。最初はしっかりと両足に平等にかけるように立ち、やや前のめりで叫んでいたのだが、今は片足に多くかけている。しかも時間が経てば気だるげに重心を代える始末だ。後ろからの野次も多い。投げ込まれるパンの味も少々変わってきた。


 辛いのは相手も同じ。


 だからこそ、マシディリも積極的に兵に声を掛け、占いを行い、都合の良い結果で以て神意を伝えていった。


「何と言うか、意外ですね」

 愛息が粥が出ているだけの食事の場で、ウェラテヌス邸の夕食時と変わらぬ声を出す。


 意外? と返したのは、ぐるぐると不満げに粥をかき混ぜていたアグニッシモだ。ちなみに、残りはマシディリとセアデラ、アルビタがいるだけである。


「叔父上はもっと「突撃したい!」とか「攻めようぜ!」って言うのだと思っていました」


「あのな」

 アグニッシモが粥をかき混ぜる手を止め、匙をラエテルに向けた。行儀が悪いよ、とマシディリが言えば、すぐに愛弟が粥に匙を戻し、両手を膝の上に置く。


「俺はこう見えても経験豊富で優秀な武人なの。我慢が必要な時は我慢するし、やって良い時はやるし、何より兄上に忠実な兄上の剣。見直した?」


「なるほど。父上が信頼するのも良く分かる気がします」


 にこにことラエテルが笑う。

 どこか誇らしげに、アグニッシモが鼻の下をさすった。セアデラはどこか冷めた目で粥をすすっている。


「たくさんの補助が無いと軍事行動を起こせないのに?」

 小さくセアデラが言う。

 アグニッシモが二人と同年代でも通じるような幼い表情で顔を動かした。


 が、すぐに真顔になる。

 真剣な顔だ。ふざけていたセアデラも兄の顔を見てか、表情が引き締まっている。


 すぐに、ほとんど無い足音。

「マシディリ様」

 レグラーレの声だ。


「我らのモノでは無い合図が打ちあがっています」

「方向は?」


 聞きながら立ち上がる。

 マシディリの前をアルビタが行き、場所を開けた。マシディリの後ろに続くのは大剣をひっ掴んだアグニッシモ。


「北東。ヴィルフェット様やフィロラード様の光でも無いと思われます」

「何の合図ですかね」


 強引に削り切った木の断面のような。

 そんなざらつきを覚えつつ。

 マシディリは、無理矢理唾液を分泌し、それを飲み下した。


 分かっている。良い知らせでは無い。大方、敗北だ。問題はどのような敗北か。勝負は時の運。故に、ヴィルフェットとフィロラードを送り込んでも負けることはあり得る。


 それでも、後方を取られることは無いと信じていた。

 同時に、後方を取られないための策も打つ必要もあった。


 伝令が駆け込んできたのは、二日後。

 事前に連絡路を整備し、人を用意していたがための速さだ。


「申し訳ございません。諸都市からの物資の提供を得るのに失敗いたしました」


 伝令が差し出してきたのは、何人もの手を使って届いた羊皮紙。

 受け取り、開きながら耳を傾ける。


「決戦により決定的な敗北を喫し、今や山中に通じる街道を守るのみとなっております。敵将は、ボダートとスキエンティ」


「第四軍団?」

 貴重な熟練兵を削ったのか、とマシディリは後方を、沈黙を続ける敵陣を見た。


 一気に、不気味に見えてくる。力量だけを評価すれば、ボダートとスキエンティはティツィアーノ側で五本の指に入るはずだ。ウェラテヌスを裏切ってついている以上、ティツィアーノへの忠誠心も高いはずである。


「戦況は、当初優勢だったと聞いていました」

 責めるつもりは無い。

 故に、声音には最大限の注意を払った。


「はい。幾つかの街道を狙い合った、ヴィルフェット様とマシディリ様の連絡路を遮断するためと思われる戦いでは全て勝利したのですが、それが罠にも本作戦にもなる戦いであったとお二人は分析されております。


 ですが、街道だけは踏破されないように守りを変えました。幸いにして種種の植物も芽吹き始め、川に水があり、籠る軍団だけであれば諸都市の援助なくともしばらくは持ちこたえられます。背後だけは突破させないと言う方針に、変更いたしました」


 羊皮紙の記録を見るに、よくやった、と言うしかないだろう。


 ボダートとスキエンティは基本的に兵を分散させていた。八十名一組、即ち百人隊長一人一人に軍権を分与し、同時多発的に出没しつつも交通の要所を狙っていたのだ。


 対して、二人も部隊を分けて対応。陽動にもなり得る作戦の全てに勝ちつつも、軍団全体の質で劣ることに気づき始めたのか。分散したままの戦いでは不利だと判断し、ほぼ全部隊を糾合して押し出した。


 そこで、会戦。


 勝利によって蝕まれたのもあったのだろうが、地の利も相手にある状況だ。陽動作戦に勝つために兵数の利を取り続けた結果、疲労した兵が多くなったのもあるかもしれない。


 いずれにせよ、ヴィルフェットとフィロラードが負け、ボダートとスキエンティが勝った。


「全ては私の責任です」

 はっきりと、言い切る。


「敵将を見誤ったのと軍団の質で上回れなかったのが敗因ですから。気になされないように。むしろ、絶対にやられてはいけない場所を見定め、踏みとどまってくれたことに感謝しています。ボダートとスキエンティと言うティツィアーノの両翼を以てしても最大の戦果では無く最低限の戦果しか挙げられなかったことは相手にとって痛手でしょう」


 力強く言葉を託しながら、二人に届ける手紙の作成にかかる。

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