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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1671/1735

動くのは。動かざるを得ないのは。

「さて」

 集まったのは、この場に残る全高官。


 アビィティロ。グロブス。マンティンディ。ウルティムス。アピス。ルカンダニエ。

 アグニッシモ。クーシフォス。コクウィウム。サッピトルム。

 エキュス。ルベルクス。バゲータ。

 リベラリス。ソリエンス。アルム。パライナ。


 以上の十七名に、マシディリの護衛としてアルビタ、特別にイーシグニスとレグラーレが並んでいる。


「ソリエンス。どれぐらい褒めればオグルノは裏切らなかったかな」


 全高官を集めるのは、それだけの大事であるから。

 全高官が持ち場から離れても問題ないのは、備えが為されているから。


 オグルノの離反による兵の動揺は、朝食が終わるころにはほとんど収まっていた。


「空飛ぶ猪、何たる怪奇。(しし)もおだてりゃりゃりゃりゃのりゃ!」


 ソリエンスが両の人差し指でアグニッシモを指すようにし、宙を連打した。

 激しい動きだ。しかし、すん、とすぐに腕が横に落ちる。


「ぐらいですかね」

「え? 何?」


 アグニッシモが重心を後ろに引く。

 ソリエンスが真顔のまま目を大きくした。


 困惑や呆れ、戸惑いで周囲の者が黙る中でマシディリは苦笑を浮かべる。


「これから君達が挙げる功を思えば、オグルノにそこまでの評価は与えられなかったかな」


 ね、と視線を向けた先はエキュス。

 上陸直後の暴走を自身の失態と捉えている高官は、少々大袈裟に頭を下げて来た。

 期待しているよ、と目だけで伝えつつ、慈愛の雰囲気になるようにも気を付ける。


「オグルノが欲していたのは部隊長としての監督権です。ティツィアーノ様が与えるにしろ与えないにしろ、扱いづらいことに変わりはありません」

 アビィティロが静かにかつ端的に締める。


「スィーパスと死んどきゃ居場所もあったろうに」

 次いで、アグニッシモが肘をついたような声を出す。


 誰に聞いても軍団の二番手と三番手はアビィティロとアグニッシモだ。マシディリも含め、三人の言葉は『今の高官を代えるつもりは無い』と言う信頼を示したモノ。軍団としての方針。


 アグニッシモにその意思があったかどうかは定かではないが、高官の心に芽生えたかもしれない些細な疑念を吹き飛ばすには十分な言葉である。


 さて、と再びマシディリは郎とした声を通した。


 立ち上がり、左手にヴィルフェットからの報告書を持つ。薄い木切れ一枚だ。そこに、重要な情報が記載されている。


「イパリオン騎兵と連絡が取れました。千の騎兵で、こちらに向かってきているらしいですね。率いているのはプリッタタヴ。頭目自らのお出ましのようですよ」


 おお、と感嘆の声を挙げたのはアグニッシモ。

 強い騎兵はアグニッシモの好物だ。敵地と化しているエリポスを横断してきたことも、アグニッシモの琴線に触れたようである。


「作戦の変更はありません。コクウィウムと第四軍団は予定通り北側の陣地を張りぼてから本物に変えてください。南方は、ルベルクス。あなたの隊が最前線を。バゲータが後方。エキュスは孤児院の者達を海側に配置しつつ、全体の監督を。


 イパリオン騎兵はこのまま北側に来てもらう予定です。


 超長距離投石機の存在はオグルノも知っています。海上からの攻撃に晒されている両端が張りぼてなのも知っているでしょう。だからこそ、こちらの陣地の強化をティツィアーノも望みません。オグルノをとどめておくためにも、使うためにも、黙ったままはできないでしょう。


 問題ありません。

 全ては、想定通りです」


 強調し、再度作戦の確認を行う。


 翌日にはソリエンスからの挑発も行われた。もちろん、オグルノに対して、だ。それから、マシディリ側にくすぶっている『寝返り予備軍』に対してのけん制でもある。

 だが、予想に反してティツィアーノ側からの大きな動きは無かった。


(激情家な一面はイパリオンとの大敗で制御できるようになったのは知っていましたが)


 両端の防御陣地への海上からの攻撃。

 ティツィアーノからの攻撃はそれにとどまっているのだ。目の前の敵陣からは一切の動きが無い。毎日のようにパンが投げ込まれてくるだけである。投げ込まれたパンはエリポス人捕虜に与えているが、毒が盛られていたことも無い。


(作戦を見抜かれましたか?)


 いや、オグルノは何も知らない。周りの者も、だ。


 マシディリとしても、陣の外で戦うことを是とし、陣で迎え撃つのを正として喧伝している。引き込む策は、あくまでも非常の手。採るべきでは無い最後の手段として考えさせているはずだ。


「さて。ラエテル。長期戦になると思うかい?」

 ぴく、と愛息が反応を示す。


「ならないと思います」

 発言ははっきりと。


「幾ら輸送を確保できていても、水は運べません。せっかくディティキを押さえていても、駐屯が長引けば民の心は離れてしまいます。それに、多くの人は短期的な結果を求め、歓迎し、長期的な計画には見向きもしてくれません。


 隻眼の伯父上は、父上と違って多くの者達の意見を聞きながら調整しないといけない立場にあります。父上ほど一人の決定では動かせません。


 それに、えと、カナロイアやマフソレイオが輸送船を襲撃して立場を向上させることも、隻眼の伯父上としては怖いのではないでしょうか」


「そうだね。その通りだよ、ラエテル」

 手を伸ばし、頭をわしゃわしゃと撫でる。

 手は大分真横だ。昔は下に伸ばしていたのに、もう背丈が追いつかれかけている。


「じゃあ、今後の展開はどうなると思う?」

「互いに戦局が動く機会を待っている状態だと思います」

 愛息の声は、先よりも半音程高かった。


「隻眼の伯父上も、結果的には敗北続きで昨年の喧伝は嘘だと思われかねません。籠城と成れば兵の士気も駄々下がりです。馬を始めとする家畜も多ければ、環境も最悪でしょう。


 ですが、こちらも食糧の欠乏が始まっています。大麦を始めとした家畜用の食糧であっても第三軍団や第四軍団は気にせず、むしろ草木より良いとして食すでしょうが、他の者達はそうではありません。伝記で目にするよりも、食事と言うのは文句が出るところだとも学びました」


 えっへん、と愛息が胸を張る。

 かわいらしい。

 思わず、わしゃり、ともう一度頭を撫でてしまった。


「えと、それから、カナロイアやマフソレイオの介入は二国の台頭と横暴を許すことになりかねません。エリポスを叩くことも目的としたこの戦役に於いて、それは父上にとって致命傷だと思いました。


 なので、長期戦にはなりません。

 オグルノの投降は隻眼の伯父上にとって動くべき決定機にならなかっただけです。


 ただ、じいじを考えれば待つだけだとも思えません。きっと、既に何かを打っているはずです」


(じいじ)

 どちらのことだろうか、と思う。


 普通に考えればエスピラのことだが、サジェッツァのことかも知れない。どちらでも、当て嵌まりそうだ。


「動こうか」

 小さく言って、山を見る。


 戦場の外周を覆っているのはマシディリ側の防御陣地だ。地形を活かして作れているのもマシディリ側。兵の数が少ないのも物資が少ないのもマシディリ側だ。


 即ち、ティツィアーノに比べて構造物としての陣地は硬いが一地点に割ける兵数は少ないのである。その中で先に仕掛けると言うことは、さらに兵力差をつけると言うことにもなる。


 だが、確実に削れているのはマシディリだ。


 此処は敵地。

 だと言うのに、戦場をディティキ周辺に限定した場合、戦法は守勢にならざるを得ない。


 だからこそ、主導権は必要だ。


「増水はしばらく続くけど、川の流れを変えよう。ティツィアーノ側に流れないようにね」


 無論、全部はできない。

 だから、一つずつ。少しずつ。相手を焦らせるために。相手を陣地から引きずり出すための手として。


 行軍速度と隊形変化、そして工兵としての力は父エスピラ以来の精鋭軍団に求める要素だ。

 当然、今の軍団にも求めている。


「リベラリス。パライナ」


 二人を呼び、動かす。

 ただし、工事が終わりかければパライナを先に返すように言い含め。


 諸都市からの徴発も兼ねているヴィルフェットとフィロラードからは、敵との対峙が始まったとの連絡が届き始めていた。

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