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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
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ディティキ士気高揚戦 Ⅱ

「約束を守ってくれて嬉しいですよ」

 懐かしい顔(パトロス)に届かない声を、懐かしい顔に対して続け。


 マシディリは、再び足を動かした。顔も険しくして、味方に声を飛ばす。褒めて、背を押し、時に獅子のように吼えて。


(高官の質は差が激しいですね)


 敵の中でも完璧な連携を見せているところもあれば、百人隊長と思わしき者達の勇気によって支えられているところもある。ただし、高官の数は多いのか、指揮が行き届いていない場所は無いようでもあった。


 アレッシア軍の最大の特徴は、誰が率いても一定の力を出せること。


 その仕組みを整えてきたのが父祖だ。マルテレス、エスピラ、イフェメラとその前提を崩すような者が相次ぎ、今も踏襲しているようなところは否めない。が、アレッシア軍団の本質は一定の力量が保証された軍団。サジェッツァの掲げるアレッシアの理想像としても大事だろう。


(場所によっては押し切れそうですが)


 全体的には優勢。

 その箇所、相手を見る限り、第四軍団は壁の中で待ち構えている可能性も高そうだ。あるいは、ある程度の部隊に分け、壁に対する攻勢を見て移動させるのか。


 仕掛けは、もちろんあると見ておくべきだろう。


(さて)

 しかし、せっかく作った防御壁が壊れれば、仕掛けで優勢に立つことはできても短期的な成果。長期的には不利になることもあり得る。陣の中に引き込む手があったとしても、使わないに越したことは無いのも事実。


 父の防御陣地群だって、破壊されても次の手があった。奪われた陣を利用する術も仕込んでいる。それでも奪われないことが最重要だったのだ。


 それは当然、ティツィアーノも同じ。


 マシディリ側が囲み切る前に敵陣に作られていた扉が開き、あるいは薄そうな壁が壊れ、騎兵が現れた。


 トーハ族騎兵も一部はいるだろうか。走り続けることの難しそうな馬も見えることから、多くはエリポスから集めた馬だろう。


 互いの防御壁の間の狭い空間。そこに、獣の臭いが満ちる。マシディリの鼻腔にも、過分なほどの臭いが漂ったようにも感じた。


 見せるための時間。あるいは、隊列を整えるための時間。

 その時間の後に、質の悪い敵騎兵が走り出す。


 騎兵の苦手とする者達は怯えの知らない統率のとれた重装歩兵だ。もちろん、マシディリ側の重装歩兵で当て嵌まる部隊は多い。


 とは言え、攻城戦の最中。

 場所としても広くはなく、盾も上に構えているところ。隊列正面も横の騎兵では無く壁上の敵。足場も悪い場所だ。


 敵の攻撃は、一定の成果を収め始める。


 少し遅れて、マシディリ側からも投石が始まった。馬の巨体にあたり、馬が崩れる。これまで戦ってきた遊牧騎馬民族やスィーパス達の騎兵とは大違いの脆さだ。一撃は簡単に馬を沈め、兵を落とし、馬の下敷きにする。あるいは止めを刺しに行こうとしたマシディリ側の兵を暴れる馬の巨体が押しのける。


 狭い一帯に並ぶ倒れた暴れ馬だ。

 とてもではないが、隊列を組み続けることはできない。

 敵もであるが、突撃のための連携を取ることも不可能。


 唯一の攻撃は、互いに防御陣地の奥からの攻撃となる。

 無論、攻めていたマシディリ側が多く攻撃を受ける形となってしまうのだ。


「撤退を。それから、敵が持ってきてくれた肉と皮も出来る限り回収しましょうか。今日は、少し豪勢なごちそうにしましょう」


 美味しい馬だとは思えないが、肉は肉だ。

 味気の無い食事に加わる大きな彩である。皮だって、あらゆるところで役に立つのだ。褒美に加工しても良い。


「パンも作り、酒もいつもより多めにお願いします。豪勢に行きましょう。少しでは無く、明らかに」


 戦いの後の褒美だ。

 頑張った兵には特に多く振舞う。マシディリ手ずから与えることもあった。


 その筆頭は、オグルノ。

 抜群の武勇を示した勇者に、最上の部位をあたえる。それもマシディリが切り分け、酒まで注ぐ形だ。


 誰よりも名誉を得たと言えるだろう。


 オグルノの評価が低いのは誰もが知っている。その理由もある程度の者が分かっていたはずだ。分からずとも、最後の最後で部隊を捨てて寝返った者の部下になりたいと言う者はほとんどいない。居たとして、オグルノについてきた者達だけだ。


 そんなオグルノでさえ評価されるのであれば、と言う期待が、軍団に満ちたのもしっかりと感じ取れる。


 ただし、事態は流動的。


「オグルノが寝返りました」

 兵が動揺する報告がもたらされたのは、激突から二日後。


「翌日では無いとは遅いですね」


 マシディリは静かにそう言い残した。兵たちの動揺は確かにある。しかし、第三軍団と第四軍団に動揺は無い。高官にも無い。


 そのことが、全体に余裕をもたらした。


 とは言え、多くの情報は流出したはずである。


 オグルノにほとんど情報を与えていないとはいえ、高官に登り詰めた実力者だ。自分で抜き取った情報も多く、マシディリ側の食糧事情はティツィアーノの知るところとなっただろう。高官の配置も軍団の規模もだ。



「最初から騎兵は捨て駒だったと強弁いたします」

 軍議の前に、マシディリの天幕にやってきたセアデラがそう言う。


「上陸前に倒せれば最善。でも、兄上ならば必ず突破してくる。

 上陸直後に叩くのが次善。でも、兄上ならば打ち破る策がある。


 そこまで来た時に、兄上が騎兵を補充しないまま続くと言うのは期待と言う砂上に立てた策にしかなりません。だから騎兵を減らす。平野で戦う利は無い。籠城で不利となる。だから、捨てる。


 兄上の戦い方を見ても、騎兵と言う分かりやすい死体が多いのを選びやすいとも思っていたと思います。


 事実として、兵の士気を上げるために兄上は敵の騎兵を減らしました。しかし、長期戦を仕掛けるのであれば騎兵を残さねばならなかったと思弁いたします。


 即ち、ティツィアーノは兵の士気を捨てて実利を取った、と言えるでしょう。


 そして、オグルノの裏切りでこちらの物資が足りていないと言う確信を得たと思います。


 こうなれば積極攻勢に出るか撤退をするのが常道の手。だからこそ、長期戦の構えを解くべきでは無いと熱弁させていただきます。


 実利を取った結果、ティツィアーノには「負けた」と言う結果が残り続けました。オグルノを引き抜いたとて、何だと言うのですか。戦場に残っているのは馬の死体です。


 オグルノの引き抜きを手柄とするのも、士気を上げるための行為。オグルノを高く用いるのはこれまでの実利方針に反する行い。作戦の揺れを示すだけに過ぎません。


 兄上。長期戦を提言いたします」



 物資が潤沢にあれば、と言う前提に基づく提案だ。

 即ち、セアデラもヴィルフェットやフィロラードの実力を高く評価しているのだろう。

 そうなのであれば、ラエテルが当主となった時にも無用な争いは生まなくて済みそうだ。


「私も、こちらから仕掛けるつもりは無いよ」


 意見に対しては肯定を。

 提言に関しては肯定も否定もせず。


 末弟と何度か言葉を交わしながら、ヴィルフェットやフィロラードからの手紙の内容を共有するかを考えた。


 セアデラは優秀である。口も堅い。

 だが、今は戦場の高揚感があるのか、こうした提言が増えて来た。


 提言は悪くない。どんどんして欲しい。しかしながら、マシディリの伝言のために前線に行って、そのまま暴れるのが常態化しているのは良くない兆候だ。


(とは言え)

 失態がある訳では無い。


 結論は共有しないことにしたが、低い評価からではなく、セアデラの行動からティツィアーノに見切られることを危惧しての結論だ。


「オグルノの裏切りは想定内、むしろ作戦の内だよ」


 ただし、これだけは伝える。

 裏切って欲しい訳では無かったが、元々裏切られることを前提で作戦をたてていた、と。そのような雰囲気をオグルノに悟られないために、一部の者にしか共有していなかったことも謝して。


「流石は兄上」


 拗ねちゃったかな。

 そう思えばこそ、ラエテルにセアデラの相手を頼み、軍議へと足を進める。

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