ディティキ士気高揚戦 Ⅰ
水夫への規律をゆるめる代わりに提供物資を減少する方法を練りつつも、そもそもの最悪の事態を避ける術も打たねばならない。
目下の課題は、敵別動隊。諸都市の守りか、諸都市への脅しか。その部隊を排除し、近隣都市からの支援を引き出すのだ。
ただし、第四軍団が目の前にいる以上、第三軍団は動かしたくはない。
ティツィアーノも第三軍団との対決を避けるような動きをしていたのは明らかだ。
ただ、マシディリの意図をくみ取り、今後の戦略に影響の無い範囲で多数の選択肢を持てる高官が別動隊の長でないといけないのも事実。
「ヴィルフェット、フィロラード。頼めるね?」
ヴィルフェットの監督兵数は千六百。
フィロラードは千二百。
兵数を見ても、十二分に対抗が可能だ。そして、二人ならば敵別動隊の実情を明らかにするとともに情報網の復活も近隣諸都市を足掛かりにした新たな調略も担当できる力がある。
「お任せください」
「任せてください!」
恭しくヴィルフェットが。
元気にフィロラードが言った。
包囲軍に於ける戦力の低下は否めない。ただ、第三軍団以外でと言えば、この二人しかないのも事実だ。
同時に、過剰だったかな、と思わなくもない。
「うーっす、マシディリさまぁっいだっ!」
ヴィルフェット・フィロラード両隊を送り出して数日。
不敬、とレグラーレに尻を蹴り上げられながらも川沿いに近づいてきたのはイーシグニスだ。
「擁護、できない」
アルビタも険しさと呆れを同居させた視線をイーシグニスに送っている。
「いや、でも情報自体は有用ですって」
尻を抑えながら、イーシグニスがひょこひょこと歩き続ける。
曰く、加えたばかりの兵団、遠征経験の浅い兵を中心に積極論が出ている、と。
イーシグニスは父も認めた優秀な内偵だ。各地の娼館を良く知っているのもあり、多くの兵とは打ち解けるのも早い。故に、情報が下りてくる。何を話しているのかも、増水した川の近くであれば聞き取られる可能性も低いのだ。
(名声を得るのも、長所ばかりではありませんね)
様々な遠征を成功に導いてきた物資補充能力。遠慮のない褒美。重要な決戦前の蜂蜜。
なるほど。飢えることの無い軍団であるとの物語を描かれるのも、致し方ない面はあったかもしれない。
が。
マシディリは、特に東方遠征に於いて苦しい越冬を強いられている。マルテレスとの戦いでも半島外に持ち出せる武器に制限があった。決して物資に満ち満ちた遠征を行ってきたわけでは無いのである。
ただし、ウェラテヌス神話を信じている者には言っても聞かないだろう。信じられている方が都合が良いと思っている者も少ないとは言い切れない。敵味方共に、だ
「雨の影響、ではありませんね」
増水した川を眺め続ける。
黒い水では無く、綺麗な水だ。上陸直後は降り続いていた雨も、その後はすっかりと止んでいる。だから、これは雪解け水だ。山から海へと流れ込む水である。
確かに、何万もの人と馬の食糧を運び続けることが現実的に可能かと言えば、かなり難しい。ディティキの港湾能力を考えても同じ結論になる。だが、水は尽きない。先に物資が尽きるのは、もしかしたら。
「こちらから、動かすしかない、ですかね」
「まあ、あまりにも抵抗をしないので割と洒落にならないことを口走っている者もいますので」
イーシグニスが遠慮がちに言った。
「相手の緩みを待っていたことにしていてください」
「はーい」
「不敬」
ぶん、と蹴りが空ぶった音がする。
ちょっと待って、と手を前に出し、尻を下げた情けない姿勢で助けを請うイーシグニスと、じりじりと蹴りを狙うレグラーレ。アルビタも、決殺の一撃を放たんとすり足で動き始めた。
「仕事に支障が無いようにね」
「ちょっ。マシディリ様っ。そこは止めるところでは?」
イーシグニスが叫ぶ。
またもや風切り音がした。
当たらなければ如何に致命的な音が鳴ろうともどうと言うことは無い。
(焦りか、否か)
馴染みの者達の悪ふざけを見ながら、指揮官としての思考も回転させる。
初志貫徹で籠り続けるのが正解か。いや、そもそもこの防御陣地はディティキと敵軍を切り離すために造り出したもの。今の役目が最初の目的では無い。
一気呵成に攻めるのが正解か。いや。そもそも相手の様子がほとんど分かっていない。探るのが大事だろう。
一致団結を呼びかけるのが重要か。いや、そもそも言葉だけで人が動くのなら、誰も苦労はしない。必要なのは行動だ。
でも、まずは言葉を先行させるのが、今できること。
「報酬は既に皆さんの家族にも配っています。ですが、このままでは恥と言うべき財。これを栄誉と変えるのは、皆さんの働き次第です」
家族のいない者にはウェラテヌスで保管していると言い、鼓舞を続け。
攻撃の意思を鮮明にし、マシディリは準備を進めさせた。
陣の活気も出てくる。留まり続けるよりは動けた方が兵の心も安らぐのだ。怒りに燃える者達もいるのだから、気炎が上がるのも当然のこと。
「是非、私に先陣を」
気配を感じ、隠して良かったと思いながらマシディリは声の主、オグルノに振り返った。
無論、物を隠した様子など微塵も見せず、堂々と、だ。
「そう言っていただけると嬉しい限りです。オグルノ。貴方の破壊力を期待していますよ」
肩を叩き、自慢のりんご酒を分け与え、さらに一言二言付け加える。
そうして、オグルノを送り返した。
ストゥルトゥースは、別の天幕の中。隠したままである。
(必要なのは、変化)
そして、いつもの小競り合い以外の敵兵を引っ張り出して状態を確認することと、敵の防備の弱いところを確認することだ。
ティツィアーノ側は、毎朝焼きたての綺麗なパンを投げ込んでくるのである。
マシディリ側の士気を下げるための行い。
数は多くは無いものの、余裕が全くない訳では無いと示すためでもあろう。味も悪くないとは毎朝受けている報告だ。
対して、マシディリ側はお粥を振舞うことも増えてきている。このままでは兵の士気は歴然だ。
「アビィティロ」
「変化は必要でしょう。打てる手として、良い手だと私も思います」
喧騒の中心にいながら喧騒から外れたような薄暗い天幕の中で、信頼する右腕が静かに言う。
マシディリは鼻の上に親指を置くような形で手を組み、目を閉じた。
四秒。
後、目を開ける。腕も下げた。
「行きましょう」
久方ぶりの攻勢。
それは、広範囲にわたる大規模攻勢であった。
互いに陣地と言う障害物を築いている上に南北に長い半円形となった場所での戦闘。当然、マシディリ一人で見切れるモノでは無い。だからこそ、高官の差が大きく出るはずだ。
その戦場で真っ先に飛び出したのはオグルノ。
獰猛な攻撃は、流石はマルテレス門下生と言うべきものだ。
盾を上に構え、攻撃を防ぎながら敵の逆茂木や杭をどかし、壁を鎚や丸太で殴る。野太い音は地面を揺らし、味方を鼓舞する太鼓ともなった。
対して、敵も壁に張り付く兵を増やしてくる。鎧は新しいとは言えない。だが、体格と著しく合っていない者も見受けられなかった。その者達が、勢い良く石を投げおろしてくる。マシディリ側の兵も盾を持っているが、頭に石が直撃する者も出て来た。
だが、よろめいてもすぐに兜を整えて動き出す。
木による緩衝材だ。
マシディリがオグルノに対して隠した秘密兵器でもある。
完全に威力を吸収する訳でも無く、近場で投石を喰らえば流石に昏倒しかねない程度の緩衝材だ。それでも、即座に作れる上に石の直撃を受けても立ち上がる兵と言う不気味さの演出にも繋がってくる。
(ここは動揺が少ないですね)
レグラーレやイーシグニスなど、各地に目となる者も放っているが、マシディリ自身も味方を鼓舞する体で動き回りながら敵を観察する。
動揺の大きいところ。少ないところ。
そして、敵の最前線に懐かしい顔を見つけ、思わず口が開いてしまった。
「パトロス」
第三軍団の十人隊長の一人。
アスピデアウスの被庇護者であるためにティツィアーノの下へ行った男。気合の漢、パトロス。
彼の指揮下ならば兵が動揺しないのも、納得であった。




