エスピラの弟子 Ⅰ
アレッシア軍を指揮している頭が前に出てくる。
これは奇策でも何でもない。王道の策では無いが、奇襲では無いのだ。
ティツィアーノはカッサリアの家に子を入れることにもなっていた。ティベルディードとも話している。即ち、ティツィアーノが孤児院についてある程度の情報を持っている可能性も高いのはマシディリも分かっていたはずだ。
加えて、エキュスの妻であるトリチェ・ナンクルス・テレンティエリはべルティーナの友達。ナンクルスはアスピデアウスとの繋がりもある家門。
エキュスの性格も、ティツィアーノは分かっているはずだ。
ティツィアーノが目の前にいると言う好機に対しても、マシディリのことを分かっていると考えている高官ほど暴走に対する歯止めが弱くなる。第三軍団程近ければ別だが、前衛を張る者達がそうでは無いとも予想は着くだろう。
「フィロラード様からの伝令です」
兵がまた駆け込んでくる。
「エキュス隊の突撃能力が高すぎて、敵陣の奥深くにあり既に分断の危機にありました。救出に向かってはおりますが、即時の撤退と防衛線の構築は非常に難しいとの事です」
話しの最中に、別の伝令、第三軍団につけていた伝令兵がやってきている。
「グロブス様より伝令です。ディティキからも兵が出てきました。こちらは、十分に対応可能です」
後ろ、ディティキと逆側から上がるのは、敵の来襲を告げる白い光。
マンティンディ隊がことに当たる位置であるため、突破される危険は低いだろう。
「グロブスは敵の抑えと防御陣地の構築を。マンティンディも同様に外側から来る敵に備えてください。アグニッシモはディティキから出てきた兵を追い返して。ルカンダニエ、アピスはマンティンディ側に移動。アビィティロは私の第三列も加え、マンティンディより東側に移動。やってくるであろう敵騎兵をまきびしを使って削り切るように」
停泊する船から物資を移動させるのは、第四軍団だけになってしまうが、致し方ない。
もうすぐ夜だ。
軍団の移動は不可能。物資も多くあれば重心を動かすこともできない。加えて、マシディリ側の兵の多くは此の地に不慣れ。敵は慣れる時間は幾らでもあっただろう。実際になれているかどうかは分からないが、視界が効かなくなればなるほど敵が有利になってしまう。
だからこそ、陣を設営して籠りたかった。
ただ、機動力に優れる敵はこちらを全方位から攻撃し続けるだろう。アグニッシモやクーシフォスを使えば撃退できても、戦線が広がる可能性の方が高い。
「第十一軍団に命令。戦線を広げず、味方の全面に壁を建築する勢いで防備を固めてください。
エキュス、バゲータ、ルベルクスは耐えるように。耐えながら、一歩ずつこちらに引いてください」
厳しい、とは、分かっている。
相手はティツィアーノ。きっと、第四軍団も傍にいるはずだ。
引きずり出す策はどんどん打ってくるし、実力にも差がある。第四軍団には第三軍団を当てるしかないことも分かっていた。
「ストゥルトゥース。まだ、待機。今は隠れているように。必ず貴方の活躍の機会も設けますよ」
スィーパス、もといストゥルトゥースが頭を下げ、布に覆われたまま引いていく。
使い捨ての中での最高戦力だが、今使うのは防衛に回り過ぎた結果だ。攻撃のために用意した伏兵を防御のために、味方を支える援軍として使わざるを得なくなるようなモノである。
尤も、ストゥルトゥースは攻撃のための戦力では無いのだが。
「雨、か」
ぐしょ、とした感触が足裏から伝わってくる。
兵の疲労は互いに大きくなるはずだ。
「アレッシアの盾が何のためにあるのか、今一度、神々と父祖にお示しください」
伝令を飛ばす。
兵の士気を維持するのに、今は感情よりも数字が欲しいのだ。
即ち、彼我の損害の差を引っ張り出したい。
フィロラードのみならずヴィルフェットも前線に向けたのだ。一番大事なのは陣地構築だと分かっているだろう。余計な損害を減らし、海戦での勝利を勝利として噛みしめられるような状態で被害を抑えるのが一番だと分かっているはずだ。
だから、必要なのは後方にいる第三軍団でどれだけ敵兵を削り切れるか。
おあつらえ向きに、敵騎兵は練度が低い。
勢いに乗っているところをまきびしの餌食にしながらゆっくりと退却して誘い、一気に叩き伏せる。その悲鳴は雨風がかき消し、他の部隊も嵌めることができるのだ。それに、馬の死体は人間の死体よりも大きい。
夜が深まるころには、一見すると被害はティツィアーノ側の方が大きくも見えた。
ディティキから出てきていた兵も撤退している。
ただし、難しいのは此処から。
敵の総数は不明。
その中でマシディリは兵を休ませながら防御陣地の構築も急かさねばならないのだ。同時に、褒美と罰もしっかりとせねばならない。
「セアデラ。詰問に行ってもらえるかい?」
「どこに?」
「アルカ・メサラのところに。できればメリモア・フルウィトもいるところが良いかな。今回の命令は何だったのか、と、どうして突撃をしたのか、と言ったところだね。事情を説明して欲しい、と。それから、クイリッタの名を出す時は気を付けるように先に言っておいてくれ。
君達の行動は、一つ間違えばクイリッタの名誉を貶める行動だったのだから、とね」
クイリッタを亜父と慕ってくれている者達でも関係は無い。
必要とあれば、アレッシアへの強制送還も考えている。
(こちらが一致団結している訳では無いことも露見してしまいましたしね)
マシディリが掌握しきっている訳では無いことは、ティツィアーノも良く分かっただろう。
狙い目が第十軍団であることも分かったはずだ。第十一軍団の実力もある程度把握されたかもしれない。
第三軍団は脅威だが、アレッシア軍は勝てない相手では無い。
そう言った演説になるか。
あるいは、倒れて行ったエリポス騎兵と優勢に事を運んだアレッシア重装歩兵を比べ、自分なら勝てると演説するのか。
上陸まではマシディリの勝ち。
しかし、ティツィアーノも欲しい情報を一気に手に入れることができた。マシディリの連れてきた遠征軍の陣容をあらかた把握できただろう。
(痛み分けですかね)
そう思えたのは、翌朝まで。
マシディリの想定以上に広げざるをえなかった陣に、再度の敵の攻撃が迫る。
敵騎兵自体は脅威では無いのだ。だが、数が数。応対するために兵も割かねばならない。ただでさえ多くは無い兵力を多方面に割き、防御力も想定以下しか完成していない。
即ち、全方面で兵力が薄くなる。
そこに現れたのが、再度の水軍。
その大軍がエリポスに停泊中のマシディリ側の艦隊に襲い掛かった。
抵抗は不可能だ。
敵はビユーディの方にも多くは無いが船を割いているのだろう。援軍が来ない中で、兵のほとんどが上陸した船団が勝てる道理は無い。
「海戦がやけにあっけなかったのはこういうことですか」
連絡の遮断。
物資の喪失。
ティツィアーノの狙いは、マシディリを上陸させた後の作戦か。アレッシアに負担を強いてマシディリの支持率を落とすことも狙いか。
「占いを行ってください。観天師も観望を。
アグニッシモ、クーシフォス、ウルティムス。敵を押し返し、空間を確保してください。
第三軍団を敵前面に出します。他の部隊は、死んでも陣の内側だけには敵兵を入れないように」
窮地に陥った軍団が逆転のために大会戦を望む。
それもまた、よく見る行動であった。




