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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1666/1727

戦略と兵質

 簡易的な陣地の作成。ぬかるむ地面の土を避けて少し掘り、応急的な屋根を作る。そこに、兵のみならず水夫も移動させ、船は浜辺で停泊。敵の襲撃も警戒し、水軍として残るビユーディらには近くの小島などにも退避してもらった。


「さて」


 被害状況の把握と、周囲の状況調査。並行して、物資集積地点でもあるディティキを狙う。船から荷物を揚げることも忘れてはならない。


 その指示を飛ばしながら、マシディリは愛息と末弟を呼び出した。


「まずは、ラエテル。さっきの戦いで何が分かった?」

「隻眼の伯父上は自分の味方の多くに功を与えるような作戦をたてていたようにも思えました。最初の熟練の水夫の突撃で勢いをつけて、残る混成軍で決定打を与えたかったのだと思います」


「どうしてそうしたかったんだい?」

「えと、隻眼の伯父上だけが勝つと不平不満が渦巻くから?」


「他には?」

「父上主導で戦いが進んでいました! 戦う前に勝敗が決まっていたように思えます!」

 元気にラエテルが言う。


「他には?」

 マシディリは、淡々と返した。

 ほか、とラエテルが言って、顔が下がる。ただ、迷う時間はさほどなかった。


「敵にも観天師がいたから、第四軍団とか使えそうな水軍戦力が乗っていなくて、でも、もしかしたらディティキ近くの観天師はあまりいないのかも? ディティキは、父上に心を寄せている? かも」


「他には?」

「他!?」


 ラエテルの手が歪な形で止まる。

 かわいらしい。

 そう思いながらも、表情に出さないように努めた。口角が少しばかり動いてしまったが、すぐに修正する。


「セアデラ。どうだい?」

「敵が仲間を呼びに行ったのなら、今頃海上封鎖が始まっているはずです。ですが、連絡はありません。ティツィアーノによるエリポス調略は、思うようには行っていないと推察しました」


 マシディリからも、エリポスが船を出し惜しんだ、とも見えたのだ。

 推察としては当然出てこなければならない意見である。


「他には?」

「ほか」

「他」


 ラエテル、セアデラと声が続く。

 口がすぐに動いたのは、セアデラ。


「その場にティツィアーノがいない可能性が高いのは当然ではありますが、同時にティツィアーノは簡単に負けを認めることのできない状況にあるとも推論します。だから、現場指揮官が作戦失敗と判断していたとしても撤退をさせることができなかった。


 これは偏に、サジェッツァ・アスピデアウスの志向する旧来然とした元老院の仕組みを活かそうとした所為だと強弁いたします。


 勝って従わせなければならない。

 でも、勝ち過ぎて嫉妬されてもいけない。


 だから負けると分かっても勝ちを目指して戦わせ続けなければならず、自分のいないところで水軍が負けても問題は無かった。


 同時にハフモニ戦争のサジェッツァのような立場でありつつも、より強固な、父上のような権力体制の集団を目指しているのだと、思弁します」


「そうだね」

 マシディリが肯定すれば、おお、とラエテルが声を挙げた。

 セアデラに惜しみない称賛の言葉を送っている。


「特殊な戦いだよ。ティツィアーノ様は勝てば勝つほど決定打を打ちにくくなる。動きが封じられる。一番強い状態は、今のような劣勢から。そこからなら、私の首を狙った作戦も実行に移せるだろうね。


 だから、特殊な戦いだよ。

 互いに目の前に全力を尽くし、負けないようにしつつも戦争全体での勝ち負けを調整していかないと。


 バーキリキ様もマールバラも、勝つことで自身の能力を証明してきたからね。彼らとて勝つことで味方に足を引っ張られることもあったけど、負けた方が悲惨だよ。だから、アレッシアも勝ち続けないといけなかった。中途半端でも、勝ちを証明することがアレッシアの優勢に働いたのさ。


 でも、今回は違う。

 こちらが中途半端に勝ち続ければ、敵も強くなる一方になる。

 戦争全体を睨みながらも目の前を睨み、兵の心を繋ぎ止めてエリポス諸国との外交も優位に進めないと。あるいは、勝つなら決定的な一撃を打つか。


 ふふ。

 特殊性で言えば、最初で最後の戦いかもね」



 今度は、もう口角を下げることができない。


「楽しいね」

 雨空に、警戒を告げるオーラが打ちあがる。

 早速お出ましのようだ。


「不謹慎だとは分かっているけど、高揚を抑えきれないよ」


 直後に、伝令が走ってくる。

 敵の大軍の来襲。中心は騎兵。過度に華美な装飾を施した馬や名馬駿馬とは言えない馬も混ざっているが、数の揃った騎兵がいると言う。


(なるほど)

 海を渡るのだ。

 マシディリが連れてこられる騎兵は多くは無い。

 アグニッシモ、クーシフォス、ウルティムス。その四千に満たない騎兵が全て。対して、敵は一万は超えると言う。


 上陸のための地形は、基本的に平地。

 馬がつかえるのも平地。


 自身の有利な地形で自身が有利な兵種を押し付けて勝つ。


 海で撃退できても良く、出来なくともティツィアーノ自らの補償が効くと言う作戦だ。しかも、防御が整わない内に快速で攻めてきて、こちらの動きを止めたところで順次敵重装歩兵が突撃してくる。


 完全な拘束。

 マシディリ側の前衛は野戦装備に変わっているが、ディティキに近づくにつれて攻城戦の用意を進めていた者達が多くなってくる。上陸時から攻城戦に向けて装備を変え、今また、装備は変えなければならない。加えて連戦。しかも多くの者にとって不慣れな海戦のあと。


(余裕を見せている暇はありませんが)

 一先ずはディティキを警戒しながら、だ。


 雨が続いていると言うことは地面もぬかるんでいる。戦いを継続し、地面を凸凹にすれば報告の聞く限り精鋭とは思えない敵騎兵は一気に不利になるはずだ。


 マシディリのその思考は、すぐに第三軍団に共有される。そこから、他の軍団にも。


 なるほど。ティツィアーノは、確かにマシディリの事を良く知っている。マシディリの遠征時に別動隊として長く動いてきたのだ。師匠もエスピラであり、それ以前から研究も重ねている。


 ただし、相手を理解していないと動けない、作戦をたてられないのはマシディリも同じこと。


 エスピラに師事し、基礎をクイリッタの軌跡から学んだティツィアーノへの推測は、マシディリにだって出来る。次善の手として騎兵を多く集めるのも。当然、その対策も。


 奇策と言うのは、正道を積み上げた上にしか効果を発揮しないのだから。


まきびし(トリビュラス)の準備を」


 元となった植物の種と、模した鉄の棘。四つの棘が別々の方向に突き出ており、先は返しがついている武器だ。今回は馬への対策だが、最大の効果はラクダ騎兵に対して発揮する。


 対マルハイマナ及び対マフソレイオまでを想定していた武器だ。

 今使えば、ズィミナソフィア四世にも情報が入ってしまうことは覚悟している。


「報告いたします!」

 泥を大きく跳ね上げながら、伝令兵が走ってきた。

 エキュスの隊の者だ。前衛を任せている部隊の一つである。


 マシディリは、思わず口内で自身の舌を噛んでしまった。

 間違いなく、良くない報告だ。


「クイリッタ様の孤児院の者達が、突撃を開始してしまいました」


 命令は防衛。

 まずは陣地の作成と物資の揚陸こそが最重要。

 故に、状況如何によっては命令違反となる行為だ。


「どの程度の、ですか?」

 伝令を寄こすほどだ。

 悪いのは分かっている。


「孤立しかねないほどの突撃であったため、エキュス様が部隊を陣の外に出しております。ルベルクス様、バゲータ様にも救援要請を出しました」

「すぐに引き戻すように。フィロラードを臨時の高官として派遣します。戦線を広げないでください」

「はっ」


 伝令がすぐには発たない。

 無論、マシディリの傍にいた伝令は、フィロラードや第十一軍団の者達の方へと走り出している。


「何か、伝え忘れてしまったことでもありますか?」

 責めていると思われないよう、マシディリはやわらかく問うた。

 伝令が、一歩、ずり、と膝を擦りながら前に出てくる。


「マシディリ様から「メリモア・フルウィトが暴走しないように気を付けてくれ」と言われ、シニストラ様から信任されて預けられたにも関わらず、「亜父の仇」と言って突撃を始めたメリモアらを止められず申し訳ございません、とエキュス様が仰せでした」


(亜父の仇)

 マレウスか。


 ぐ、と拳が強くなる。が、これでは怒りの表現だ。左手はペリースに隠すようにしながら、伝令の前にしゃがむことでその他の仕草も隠していく。


「起きたことをどう乗り越えるか。それこそが最も大事なことです。

 それに、マレウスが前に出てきてしまったのなら。クイリッタの仇を取るために努力してきた彼らを止めるのは、誰であっても難しかったことでしょう」


 いえ、と伝令が顔を上げる。


「前に出てきたのは、ティツィアーノ・アスピデアウスです。敵の最高軍事命令権保有者が、今、エキュス様の目の前にいるのです」


「なる、ほど」


 やられた。

 素直にそう思った。


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