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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
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勝利の女神に吉報を

「アウセレネさんを私に預けたのも私を守るためでしょう? そんな心配性なところも好きよ」

「べルティーナ」

「お義父様とお義母様の所に、人目を避けていくところも好き」

「それは、昼間はセアデラが行っているからで」

「弟思いの所も愛しているわ」


 好き、だの、愛している、だのと言った言葉は、マシディリも言うようにしているし、べルティーナからも何度も貰っている。

 だが、言われて感情が動かなくなることは無いのだ。

 当然のことながら、べルティーナほどの打ち手を前に心が乱されては取り返しのつかない一手を打ちかねないのである。


「結婚当初は私のことを疑っていた無礼なところも、今となっては笑い話ね」

「その節は」


 ただ、マシディリは直接べルティーナにそのようなことを言った覚えはない。態度に出した記憶も無い。

 が、伝わってしまったのなら、申し訳ない限りだ。


「私が二十一になるまで子供はやめておきましょうと言っていたのに、欲望に負けてしまうところも、人間らしくて良いと思うわ」


 べルティーナも盛り上がっていたじゃないか、とは、流石に言えない。

 何かしら、と言われても、言えないモノは言えないのだ。


「最近はラエテルと良く一緒にいるのは、ラエテルの実力だけだと言い切れるモノでも無いでしょう?」

 

 ため息を吐いた後で、愛妻の声が先の続きに戻る。

 真剣な目だ。その上で温かさが籠っている。


「まあ、完全に否定するつもりは無いよ」

「一昨日は泣いているカリアダに四苦八苦していたけれど、幸せだったのよね」

「ええ」

 完全休養日三日目の話である。


「フェリトゥナは私の方に良く来るけれど、愛情は変わらないのでしょう?」

「もちろん」


「ソルディアンナは勉強を放り出してあなたの所に行くし、ヘリアンテも放り出しはしないまでもあなたのとこに良く来るものね。リクレスも、よく質問しに行っているわ」

「そうですね」


「マシディリさんは兄弟仲も良いわよね。フィチリタさんやアグニッシモさんもそうだし、レピナさんも会う度にあなたのことを聞いてきているもの」

「ふふ。母上に少し似ていますね」


 父は怒るだろうか。それとも喜ぶだろうか。


 多分、後者だろう。

 父は母が誰かに似ていると言われるのを酷く嫌っていた。それこそ、メルアの母親であるアプロウォーネと似ていると言う言葉ですら嫌がっていたと聞いているのである。


 でも、我が子なら別だ。


 そう確信している。


「炎の予言は、もう公然の秘密よ」

「ええ。ですが、私にはべルティーナがいます」

「そうよ。あなたには私がいる」


 堂々とべルティーナが言い切った。


「アスピデアウスの娘として、ウェテリの尊称を戴く者として相応しくないことは知っているわ。でも、私はマシディリさんの無事の帰還を一番に望んでいる。子供達もマシディリさんのことが好きで、マシディリさんも子供達が好きで、私もあなたといたいもの。


 ええ。死に行く兵のことは何も考えていない傲慢な言葉よ。でも、私はそれでもマシディリさんが無事に帰ってくることを望んでいるわ。


 マシディリ・ウェラテヌスの妻として相応しくない言葉だから決して他の人には言わないけれど、この願いを持つ覚悟はもうできている。


 だから、マシディリさんも恨みに呑み込まれないで。

 何かあったら必ず思い出して。マレウスを前にしても。どう処罰しても良いわ。好きになさい。ただ、その後までは波及させないで。


 マシディリさん。

 あなたは、アレッシアを引っ張らねばならない人よ。

 応援される人でないといけないの。


 批判だってたくさん受けるわ。嫌な言葉の方が耳に届くのも当然よ。でも、応援されているからこそ、私達は、私達に至るまでの父祖は歩いてこられたの。


 だから、私も、マシディリさんがまた私のところに帰ってきてくれることだけを祈っているけど、そんなことは言わないわ。でも、必ず勝って。


 良いわね」



 強く。


 つよく。


 言い切った愛妻に、ええ、と短く返す。

 約束です、と小指も結んだ。


 そのままの調子で浮かせた腰は、それから、と言った愛妻の口で中途半端に止まる。


「締まらないわね」

「だね」


 互いに、笑みがこぼれた。


 最初の夜もそうだった。

 何となく、どこかかみ合わない。でも、これ以上ないほどに得難い伴侶だと互いに想い合っている。


「ラエテルには、緊急的なことだったから誰も貴方が次期当主になることに文句を言わなかっただけだから、黙らせる結果を出しなさい、って。つい言っちゃったわ。あの子が変なことをしないように見守ってもくれないかしら」


 これもアスピデアウスの娘としてもウェテリの尊称を戴く者としても貴族の母としても正しくないのは分かっているのだけど、とべルティーナが顔を下げる。


「珍しく弱気ですね」


 小さく、揶揄うように笑う。

 愛妻の顔がすぐにあがった。頬は真っ赤である。


「だって、私だって初めてなのよ!」


 息子を送り出すのも、あるいは、兄と夫が戦うのも、か。


 不安は、良く分かる。

 だからこそ、マシディリは微笑みを深くした。


 ゆっくりと愛妻の顔に手を伸ばす。


 美しい顎に触れ、愛妻に意思を伝え、そのまま顔を近づけた。


 一瞬の口づけに。

 一生分の想いを込めて。

 いや、これ以上の想いを必ず伝えると。


「ふふ」

 微笑む勝利の女神に、必ずや吉報を、と。

 マシディリは、固く誓ったのであった。

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