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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
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ティポウル・デ・ムダン貫徹戦 Ⅱ

 風は体感温度を余計に下げる。

 濡れている体ならばなおさらだ。被庇護者と言うマシディリの目からは、敵右翼からの遠距離攻撃が目に見えて減っていると言う報告が届いている。中央はさほど変わりないが、左翼の波も、攻撃が弱い時が増えてきた。


「第一列、第二列、交代」

 マシディリの命令が光となり空に打ちあがる。


 一部の兵を残し、第一列がゆっくりと後退を始めた。焦らす動きだ。当たらない攻撃ならば控えたいと思うのが物資を考える上官の考え。動きたい、攻撃しておきたいと思うのが、兵の心。


 敵に生まれた溝を大きいままにしつつ、動き回っていた敵兵を寒風にしっかりと当てる。そのための動きだ。


 味方側第二列。

 中央ユンバは、敵の攻撃を受け止める役だ。積極攻勢には転じない。

 されど、右翼ソリエンスはこの軍団に於いて、酷い言い方をすれば最も損耗しても問題ない兵。左翼ヒブリットはアグニッシモやクーシフォスを除けば最も攻撃に長けた高官。


 交代とは即ち、本格攻勢開始の合図だ。


 喊声が上がる。

 走れる重装歩兵が一気に駆けだした。涎を滴らせる獰猛な刃である。


 当然、敵も経験を積んできている者達だ。再び石や弓による攻撃が強くなってきている。投げ槍も持ち出してきた。だが、マシディリ側の下士官達は投げ槍を距離の問題では無く「武器が尽きてきた」と咆哮し、兵を叱咤している。


 アレッシア式の投げ槍を盾で受け止めた兵が、盾を放棄して身軽になった。


 盾は誇り。ただし、一番槍は名誉。自身を守るために味方を煩わせるのは愚者の行い。味方を守れぬ兵は臆病者。アレッシアの漢とは、身を隠さぬほどに勇敢なのだ。


 故に、一人、また一人と盾を投げ捨てざるを得なかった者達が先頭を駆け出す。止まれば死。引くこともできない。前にしか行けない死兵。だからこそ、多少の傷では怯みもしない。


 ついに、一人が敵兵に斬りかかった。

 敵がその兵を囲もうとすれば、次々と身軽になった味方が飛び込んでいく。勇猛な彼らに敵兵が気を取られている内に、隊列を維持したままのアレッシア軍団が敵最前列に到着する。


 全体で見れば一進一退の攻防だ。

 部分的に見れば、左翼のヒブリット隊が最も押している。


 中央は戦列を押し上げ始めた段階。イエネーオスがどちらかに振れば一気に突き破るための睨み合いの時間。


 右翼は勢いこそあったものの、弾き返されつつあった。

 敵左翼はスィーパスが指揮している。つまり、精兵の可能性が高いのだ。一方でソリエンスの兵は数に劣り質も高いとは言い難い。


 即ち、想定内。


「パライナ」

 打ちあがった光に、応じる光が右前方から打ちあがる。


 回り道。

 兵が歩けば歩くほど、地面がぬかるむのなら、後退先は斜めにずらせば良い。そうしてずらした後で前進し、敵の前方側面を突くように出るのだ。


 続けて、中央第一列であるコパガ隊にゆるやかな前進を開始させる。


(スィーパスの粘りは脅威)


 古くは父が行ったフラシ遠征の時から見えている。


 マシディリも実感した。

 スィーパスは戦場で何度も見ているのに、未だに生きているのも事実。


 だがそれは、指揮官としての才では無い。


 彼の武勇と気質に依る防御。あの粘りはスィーパスが粘るためのモノ。全体としては、良い状況にない時にのみ起こりうる事象だ。


 無論、良い状況とならないのは、粘られている側にとっても同じこと。


「クーシフォス隊は準備を開始してください。

 ユンバ隊は前進。コパガをこのまま敵左翼方面へと押し出し、ヴィルフェットが前進して中央の厚みを維持。ポタティエをヒブリットの後ろに展開。スペンレセはやや中央へ」

 攻撃の起点は、やはりアグニッシモ。


「大将より伝令!」

 思いと同じくして、愛弟の悪友が駆け込んできた。


「トーハ族が動き出しました。思いっきり左! そのまんま前へ行きそうでした」


 軍団では動きづらい森林地帯を通っての敵側面への強襲。

 マシディリが通そうとした作戦と酷似した道だ。戦わずとも良いとは伝えていたが、自身の証明のために動いたのであろう。


(目は、やはり良いですね)

 流石は遊牧騎馬民族。

 政治的な不慣れも、むしろマシディリが補助することが出来ると言う利点になる。


(あの男をトーハ族の頭領に据えておきたいですね)


 従属まで行かない方が良い。

 イパリオンと遠隔で睨み合いつつ、互いにアレッシアの本格的な介入を望まない程度の諍いで。睨み合い続けて欲しいモノだ。


「アグニッシモは後方待機で頼むよ。トーハ族がやられた時の攻撃や、イエネーオスが戦列を突破してきた時に側面を貫いてほしいからね。私が願う通りにそれができるのは、いち早く気づけるアグニッシモしかいないと信じているよ」


「必ずや伝えて参ります。大将も、馬から転げ落ちるほど喜ぶでしょう」

「落ちては欲しくないね」

「ああ、いや、その、もののたとえでしてー」


 苦笑しつつ、行って良いよ、と手で伝える。

 アグニッシモの悪友は、慌てて馬に乗り戻っていった。


(さて)

 戦局は優勢。


 敵右翼からの突撃は、ヒブリットが誘い込んだ場所にしっかりと打ち込まれているらしい。あえての弱点を作り、そこを突かせ、想定外の一撃を防ぐ。アゲラータにも一定の力があるからこその策だ。そして、後ろに控えるポタティエを信頼しているからこその用兵でもある。


 中央は損耗少なくユンバ隊が張り付いていた。

 敵の拘束を主軸とし、イエネーオスの前に敵味方相乱れる壁を作り上げている。


 最大の争点となるのは、味方右翼であり敵左翼。


 ソリエンスが正面から攻撃を行っているが、崩され気味だ。ただし、マシディリからの評価が下がるモノでは無い。プラントゥム遠征でソリエンスの貢献が大きかったのは事実なのだ。今は兵の質も高いとは言えず、数も少ない。だが、もしも質が良ければどうなるのか。それをエリポス遠征で確かめたいと言う気持ちがある。戦略の理解とオピーマに一貫する勇猛さは持ち合わせているので、能力としても十分だ。


 そして、そのソリエンスを援助すべく動いているのがパライナ。今回の戦役では誰にでもわかる目立った功こそ無かったものの、常に集団が動くには不便な山や森でしっかりと部隊をまとめ上げてきた。能力と戦術眼も認めている。今回も、スィーパスの部隊を制限しているのだ。


 ユンバ隊が前に張り付いたことで出来た空間を利用し、中央から突き刺すように動いたのはコパガ。投石では無く、重装歩兵を繰り出して敵軍を圧迫している。スィーパスも騎兵突撃があるからこそ、その助走距離を潰しているような戦い方だ。


(どう来ますかね)


 中央にいるであろう精兵は、多くをミーラ・デ・ソリカリアで討ち取っている。第七軍団の中では最も守りに優れているともいえるユンバを押し出して左翼と挟むことは至難の業だ。


 敵右翼のアゲラータはヒブリットの読み通りの突撃をさせられている。失敗続きの突撃による疲弊は確実に敵兵を蝕み、これまでの失敗も頭に過るはずだ。

 姿の見えないオグルノは、しかし、前に出てきたとてまだポタティエとスペンレセがいる。


(撤退。あるいは)

 敵最右翼あるいは最左翼からの最後の精兵の投入。

 全てを囮にして、行けるところまで槍で貫く戦術ならば、あるいは。


 敵陣から、青い光が上がる。

 見たことのある間隔で、長短で、繰り返された。


「撤退の合図ですね」

 無論、これまで通りの合図をスィーパスが使用し続けているのなら、だ。


「右翼第三列も前へ。スィーパスを確実にティポウル・デ・ムダンに押し込みましょう」


 合図を変えている可能性もある。マシディリの動きを呼んでいる可能性も否定できるモノでは無い。

 だが、マシディリ自身も前に出れば、いずれにせよ対応は可能。


 兵にしっかりと体を動かさせ、まずは早足で、体が温まったと判断すれば、今度は駆け足で部隊を前進させる。


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