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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1646/1729

ティポウル・デ・ムダン貫徹戦 Ⅰ

 敵は動かず。

 されども、簡易的な陣もほとんど築かずに野戦の構えを解いていなかった。


 敵右翼、アゲラータとオグルノ。フラシ騎兵も備えている。

 敵中央、イエネーオス。

 敵左翼、スィーパス。


 これまでとは違う配置だ。一方で、狙いも明確。右翼と言う鎚による破壊と左翼のスィーパスと言う金床。


 そうだと決めきれないのは、スィーパスが金床で満足するような男だとは思っていないため。左翼にいるのも怪しい。これまでも中央で指揮することはあったし、マルテレスが良く指揮を執っていたのは右翼だ。


 ただ、右翼にイエネーオスを起用しなかったことが、良く知っているスィーパスと同じだとも思えてくる。行き場を失った賊徒兵が中央に多く配置されているのも、如何にもスィーパスだ。


 対して、野戦のためにも行軍が必要なアレッシア軍はしばらくの間、横に長くなる。故に、この時点で整列を完了させるのだ。


 右翼第一列パライナ。中央第一列にコパガ。左翼第一列にポタティエ。

 右翼第二列ソリエンス。中央第二列ユンバ。左翼第二列にヒブリット。

 右翼第三列マシディリ。中央第三列ヴィルフェット。左翼第三列スペンレセ。


 この内、ソリエンスとヴィルフェットは定数以下の部隊だ。ただ、右翼後方にはクーシフォスを配置している。アグニッシモは左翼後方。敵フラシ騎兵に対する最大の手札として相手の動きを見ながら位置を変える予定だ。その権限は、アグニッシモに一任している。


 いや、正確に言うと全体指揮官はマシディリであるが、左翼指揮官はアグニッシモと言う形。マシディリにもしもがあったら、そのままアグニッシモが全体指揮官と成る。


「正直に言いましょう。私は、この戦いに乗り気ではありません」


 陣容発表後に発したのは、ともすれば士気を下げる言葉。

 されど、此処にいるのは選りすぐりの者達だ。その先にある意図にも、考えを巡らせてくれている。


「アレッシアに帰るまでの期限は残りわずか。此処で戦い、長引いては不利益となります。確かにスィーパスを討ち取れれば大成功と言えるのでしょうが、確証はありません。


 ティポウル・デ・ムダンにスィーパスを閉じ込め、枯らしていけば良いだけの状況なのです。エリポスでの戦いを考えれば此処で兵を損なうことは避けねばならず、第七軍団には最悪援軍が来ない中でプラントゥムとフロン・ティリドを押さえ続けてもらえねばなりません。


 この戦いは、不利益だ。

 されど、戦わねば今冬の戦いの全てが無意味と化してしまいかねない一戦。


 故に、最も厳しい戦いだと思ってください。


 損害は少なく。

 狙うは快勝。

 数の利を活かしつつも、数だけで勝つことは無い。


 気を引き締めろ。

 エリポスへの一歩は、ティツィアーノへの攻略は既に始まっている。


 私は必ず勝つ!

 アレッシアを、父上が見た夢を、クイリッタが邁進した目標を。この手に収めるために。


 築き上げるのは未来だ。

 輝かしい未来を。


 私と、皆さんで!」



 右手を上に。

 高官の表情がより一層引き締まった。


「アレッシアに、栄光を!」

「祖国に、永遠の繁栄を!」


 ペリースを整え、神牛の革手袋をはめなおして外に出る。


 エリポスの調略は、うまく行っていない。

 正確に言えば、シニストラの詩作外交は巻き返しの一手だ。それ以前、影響力のある五つの国の内、マシディリ側とみられていた国々の動向が足を引っ張っている。メガロバシラスがティツィアーノに着き、ジャンドゥールが中立のような姿勢を取り、カナロイアは内部分裂。


 これでは、他の国への調略も進みにくい。


 もっけの幸いは、ティツィアーノ側にも議場で殺したことに対する負い目があり、自身が正当であると主張しきれない思いがあることだ。加えて、悠長である。


 故に、彼らの軍事行動は一番目の月に正式な就任を行ってから。

 そこから散るとしてもマシディリの味方が落ちるまでの猶予はある。そして、味方とはディティキ、トラペザ、アントンを除くエリポスにあるアレッシア直轄地だ。


 逆に言えば、マシディリの上陸地点でもあるエリポス西岸にあるそれらの都市が最初の攻防戦。ティツィアーノ側もエリポス西側に兵を割かねばならず、東端のビュザノンテンへの警戒も怠れない。よって、時間は、さらに生まれることになる。


 ファニーチェ・ベエモット。ヴィアターノ・リロウス。


 マシディリは、最初期の第四軍団、スピリッテ・セルクラウスと共に戦った要人をビュザノンテンに送り込み、スペランツァの軍団の作戦遂行能力を高めた。老将を送り込む意図は、何よりも雄弁にスペランツァに戦略を伝えてくれるはずだ。


 ラエテルとリクレスにもこの人事に関する手紙を送り、意図を読み取れているかを問うことも忘れない。リクレスは少し早いかもとは思うが、成人しているウェラテヌスの男全員がエリポスに渡るのだ。いざと言う時には、リクレスが率いてもらわねば困る。


「全軍、準備が整いました」

 レグラーレが言う。

 マシディリは手紙に印を押すとそれを別の被庇護者に預けた。


「私に、君達が有能であることを見せてくれ」

 尊大な一言を第七軍団に与える。


 精鋭たれ。

 第三軍団に代われ。

 双璧を為せ。


 その考えのもとに創設された軍団には、その一言で十分であった。


 既に整列している敵は動かず。こちらの整列の間も沈黙を保ったまま。足場の悪い湿地帯を無事に踏破出来たのは利点だが、行動距離はこちらの方が長く。


(沈黙を不気味と取るか、怯えと取るか、ですね)


 理解ができないからこそ、人は恐怖を覚える。

 全貌が見えないからこそ、想像が入り込む。


 これまで積極攻撃を誇っていたスィーパスの沈黙は、ともすれば足を竦ませかねない動きだ。だが、第七軍団に迷いはない。適度に相手を見下し、心の余裕を確保した上で顎を引いている。


 右翼第一列パライナ。いざと言う時は、さらに右にある丘に入り、そこで集団戦闘に持ち込めば有利となる。


 中央第一列コパガ。投石攻撃なら、お手の物。敵が高所にいるとはいえ、ほぼ同時に攻撃を仕掛けられるのだ。そして、ほぼ同時は敵にとって動揺を与える場所となる。


 左翼第一列ポタティエ。敵が高所に居ようとどうしようと、盾を構えて一歩ずつ重装歩兵を押し出すだけ。野太い声は常に味方を鼓舞し続ける強力な武器。むしろ、今まで通りアゲラータやオグルノに突撃される方が嫌だったまである。


「ふう」

 息一つ。

 ついに敵が動き出した。


 攻撃の多くは投石。次いで、弓が少々。フラシの者による弓だろうか。

 少し遅れて、中央コパガ隊からも投石が始まる。


 中央は大激戦だ。

 イエネーオスが指揮しているだけあってか、攻撃が絶え間ない。一方で敵両翼は攻撃に波がある。強い時と弱い時。その差は、アレッシア軍の前進を確実なモノにしていた。


 そして、両翼に強大な壁が完成する。


「特別軽装歩兵隊、浸透開始」


 合図とともに、軽装の者達が声を挙げ、荷台を押し始めた。

 乗っているのは雪玉だ。濡れた布を丸めた物もある。


 これらの作業の基本は、捕虜や事前の示し合わせの無い投降部族に行わせた。

 この雪玉を投げるのも、マシディリと共に戦ってきた兵では無い。降兵が中心だ。これらを投石具で投げれば、布は大丈夫だが雪玉は壊れてしまうことが多い。故に、手で投げる。手で投げるために敵に近づき、被弾も増える。投げ続ければ手もかじかみ、満足に動かなくなってしまう。


 だからこそ、アレッシア人は使わない。

 味方は使えない。


 だが、着弾から水分を飛び散らせるこれらの攻撃は、盾や柵で防いでも敵兵を濡らすのには役立つのだ。守る側が受ける精神的な負担に加え、冷えると言う意識が強烈にあるからこそ動き続けることを強要する策。これまでの意識づけも効いて、敵が過剰に警戒する遠距離攻撃。


 移動距離による疲弊を敵の精神の疲弊で埋め、動きが止まる恐怖を敵に与えつつマシディリ側には撤退と入れ替えの選択肢も残すことで寒さへの対策ともする。


 これが、数の利だ。


 動き続けた敵は汗もかく。止まれば余計に冷える。代える時間や温まる時間は無い。マシディリ側には作り出すことができる。それでも温まり切らない者は、軽装歩兵。彼らはそもそも投擲が終われば戦闘も終わる者達。


 戦局への影響は、ほとんど無い。


「アレッシアがアレッシア人で軍団を構成する意図を理解しないと駄目ですよ」


 この言葉が、投げた先の男に届くことも、無い。


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