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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1644/1731

忠誠の価値観

「ご安心を。サビナの処罰に関しては、法を先に置いています。


 感情言えば、私も親の端くれ。家門やアレッシアを守るためではなく自分を守るためだけに子を自分の良いように扱ったことに憤りを覚えていますし、べルティーナを侮辱したことにも、フィチリタやチアーラに感謝の言葉一つ無かったことにも憤りを覚えています。


 ですが、彼女を殺す根拠には乏しいのが実情です」



 ただし、私情を完全に放置すれば組織が瓦解するのも知っている。仇討ちは求められていること。果たしてくれると言う信頼も必要であり、黙ったままだと弱腰だと見なされる。


 だからこそ、私情と公的な利益を結び付けられる者が求められているのだ。


「スィーパスを含め、その処刑こそをオピーマは忠誠の証としてアレッシアに捧げるつもりでおります。全ては、アレッシアのために。そして家門を守るために」


 クーシフォスがはっきりと言った。

 マシディリは、口角を上げる。


「サビナ。貴方はスィーパスの死後も、スィーパスの妻としてあり続けるように」


 これにて裁決は閉廷。

 何よりもしみじみと感じるのは、当初では考えられなかったクーシフォスの成長だ。


 父親に似て武人の道を進むとばかり思っていたが、政治的な能力が予想外に高い。

 以前にも感じていたことだが、今ではより深くに染み入ってくる。


(同情が法に先んじてはいけない、ね)


 兄上だからついてきた。兄弟と雖も同じでは無い。兄弟と言う関係性だけで見るのは、クイリッタにも失礼だ。


 なるほど。その通りだ。

 そして、妻に対して、酷いことをしてしまったな、と。マシディリはそう思う。


 ティツィアーノへの態度は明らかに同情であり、妻や義兄を始めとする者達への遠慮だ。侮辱とも言えたかもしれない。それでも許し、背を押してくれた妻の何と大きく頼もしいことか。


 クーシフォスもただの武人では無い。

 知っていたはずなのに、ソリエンスが止めた時にどう思ったのか。ソリエンスが良かれと思ったのは、クーシフォスの能力をどこかで低く見ていたからでは無いのか。


 高官が去っていった小屋で、大きく息を吐く。



「元から助命を狙ったクーシフォスとサビナ、ソリエンスの茶番ではありませんか?」

 扉を締めながら、スペンレセが言った。


 小屋に残っているのはマシディリとアルビタ、アグニッシモ。そして、スペンレセだけである。


「多分違うよ」

「マシディリ様」

「そう信じたいじゃないですか」


 抱いているのは確信だ。

 失礼しました、とスペンレセの方から衣擦れの音がする。


「私は、見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞いていなかったようです」


 尤も、スペンレセもクーシフォスとソリエンスの有能さを認めている男。だからソリエンスの弁護には入っていたのだ。


「気にしないでください。私も父上も、ウェラテヌスへの忠誠が最も高い伝令部隊出身者は誰かと問われればスペンレセと即答しますから」


 信頼していますよ、と告げる。

 西方の安定を任せられるのはスペンレセと第七軍団がいるからこそなのです、と。


「何はともあれ、スィーパスが籠城しにくくなったのは事実でしょう、それでもなおティポウル・デ・ムダンに籠るようであれば、じっくり締め上げてください」


 現地部族の相次ぐ降伏に、関係は良好では無かったとはいえ妻の裏切り。

 籠ったところで内側から扉が開くことをスィーパスは意識せざるを得ないはずなのだ。


「かしこまりました」

 スペンレセも、そのことは理解している。


「マシディリ様も、エリポスに連れて行く者を遠慮なく選定してください」

 そうだね、と小さく言う。


「ひとまず、スィーパスとの戦いに決着がつかなかった場合は、カリハリアスとかアリスメノディオをこっちに送る予定だよ。ルスフリもかな。高官は、決めかねているけどね」


 カリハリアスはオプティマの三男でありヘルニウスの現当主。アリスメノディオはイフェメラの長男でありイロリウスの現当主。


 どちらもプラントゥムに縁深い者の子であり、高官になるには若く実績も不足している者だ。ルスフリ・タルキウスを含め、これからに期待の枠であり、スペンレセが手綱を握ることを期待しての人選でもある。


「お気遣いいただきありがとうございます」

「代わりにがっつり連れて行くけどね」


 息一つ。


「ヴィルフェット、フィロラードは一緒にエリポスに渡るよ。シニストラ様も半島には帰ってきてもらおうかな」


「お三方は元々グランディ・ロッホ奪還のためにやってきた方です」

 まだ遠慮されているのでは、と言うことだろう。


「トーハ族も連れて行くと言うか、使ってみるよ」

「お気を付けください」

「向こうは向こうでティツィアーノに着いた者達がいるからね。そちらをけん制する意図もあるよ。もちろん、トーハ族も政争をするためにと言う側面はあるけどね」


 アスプレナスとは既に何度か対話を重ねている。

 その中で、トーハ族調略の手ごたえも掴みつつあるのは事実だ。


「リベラリスと、パライナも連れて行って良い?」

「どうぞ。元の軍団としての区分を考えても、お二人はそちら側であるべきでしょう」


 他にはよろしいのですか? とスペンレセが言ってくる。

 マシディリは口を閉じ、目を動かしながらスペンレセを再び見た。やや大きく開き、一緒に視線を動かすように目を合わせ、おどけながら僅かに顎を引く。


「ソリエンスも良い?」

 ささやくような声量で。


「どうぞ」

 スペンレセはいつも通り。


「アルムとビユーディも」

 続けて、囁く。


「それは必要でしょう」

 スペンレセははっきりと。


「悪いね」

「第七軍団とカンペドールら現地の勢力で十分だとマシディリ様が判断されたのなら、意気に感じることはあれども不快に思うことなど微塵もありません」


「頼もしいよ」


 座ったまま、つま先立ちと踵立ちを繰り返すように足を数度動かす。頬も緩めた。


「ハフモニにいるスクトゥム様、フラシにいるサッレーネ様とも協力し、プラントゥムの安定統治の礎を築き上げておきます。ただ、一つだけ要望を出すとすれば、カリハリアス様はこちらに送っていただいてもよろしいでしょうか?」


「すぐにでも手筈を整えます」


 マシディリと元老院を結ぶ中継機関はプラントゥム方面にも用意してある。


 しかも、西方の軍団と、では無い。マシディリと、だ。名目上は西方の軍団とであっても、スペンレセが今後も連絡を取るのはマシディリと。元老院とでは無い。情報のやり取りに余計な時間はかかってしまうが、スペンレセを含む第七軍団に対して絶対の信頼があるからこそ戦後の体制への布石を優先したのである。


「それから、マシディリ様」

 スペンレセが片膝を着く。


「私達伝令部隊出身者にとって最大の裏切り者であるボダートとスキエンティを必ずや討ち果たさんことを、心よりお祈りいたします」


 今後を考えれば、必要なことだ。


 ウェラテヌスで勉強した者達がウェラテヌスを裏切るのは許さない。それは、父エスピラも言っていた方針なのだから。此処で許すことは、法の前に情を置くことに他ならない。


 私情を通すために公的な利益を計算し持ってくるのも大事なことだが、こればかりはどうしようもないのだ。


「アビィティロも他の皆も、裏切り者は自分達の手でと考えているよ」


 本当は、アビィティロが最も裏切り者の処罰を低順位につけているのだが。

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