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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1643/1733

家門と兄弟

(助けて?)

 サビナの声を繰り返しながら、マシディリも視線を冷たくした。


「それは、誰を?」

 声も冷たく。

 サビナの手の震えが、酷くなった。だが、相手になどしない。



「サビナ。貴方は子のためと言いました。愛していると伝えたいと。だから生きて来たと。


 違いますよね。


 子のためだけを思うなら、ウェラテヌスに逃げ込むことができたはずではありませんか? 

 クーシフォスとルカンダニエもこちら側に居ました。貴方の義母も味方です。でも、しなかった。そして、今、クーシフォスとの子を盾にしてこちらに降る言い訳を通そうとし、スィーパスとの子を盾にして帰参が遅れた言い訳を通そうとした。


 どちらも自分の子と言いながら、何故優劣をつけたのですか? しかも、親が守らねばならない赤子を捨て置いて。


 サビナ。貴方の罪はその一点だ。


 故に、今の子が五歳となるまでアレッシアへの入国を禁止します。子供達との手紙のやり取りは認めますが、こちらが検閲することも絶対とし、破った場合は子供達を反乱に巻き込もうとしたと判断させてもらいます。


 それから、五歳、と言うのは長距離の移動ができるまでの時間を考えての条件なので緩和の可能性は残しましょう。


 そして、スィーパスの妻であり続けるように。

 家門の結婚なのでしょう? 誰も離縁を進めませんよ。政治的にはどちらも抹殺をした方が良いのですが、まあ、仕方がないでしょう。そのまま生き続けてください」


 どうして、とサビナの口が震えた。

 すぐに視線が険しく変わる。き、と睨みつけたのは、義弟。ソリエンス。


「この男だって裏切り者ではありませんか。私と何も違いません。なのに、この男は重用しているのは、上に立つ者としておかしな行いではありませんか」


「面白い! 満点!」

 ソリエンスが声を張り、拍手を始めた。

 大きな音だ。ただし、誰も続かない。しらー、とソリエンスを見るだけ。異母兄であるクーシフォスでさえ、眉を険しくするだけだった。


 ソリエンスも、拍手を少しずつ間延びさせていきながら、周囲を見て、ゆっくりと手を下ろしていっている。


「ソリエンスは徹頭徹尾私の味方。スィーパスの味方だったことなど微塵もありませんよ」

 ソリエンスを売り渡しても許されそうな空気の中で、マシディリは穏やかに笑った。


「でも、だって」

 小さくサビナが言う。

 ついに見つけたと言わんばかりに、サビナの喉が開いた。


「スィーパスに勝つための策を授けたのはこの男よ。戦いはこいつの所為。私は、仰られる通り象徴だったのかもしれませんが、直接的なことは何もしていません。ですが、この男は、まさにマシディリ様の手を煩わせて冬場の戦闘へと持ち込んだ張本人です。これが裁かれないのは、納得がいきません。おかしいです。誰も、皆、納得しないと思います」


 皆? とソリエンスが顔を動かした。目を少々丸くし、おどけた顔である。皆、と落ち着いた声でアグニッシモが追随するように周囲を見回した。


 当然、誰もサビナには同調しない。


「お言葉ですが、勝てると思ったから戦いが起きているのです」


 ソリエンスを制するように、スペンレセが口を開く。

 一歩前に出て、サビナに正中線を向けていた。


「五万を集めたのがバーキリキ・テランならマシディリ様は来られませんでした。スィーパス・オピーマだったから来たのです。そして、手元にいる兵が一万ならスィーパスは戦おうとはしなかった。五万だから戦おうとした。それだけのことですよ」


「そうよ。ソリエンスが変なことを言わなければ、屈服で済んだはずじゃない」


「うるさいなあ」

 サビナの言葉を叩き伏せたのはアグニッシモ。


 なおもサビナの前に立ち続けていたスペンレセも、アグニッシモの言葉を受けて列に戻っていった。当のサビナは、アグニッシモの言葉に肩を震わせた後に身を小さくしている。


「昔からさ、さも自分は言いたいことを我慢できます見たいな面して、その実べらべらと。

 俺だってスィーパスみたいな兄がいたら、そいつの味方になるつもりはなんか無いよ。そいつに従っても勝てる気もしなければ楽しくも無い。


 俺は、『兄上だから』忠誠を誓っている。兄貴だから話を聞いている。リングアのやろーも、まあ、すごい奴だとは思うけど、アイツには従いたくない。兄弟だからって一緒くたにすんなよ。


 屈服屈服言うけどよ、気弱な振りして周りに担がせていたのはどこのどいつだ。そいつが何もせずに屈服する? 馬鹿馬鹿しい。そいつが屈服したところで周りはしねえよ」


 がしがし、と愛弟が足で地面を掘って。


「ソリエンスの行動を家門的に言うのなら、スィーパスと言う兄の後ろ盾よりも兄上と言う実力者の後ろ盾の方が強いからこちらについたってことだ。納得したろ? お前の行動が正当なら、ソリエンスの行動も正当だ。誰が兄上に逆らえるって? え?」


 ため息も視線も送らない。

 ただ、やり過ぎは止めるように、とスペンレセに対して小さく手で合図を出した。


「表返りに過ぎぬのだ、雑魚め」

 スペンレセの前に、ソリエンスの声。いつも通りであり、アグニッシモの口を閉ざすのに十分な声である。


 ただし、そのソリエンスの前にも止めるようにクーシフォスの手が出てきていた。


「マシディリ様」

 そのクーシフォスの低い声が、割って入る。


「お心遣いはありがたいのですが、同情が法に先んじてはいけないと思います。アレッシアには法がある。ならば、法が優先されるべきでしょう」


 事実、戦功を立てた息子を軍令違反だからとして処罰した父の話はアレッシア人ならば誰しも知っているのだ。


 だからこそ、マシディリはゆるく頷いた。

 それでもクーシフォスは止まらない。


「気遣いは不要です。クイリッタ様はアレッシアに尽くし、国に殉じました。

 一方で、父上もプノパリアを始めとする弟達もアレッシアに害をもたらしたので討たれています。

 同じではありません。同じ扱いをするのは、クイリッタ様への侮辱です」


(クイリッタ)


 ぐ、と手を握りしめる。


 クーシフォスがなおも噛みついたのは、元妻の処遇やソリエンスだけでは無いだろう。


 これまでもがあって、だ。


 アグニッシモにスィーパスを殺させないようにしていると見えたからこそであり、だからこそクーシフォスはサビナを処刑しようとしたのかもしれない。ソリエンスの放言も、止めたい可能性もある。特別扱いを避けるためと言う話もあるか。


 マシディリは、目を閉じ、大きく息を吐いた。


「正直、特別扱いに足るだけの気づきを、クーシフォス、貴方をきっかけに得られましたよ」


 目を開けながら、穏やかに言う。

 そして、表情を引き締めた。

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