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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1641/1734

振るわれた剣か

 今はもう雪は降っていない。

 しかし、空は重く、暗い。寒暖差によるものか、大気も白くなっていた。


 風が収まってから二日。同じ行軍距離なら明日にはティポウル・デ・ムダンに着く場所。ジレンナにマシディリと第七軍団は腰を落ち着かせている。


 確かに、ディグ・ナラダスでは風がしのげるのだ。廃墟の街であっても、元は大勢の人が住んでいた場所。故に建物は多い。


 が、そこに居ては戦えない。


 マシディリはフィロラードにディグ・ナラダスの簡易復興、物資集積地としての機能は果たせるようにと申しつけると、全軍を糾合しながら西進を開始したのである。


(多いな)

 思いながら、アレッシア語交じりの報告書に目を通す。


 正確には、アレッシア語で書こうとして現地の言葉やハフモニ語も混ざってしまった報告書だ。マシディリやアグニッシモにしか読めない文章であるため、ひとまずは良しとしているが、此処も将来アレッシア語のみに変えるつもりである。


 では、何故、言語が混ざっている報告書ばかりなのか。

 本人の技量の話では無い。どうしてそのような者が報告書を書いているのか。


 理由は一言で済む。

 スィーパス側についていた現地部族がマシディリ側の現地部族を通して降伏を願い出ているから。


 取次ぎは主にカンペドールを始めとするソリエンスが引き抜いた者達である。

 そのソリエンスは「いぇい」と言ってマシディリに誇った顔をしたあと、どこかにでかけていった。


「ほぼ潰れた感じ?」

 時折、マシディリが贈った大剣の柄を握りながらアグニッシモが言う。


「そうだね。流石に賊に関しては即座に処刑させてもらうけど」


 この遠征は、確かにスィーパスとの戦いだ。マシディリもグランディ・ロッホの奪還やテラノイズの征伐を理由として押し出していたし、スィーパスに対しても攻勢を強めているのを否定していない。


 だからこそ、現地の民を思った行動も素直に受け止められるのだ。


 これがいきなり現地の者の生活を、などと言っても、連れてきているのは軍団。結局土地が荒らしているのだから文句ばかり出ただろう。

 だが、これまでは現地の者よりもアレッシアの益をと考えていた者が、現地部族の処刑理由を盗賊になっていたからなどにすれば少しだけ好意的にみられやすくもなると言うモノだ。


(統治は考えないと)

 シニストラの属州総督府案には、オプティマの反逆時に反対した者だけではなく、オプティマに付き従い、再度降伏してきた者の起用も含まれていた。シニストラ自身、テラノイズの副官を自身の部隊に入れたいとも願い出てきている。


 どれも、必要なことだ。

 ただし、属州総督府の長官を誰にするかは決めかねている。

 故に、現地住民のことも考えていると言う姿勢は示しておいて損は無い。


「夜分に失礼いたします」

 簡易小屋の外から声がする。


 天幕では無いのは、スペンレセが強力に主張したからだ。マシディリ様に万が一があっては困るので、特別扱いをするべきだ、と。


「クーシフォス様、ソリエンス様より、高官の招集と処罰の決定をしていただきたいと嘆願が来ております」


「処罰?」

「喧嘩でもした?」

 マシディリが手を止めれば、アグニッシモも立ち上がる。


「いえ。サビナ様についてです」


 アグニッシモの顔が勢いよくマシディリの方へやってきた。

 サビナ。それは、クーシフォスの前妻と同じ名である。スィーパスの現妻と同じ名だ。


「高官の招集と当人の招集を認めます。レグラーレ。経緯は?」


 アグニッシモに頷き、部屋の片づけを頼んだ。

 マシディリも身の回りは行うが、基本は会話。


「クーシフォス様の下にサビナ様が現れ、降伏する旨と身の安全を保障することをマシディリ様に取り次ぐようにと言って来たそうです。ところが、クーシフォス様は拒否。処刑に動き出したところでソリエンス様が止めに入った、と。マシディリ様の指示を仰ぐべきだと申されたそうです」


「なるほど」


 どちらの気持ちも分かる。


 ソリエンスは利用価値の観点から物を言っているのだろう。あるいは、処刑してしまうことで与える負の影響か。


 一方でクーシフォスは忠誠心を示すために果断な決断を下さねばと思ってしまったかもしれない。下手な助命嘆願はオピーマの多くを、自身や家族だけではなく被庇護者をも危険にさらす可能性が高いとしての判断だ。フィチリタへの影響も考えてのことであろう。


 どちらも悪くない。

 強いて言うのなら、ソリエンスに対して「よくやった」、クーシフォスに対して「妹を大事に思ってくれていて嬉しいよ」と言いたいぐらいか。


 そうしている間にも、高官が即座に集まってきた。


 スペンレセ、ヒブリット、コパガ、ユンバ、ポタティエ。

 ヴィルフェット、リベラリス、パライナ。アルム、ビユーディ。


 忘れてはいけないのが、クーシフォスとソリエンス。兵に連れられて、サビナ。


 サビナの髪はぼさぼさだった。だが、洗えば綺麗に切りそろえられていそうな髪である。服も汚れ、足は真っ赤だ。肌も少し荒れている。


 真っ先に口を開いたのはクーシフォス。

 前妻にも目を向けず、滔滔と口を動かしている。


「私と離縁した後はスィーパスの下に嫁ぎ、反乱軍の後継者が誰であるのかを明確にしました。これらは間違いなくサビナがマルテレス・オピーマの反乱の中心にいた証です。長引いたのもこの婚姻があればこそ。彼女がスィーパスに嫁ぎさえしなければ、あるいはアレッシアを離れなければスィーパスは此処まで頭領として動けたでしょうか。


 間違いなく、彼女も反乱の中心人物。

 スィーパス・オピーマの政治的な権威の象徴であれば、処刑するのが筋だと思います」


 そして、はっきりと言い切った。

 前妻は口を開かない。瞬き少なく、どこかを真っ直ぐに見つめていた。唇は固く締められているだろうか。両膝を着いたまま表情を険しくしている。


「ソリエンス」

 声を、クーシフォスの異母弟に振る。

 ソリエンスは異母兄を見た後、義姉をちらりと見て、マシディリに視線を持ってきた。


「闘争は長く逃走は遅い。処刑が妥当では?」


 サビナの目が見開かれる。

 いや、ポタティエの目もだ。コパガの口は丸くなっているし、アルムとパライナも顔をソリエンスの方へと動かしている。


 サビナの手は、小さく震え始めていた。


「止めたのにかい?」

 マシディリは、努めておだやかに口にする。サビナの震えは変わらず。痛んでいるように見える髪も、小さく揺れていた。


「殺すなとは言ってません。マシディリ様の判断を仰ぐべきだと言っただけ。死が妥当、これは本当。担当は異母兄上ではありません」


(妥当ですかね)

 目を、サビナへ。

 彼女の目は小さく左右を行き来している。


 無言を貫いているのは賢い選択だ。その点では悪い人では無い。何より、子には親が必要だ。フィチリタの立場が危うくなるのは分かっているが、フィチリタも子供達が母親を失うのを良くは思わない。むしろ、胸を痛め涙を流すのが愛妹の人柄だ。


「マシディリ様」

 一歩前に足を出したのはヴィルフェット。


「市井で、物を取るために人を殺した男が居たとします。

 物盗りは男の罪。では、人殺しはどちらの罪でしょうか。

 人を斬った剣が悪いのか、振った者が悪いのか」


 マシディリ様、から話は始まっているが、ヴィルフェットの声の矢印は高官達にも向いている。


「私は、剣が罪に問われた話は聞いたことがございません。

 同じでしょう。

 彼女は、家門の命令でクーシフォス様と離縁し、家門の命令でスィーパスに嫁いだ。そこに彼女の意思はありません。いわば、振るわれた剣なのです」


 その通りです、とか細い女性の声が部屋に零れ落ちた。

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