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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1640/1734

 まずは手紙に軽く目を通す。

 その間に、マシディリの目は何度か止まった。正確には、同じ場所を何度か読み返した。


 その間は、誰も何も言わない。


 指は冷たくなるし腕も冷えてくるが、それでも誰も体を動かして温めることもしなかったようだ。


「人よりも道によって支援物資が制限されるそうだね。それでも、最大量は用意してくれたよ」


 記録にある道では無く、これまでの気候と戦闘による影響を加味したシニストラの算段である。

 正直、この時点でマシディリは既に驚いていた。


「それから、ティポウル・デ・ムダンについても、時間制限がある中で攻め込むべきではありません、てね。船団の整備あるいは川のせき止めを行って彼の都市の占拠が交通の障害となる問題に対処し、持久戦を仕掛けるのが良いと言っているよ。カンペドールについても調べていたみたいで、彼を使ってプラントゥムの新統治体制を進めて行けばスィーパスの方が干上がる。属州総督府も再び、と言うのは、父上への忠義心からかな」


 代案のある拒否に加え、アレッシアの状況やウェラテヌス父子の心にも配慮した提言だ。


 とても、良い。

 正直、驚きが勝るほどに。


 父の護衛、個人的な信頼を最も勝ち得ていた人。その評価とは違う側面の、そして、自身の見る目すら疑うほどの高い能力。属州総督府の中での人員も幾人か思い当たる節があると言う一文も、配慮と代案としての形をとることの中間地点を見極めた言葉かもしれない。


「詩作による外交も言ってきてくれているよ」


 だから、これへの返事も是。


 思い返せばそうなのだ。

 シニストラは、エスピラの不得手を補うように詩作を行い、アレッシアの認識を改めさせていた人物。その伝手、下地は今こそ大いに役立つとも言えるだろう。


 特に、母国語では無いエリポス語での詩も高い評価を受けていたのだから、血筋を元に第四軍団に近づいた者達の動きを弱める、あるいは分裂を促すことはたやすい。


「アグニッシモ」

「はい」


 びくり、とアグニッシモが背筋をただした。

 フィロラードに話が行くものとばかり思っていて油断していたのだろうか。


「半島に戻り次第、シニストラ様を手伝って詩作の外交に励んでもらえるかい?」

「俺が?」

 アグニッシモが自身を指さした。


「最初にエリポスに連れていける人には限りがあるからね。シニストラ様にも来ていただきたいけど、半島の抑えと守りも必要だから。詩に於いてはシニストラ様の弟子であり、アレッシアに於いて貴種であるアグニッシモが現地交渉の適任だと思ってね」


「がんばる」

「頼んだよ」

 とは言え、ユリアンナとスペランツァの方針も今一度確認する必要はある。


 二人とも大きな指針はマシディリが立てたモノに従い、二人が展開する方針もマシディリに報告は来ているが時間は経っているのだ。加えて、マシディリが手にするエリポスの情報はどうしても大きく遅れてしまっている。


(ただ)

 ウェラテヌス内部の立ち位置整理も進めていく必要があるか、とマシディリは腕を組む。


 今までは内政にクイリッタがいて、エリポスにはユリアンナがいた。アグニッシモは懐刀として置いておきつつ実績を積ませ、もしもがあった時に新当主の強力な後ろ盾になってもらうつもりでいたのである。スペランツァはセルクラウスと言う強力な家門の繋ぎ役。リングアもティバリウスの確保。


 ただ、リングアの場合はカリヨの力の方が大きいだろう。


 当主のリングアにティバリウスの血は流れていない。リングアを支える実質的な支配者であるカリヨもウェラテヌスの者。ティバリウスの血筋である証明となるルーチェもウェラテヌスの血が半分流れている。


 これほど乗っ取られたと言う言葉が似あう家門も無いはずだ。


 自身が有力者として居住していたディファ・マルティーマも、今やウェラテヌスの土地。無論、こちらに関しては最早半島第二の都市の立場を確立し、第一の都市だと言う者もいるほどの発展を遂げているのであれば、住民からの文句は少ないのだ。その状況を作ったのは、紛れもなくエスピラである。


「何か、問題でもありましたか?」

 フィロラードがおずおずと聞いてくる。

 確かに振る舞いは良くないな、と自省し、マシディリは腕を解いた。


「いや、別件だよ。将来的にティツィアーノに渡る可能性もあったとはいえ、カッサリアと言う家門を失った訳だからね。アスピデアウスの強力な味方で、ウェラテヌスに鞍替えさせられたあの家門は独特の立場だったな、と思ってさ」


 幸い、サジェッツァの子息は養女も含めて五人中四人が半島にいて、長女を除く三人がマシディリへの協力を表明している。いや、積極的な協力の表明だ。べルティーナとリリアントは第三軍団のいないアレッシアで。パラティゾはその第三軍団と共に。


 そこを考慮して、アスピデアウスの内紛の色も濃くして行けばカッサリアの喪失自体は穴埋めが叶うか。


「フィロラード。シニストラ様からの物資の受け入れ準備を。父上の手紙の形式に似ているから、多分、やりやすいよ」


 フィロラードはシニストラの子だ。

 不要な言葉だったな、とは思いつつも手紙を渡し、防寒具で少々きぶくれしている義弟を見送る。


 いなくなったかの確認は、いつもより慎重に。

 そして、息を吐く。


「フィロラードには言えませんが、シニストラ様がこれだけの事を為されるとは、意外でした」


 グライオの死。アルモニアの療養。トリンクイタの追放。

 これらの時にシニストラを元老院の高官として内政に従事させていれば、クイリッタは今も生きていられたのだろうか。


「そうですか?」

 スペンレセが、言う。

 同時に、生真面目でありつつ少しだけ綻んだ顔もやってきた。


「ですが、意外だと思われたのなら良い発見をされたのだと思います。エスピラ様も人の長所を探し、適所に配置するのが上手だと多くの方に思われておりますし、そのことは事実です。しかしながら、挑戦の回数も非常に多かった方であるのも、私達は忘れてはなりません。


 以後の起用を避けた挑戦としての有名どころは、アルモニア様の別動隊指揮官としての起用であり、リャトリーチ様の弁舌家としての起用でしょう。無論、他にもたくさんの挑戦をさせ、人を試しております。


 多くの方はエスピラ様を神格化されておりますが、エスピラ様は決して先が読めていた訳ではありません。それ以上に多くの試行を重ねていた方。


 私が尊敬しているのは、エスピラ様のその汗であります」



 神妙に言い切ったスペンレセが、「あ」と声を出した。背筋も再び真っ直ぐに伸びる。


「無論、適所だと思われる場所への配置も非常に重要なことです。


 ポタティエに馬に乗れと言っても馬が潰れ、ポタティエが戦場に転がるだけ。コパガに交渉に行けと言っても有力者を怒らせてしまいかねません。ユンバに一騎討ちにいかせれば優秀な交渉役を失い、ヒブリットに重装騎兵の装備を着こむことを共用すれば士気が落ちるでしょう。


 人の才能を決めつけずに用いるのは非常に勇気のいることですが、大事なこと。

 同じかそれ以上に、適材適所も大事です。臆病では無く堅実であり、旗下に「この方は私のことを理解してくださっている」と思ってもらえる良い配置です。


 かくいう私も、ベロルスのことに積極介入する訳にはいかず、もっぱら妻に取次ぎを頼んでいるような状況でして。私が思うことと、ベロルスがこれまで大事にしていたこと。それを妻に橋渡しをしてもらい、何とかベロルスの当主としての務めを果たしているだけ。


 ただ、妻を戦場や裁判所に立たせたいと思ったことは一度もありませんし、試すことも無いでしょう」


 非常に少ない息継ぎでスペンレセが言い切った。

 アグニッシモがぽかり、と口を開く。

「必死だね」


「アグニッシモ様」

 困ります、とでも言いたげに、スペンレセが眉を波打たせた。

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