ミーラ・デ・ソリカリアの戦い Ⅳ
此処が戦場の中心と言わんばかりに、血だらけ泥だらけの男が槍を振り回す。
周囲には、人だかり。全員がアレッシア兵。
絶望的な状況だ。だが、降伏勧告は意味をなさない。
「はーい。遠巻きにしとめてくださーい」
ゆるいコパガの声。
緩くない投石の一撃。
ふらめく敵。
すぐには近づかず、第七軍団の兵が投石を続けた。完全に動きが止まる前に盾で槍を弾き、誰かが剣で止めを刺す。
決死の殺し合いから、数の暴力へ。
戦場は既に姿を変えていた。
各所で作られているのは包囲の円。中心にいるのはイエネーオスの兵。殿として最後まで踏ん張る彼らを、犠牲無く仕留めて行っているのはコパガとユンバ。兵の保護と治療に奔走しているのがスペンレセ。逃げたイエネーオスの追撃はヒブリットが行っていた。
ポタティエは、自陣の守りである。
「私に無くて、イエネーオスにあるモノ、か」
死体の山を見る。
マシディリより若い者はほとんどいない。そして、イエネーオスが撤退を決断したであろう後も攻撃を続けた者達だ。攻撃を続けることでマシディリの手元にいた者達による追撃を避け、第七軍団の攻撃から逃げる術を失った者達である。
命を失うと分かっていたのに、前進をやめなかった者達だ。
「違うよ」
力強い声は、愛弟の声。
「俺だって兄上のために死ねるもん」
頬を緩ませる。
少しだけひきつるのは、許してほしい。そして文句は、クイリッタに言って欲しい。
「マシディリ様にあって、イエネーオスにもあったモノでしょう」
勝利の立役者、フィロラードも続いた。
そうそう、それそれ、とアグニッシモが言う。それそれそれそれ、と謎の調子で盛り上げながらソリエンスが後ろで忙しなく動いて行った。
「マシディリ様」
スペンレセが小走りでやってくる。
伝令を使っても良いのだが、足が届く範囲に居れば基本的にマシディリに直接報告しにやってくるのだ。
「お湯の用意を進めたいと思います」
お湯は、手足を温める最良の手段だ。
火にあたるよりも確実に温まる。難点は、冷える可能性も高いこと。
「布は?」
故に、布と風よけの場所が必要にもなるのだ。
「今しがたポタティエが不審船を捕らえたそうで。フラシのサッレーネがドザモザに布を送り始めたそうです。不審船は、マシディリ様がどこにいるかを探るための船。間違ってもスィーパスに渡してはいけないと、ポタティエが中々信頼されなかったと言っておりました」
「サッレーネ様が」
息を、吐く。
素直にありがたい支援だ。そして、政治的な意図ももちろんある。
第一項目として挙げるであろうことは、フラシはアレッシアの味方であると言う釈明だ。
先のフラシ騎兵のスィーパス合流はあくまでも一部の兵の暴走。本当の理由か嘘の理由か、マシディリを助けるためにプラントゥム南端に兵を入れた時に脱走した、と言う話もあるかもしれない。
本音として大事なのは、マフソレイオへのけん制。
プラントゥム南端、内陸港ドザモザに川で繋がっている南西部の港街を占拠できたのは冬だから。マフソレイオの進軍が止まっている今しか軍事行動が起こせなかったのかもしれない。布は、その余りか。
いずれにせよ、王族の者を奉じて近づいてくるマフソレイオは警戒対象。フラシもマシディリと親しいと見せつつ、いざとなればマシディリに敵対してマフソレイオとも敵対することも視野に入れていた可能性はある。
「こちらが、ポタティエから今しがた届いた手紙になります」
マシディリの思考中にスペンレセが伝令を呼び寄せていた。
渡された手紙は不完全ながらも封がされている。開けてはいないのだろう。
開き、まずは最後を確認する。署名はサッレーネ夫妻の連名。それから、印の一つに、スクトゥム・ネルウスの物も見つける。
(随分と賭けましたね)
サッレーネが裏切る可能性も零では無く、警戒もしていただろうに。
ただ、ネルウスの当主として、ハフモニ・フラシ方面を任せられたアレッシア人としての矜持はマシディリにもしっかりと伝わってくる。
これに応えるのも、また、上に立つ者の責務だ。
「サッレーネに茶色のペリースを贈りましょう。型は、私と同じ物を。それでマフソレイオには十分に伝わるはずですよ」
多弁なるメリイェス。
ズィミナソフィアの信任も厚く、何よりもイェステスからの寵愛を受けた者と言う名を戴いている存在ならば分からないはずが無い。
それに、アレッシアもマフソレイオも両国間での戦闘は望んでいないのだ。
無論、将来的な衝突の可能性がありうるとして、事前に察知する場のフラシが欲しいだけ。ただ、フラシには両国の事情など関係ない。自国が無事なのが一番だ。
故に、アレッシアとマフソレイオの親密さ、特にマシディリを始めとするウェラテヌスとマフソレイオの王族の関係性を示すための手でもある。
「フラシがプラントゥム半島西部南端を確保したとなると、ますますスィーパスは追い込まれた形となりましたが、ティポウル・デ・ムダンに籠られた場合は本当に厄介になると愚考いたします」
血の匂いが染みついたままのヴィルフェットが言う。
ヴィルフェットの母であるカリヨが贈った防寒具は新しいのに変えているが、匂いは消えていないのだ。ちなみに、カリヨは一部に糸を通しただけ。ほとんどの作業は腕の良い奴隷がやっている。そのことは、ヴィルフェットも知っていた。
「ティポウル・デ・ムダンはドザモザに通じる川の支流に位置した街。攻め難い地でもありますので、即座の進軍を具申いたします」
スペンレセも追随した。
「腹も減ったしな」
アグニッシモが右の拳で左の手のひらを殴りつけた。
マシディリ直下の、軍団の指揮権移譲順上位三人の意見である。マシディリとしても特段反対する理由は無い。
そう。
あくまでも、マシディリには。
今は冬。
プラントゥムは山がちな地形。
少しの天候の変化が大きな変化として兵にのしかかり、寒い中での行動は通常よりも多くの熱源を消費していく。もちろん、人の体内に於いても、だ。
「明後日より二日ほどは風が強くなると観天師が申しております。早ければ、明日の夜から、とも」
「西を示すひび割れは曖昧かつ浅く数多に分かれており、東は深く刻まれる形で克明に出ておりました。近日中にも東からの連絡がある予兆であり、西進は多難が待ち構えていること間違いありません」
観天と言う気象状況と、占いで出た神託。
ミーラ・デ・ソリカリアの戦いによる予想外の疲労。物資の消耗。遠征から戻らねばならない時間と遠征の進行具合。
全てを加味し、マシディリは結局すぐさまの西進を決断しなかった。
ヴィルフェットを指揮官に据え、ソリエンスとカンペドールをドザモザへ。
マシディリと第七軍団およびアグニッシモ、クーシフォス、フィロラードはディグ・ナラダスへ後退する形での東進。
リベラリス、パライナはドザモザとディグ・ナラダスの連結地点で冬営。トーハ族も同じく川沿いで分散冬営。
風を防ぐためには建物が欲しいのだ。土を掘るにしても時間も労力もかかる。故の措置。
「十分に風は防げそうですね」
廃墟と化したディグ・ナラダスを見下ろし、マシディリは言う。
この前までスィーパスの五万の軍団が駐屯、もとい蹂躙していたのだ。しかも、異邦人であるアレッシア人同士の抗争。街は略奪と逃散で閑散としている。
(ありがたいと考えましょう)
現地住民に余計な気を遣わず、軍団を休ませられる。
その後の統治についても考えつつも、マシディリはひとまず思考も停止させ、そう無理矢理前向きに考えた。




