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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1637/1738

ミーラ・デ・ソリカリアの戦い Ⅲ

 敵伏兵に動きなし。石や壊れた武器の破片の蓄えはまだある。しかし、マシディリ達が籠る柵の防御力は落ちたまま。ヴィルフェットとフィロラードが攻略のために破壊した部分の修繕もできていない。


 元々捨てるつもりだったのだ。

 しかも冬。


 体を温めるために兵を動かしたいが、汗をかいてしまうと一気に体が冷えてしまう。緑のオーラ使いがいたところで、稼働兵数は着実に減っているのだ。


 その点を考慮すれば、イエネーオスの突撃は理に適っていると言うべきか。


「兄上。愚案がございます」

 ヴィルフェットが小走りでやってくる。

 汚れは取れていないままだ。後ろでニベヌレスの被庇護者が必死に動いているのも見える。


「目的は?」

「時間稼ぎのために、敵の攻勢を弱めることです」

 迷いない返事を聞き、マシディリは頷いた。


 求めていたことである。ヴィルフェットは、やはりマシディリの目的をしっかりと理解してくれているのだ。


「赤いペリースを纏い、敵左翼の端から出撃します」


 慌てた様子でニベヌレスの被庇護者が持ってきたのは、戦場に似つかわしくない白木の薄箱である。

 それを一人が恭しく持ち、もう一人が手を拭って開けようとした。手も震えている。


 が、被庇護者達に先んじてヴィルフェットがさっさと箱を開けてしまった。入っていたのは、赤いペリース。新品では無い。新品同様に保存されているが、使用されていた物だ。


「父上の遺品です。幸い、私のオーラの色も赤。立ち昇るほどの量は誇りませんが、一瞬なら誤解させられるでしょう。その後は、私の実力で警戒させます」


 見せニッシモ、と言うソリエンスの言葉が脳裏に浮かんだ。


 事実、イエネーオスが最も警戒すべき一手はアグニッシモが此処にいることとアグニッシモによる破壊的な一撃だろう。百五十しかいないと言うことは、此処に居てもおかしくは無いと言うことなのだ。


「敵の特徴は後方の小隊を波打つように配置することで部隊の防御力を保ちながら突撃していることです。


 ヒュントの陣を正面から攻略するにはこちらの線を伸ばし柵に張り付く兵数を減らす必要がありますから。相手は攻撃範囲を増やさねばなりません。しかし、今は敵味方ともにほぼ同数。


 イエネーオスは、応じて薄くなる自軍をどうするのか。


 イエネーオスの答えは、自軍も波打たせることで第二列と第三列を一列のみで作り上げることでした。これらは、決戦の度に突撃があったからこそ判明した、突撃による成果です。トーハ族、フィロラード、アグ兄、クーシフォス様、ヒブリット様。その印象が相手の配置を突撃への備えに変えておりました。


 そして、私が敵左翼の端に現れれば、そちらからの攻撃に備え壁を厚くするべく動きます。動かします。結果、正面、兄上から見て一列に変わる。


 その機を逃さず、アルム隊に突撃を。アルム隊が前列を蹴散らせばフィロラードによる突撃で敵を突破してください。


 ですが、仮にイエネーオスが全面を見て隊の調整を完全に取ってしまえば攻撃は失敗に終わります。その時にフィロラード隊まで突撃していれば此処の守りも手薄。


 兄上。兄上はできる限り下がっていただければ、と、願っております」


 一つ、息を吐く。

 前方の喧騒は止むことが無い。石が盾に当たる硬質な音も続き、怒号が飛び交っている。兵の体温でいつも透明な空気は真っ白にすら見えそうだ。


「兄上」

 応じるように、がちゃり、と金属音がした。


 ちらりと後ろに視線をやれば、アルビタが盾を二つ持っている。背筋も伸び、鼻から強く長く息を吐きだしていた。不気味な顔は、不器用な笑み。


 マシディリは、アルビタと視線を合わせてから頭を一度だけ倒し、片側の口角を上げた。


「作戦は承諾するし、突撃の判断もフィロラードに任せるよ。でも、私は此処にいる。此処で兵を鼓舞する。良いね」


「かしこまりました」

 ヴィルフェットの頭が下がる。


 以降は何も言わず、ヴィルフェットが赤色のペリースを翻した。ルスフリが連れてきた騎兵の内二十騎が選抜され、残っていた馬も馬に乗れる勇敢な者達に配布されていく。


 叫びは、無い。

 ただ、ヴィルフェットが左手を噛みしめたような動作がちらりと見えた。


 背が遠ざかり、完全に見えなくなってから少し。


 味方右翼から、赤い光が打ち上げられた。


 大きな喚声と、突撃。地響きが熱を取り戻さんとするかのように冷えた足指を揺らした。前面に展開する敵兵の内、幾人かの目が敵左翼へと移る。


 前面でこれだ。後方では、もっと多くの者が警戒に当たったはずである。


「ソリエンスに伝令。捕虜に泥団子をたくさん作らせてください。それから、即席の投石具も。できた泥団子は風に当て、冷やしておくように。第五陣まで攻め寄せた敵に一撃を食らわせ、頭を冷やしてもらいましょう。

 それから、出来る限り天幕の撤収を。敵への風の妨害となる物を片付けるように。味方のためには時間があれば地面を掘ってください」


 攻撃の成功は願っている。

 それはそれとして、マシディリも備えなければならないのだ。


(さて)


 深く長く吐き出した息が、マシディリの目の前に淡い緞帳を下ろした。


 たっぷり四秒。緞帳が上がった先で、アルム隊の整列が始まる。


 平面からでは良く分からない。

 ただ、確かに敵の後部隊列はまっすぐになったようだ。同時に、最も隊列が整っている一団もはっきりと確認できるようになる。前には幾つかの部隊がいるが、それでも敵の配置による壁は砕きやすくなった。


(今だ)

 思いつつ、手は途中まで。

 何もせずとも、前方から白いオーラが打ちあがった。


 陣が開き、アルム隊が突撃を加える。少しずらした位置。そこで敵前列を破壊すると、本命の鎚であるフィロラード隊が飛び出した。


 前列を破り、真っ直ぐに敵陣へと迫る。

 同時に左、味方左翼、つまり敵右翼側から柵が壊れるような音がした。


「ルスフリ。左翼に援護。急げ。タルキウスが後れを取って良いのか?」

 厳しい言葉と険しい声で若者の尻を叩く。


 すぐにルスフリがタルキウスの者達を中心に音の震源地に走り出した。アルビタもマシディリの左前に出てくる。マシディリは、真っ直ぐに立ったままフィロラードの背を睨むように見続けた。


 アルム隊が撤退してくる。

 雪崩れ込もうとした敵を背中から切り裂く形だ。そうして再び防衛線を構築し直し、フィロラードが指揮していた者達にも素早く指示を出している。自らも掴める物は何でも掴んで敵の顔面へと投げつけていた。


 敵前衛は攻撃。

 悪くない。


 攻撃に振り切らねば勝てないのも分かる。第七軍団がいずれ展開するのはイエネーオスも承知の上だ。撤退の時間と攻撃の時間はイエネーオスの最大の懸案事項。全滅覚悟であっても、攻撃が失敗すると悟った上で続けるのは愚者の行いなのだから。だから、相手が攻撃に出て守りが薄くなった時にこそ攻め込むのは、勝ちへと繋げるための貴重な好機。マシディリも理解はしている。


 ただし、守り側の陣は未だ耐えていた。その間に、フィロラードの攻撃が連携の乱れた敵陣を切り裂く。


 最も規律の取れていた敵部隊にフィロラード隊が激突したのだ。


 そこまで来て、マシディリは臨時の高台に登る。紫のペリースは堂々と翻した。誰もがどこにマシディリがいるのかが分かっている。味方の兵も咆哮し、敵兵も何人かが指をさして喉を大きく開いていた。


 敵前衛は、ひたすらの攻撃。

 敵後衛には乱れ。ヴィルフェットに当たっている者と、フィロラードが突撃した推定イエネーオスのいる小隊へと駆け寄ろうとする者達。二つの動きの結果、大きな間隙が出来上がる。


「ピラストロ! 私の護衛を全員突っ込め!」

 自ら光を放ち、マシディリは獅子哮した。


 左手はアルビタの首根っこを掴んでいる。見せるため。ピラストロもアルビタは無視して、真っ先に陣を飛び出した。


 新規兵。

 たった八十に過ぎないが、十分すぎる八十だ。


 敵前衛を蹴散らすと、空いた地にピラストロらが一気に躍り出る。すぐにマシディリは光を横に放った。ピラストロがイエネーオス小隊と思しき方向へと駆け出す。


 突撃したフィロラードを挟み撃ちにする形の敵後衛部隊。それをさらに挟むピラストロ隊。敵のさらなる増援は、ヴィルフェットに背を向けることを意味する。


(勝負は、今)


 全ての策を捨てる。

 敵は、今が混乱の極み。


「ソリエンス! すべて破棄! 全軍で真正面へ突撃しろ!」


 声が命令に変わり、兵に動きが現れる。

 最初に飛び出したのは軽装歩兵。それから、ぼつぼつと第五陣から兵が駆け出してくる。


 数は少ない。

 捕虜も放置だ。

 マシディリを襲おうと思えば襲える位置。


(来るなら来い)


 マシディリはウーツ鋼の剣を抜きつつ、吼えた。


「狩りを損じた獅子は飢え死ぬだけだ! 君達はどうだ! あるのは飢え死にじゃない。勇敢なるものとしての最後の生きざまだ!」


 息を吸い、浮かんだ人物名を口で変える。



「マシディリ・ウェラテヌスは勇敢な者こそを欲している!」



 氷の付着した枝を叩くように、敵の前衛が砕け散った。

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