表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1636/1739

ミーラ・デ・ソリカリア損耗戦 Ⅱ

 陣に残る降兵の一部を第一陣に置き、形ばかりの抵抗をさせた。無論、再びイエネーオス側に戻る者もいるし、二度は裏切れないと踏ん張る者も居る。後者は、出来れば残しておきたかった存在だ。だが、簡単に見抜ける訳では無い。


(すみません)

 心の中だけで謝り、マシディリも第三陣へと下がった。

 降兵の多くは第二陣までに解き放たれ、イエネーオス側に帰陣していく。あるいは、フィロラードの撤退と共に第三陣に下がってきた。


 この段階での撤退も、イエネーオスの選択肢には有り得ただろう。

 むしろイエネーオスの意思による攻撃ならば、それが正解だ。


(正解か?)

 ヒュントの生死が不明であるのなら、攻め込み続けて解放を望むのか。

 いや、降兵から話を聞けば、ヒュントのみならず生死も分かるはず。


 確かなのはイエネーオスの攻撃は今もなお続き、ヒュントの陣を壊し続けていることだ。


 ヒュントの作る防御陣地は波打つ形をしている。棘を出し、突起を強固にして敵の攻撃を受け止めつつ多方向から敵を攻撃するのだ。最も突破されやすい地点は比較的防御的な設備の弱い凹み部分であるが、そこは多方向からの攻撃を最も受けやすい場所。


 防御としては、強い。


 弱点は陣を構成する線が長大になることで物資も兵も数多必要なこと。故に、作成する陣の大きさには気を配らねばならず、守れる範囲も限られてくる。それを考慮した多陣構成であるが、接収したばかりの陣地では効果的に動かすのは難しいのだ。


 その点、ヴィルフェットとフィロラードは素晴らしい。

 最終的な撤退を目的としているが、それでもイエネーオス隊の攻撃を防いでいるのだ。


 対するイエネーオスは自身の隊を幾つかの小隊に分けている。攻撃側の部隊は主に二つだ。盾となり敵陣からの攻撃を受けつつ陣地に張り付く部隊と、彼らに隠れて接近して実際に陣を壊していく部隊。


 さらに後方に並ぶ部隊も互い違いに波打って並べられ、マシディリ側が陣から出撃して後方のかく乱へ向かうことに備えているようだ。どこかの部隊が動けば連動して他の部隊も動く。確実にマシディリ側を陣地に留め置く配置をしているのだ。


(犠牲覚悟)


 ヒュント救出のためなら、ちぐはぐだ。

 意固地になっていると見るべきか。


 失態を取り返すことに躍起になったスィーパスと、自らの失態を隠したいアゲラータやオグルノ。忠誠を示さねばならないイエネーオス。


 その結果が、この攻撃。


 ただし、古今東西、最も恐ろしく対策の打ちようが無いのは、天才の作る策略では無く死の覚悟を決めた兵のがむしゃらな突撃。


「死兵はいなせ! 柵でも何でも蹴り倒し、時間を稼げ。足元だ。足元を狙い続けろ」


 ヴィルフェットが叫びながら陣を走り回る。

 フィロラードの兵を鼓舞しながら走り回っていた。ソリエンスは、第五陣で物資の整頓と最前線に送り込めなかった者達の監視、見極めを行っている。


「アルム」

「はい」

 護衛部隊の隊長格となっているアルムが両足を揃える。


「もう一度第七軍団に召集の合図を打ち上げます。アルムはそれに合わせて、敵正面に対する突撃を」

「かしこまりました」


 敵の裏を狙った突撃は防がれている。

 正確には、攻め寄せる敵部隊の後ろに回ることは出来たが、その後ろに控えていた部隊で止められたのだ。ヒュントの防衛陣地と同じように、多方面からの攻撃で。


 にも関わらず、アルムの承諾は二つ返事。

 素早く百名を見繕いまとめ上げると、マシディリが打ち上げた救援要請に従って正面から突撃を敢行した。


 勢いのある攻撃は敵の第一列と言うべき小隊を打ち破る。


 しかし、甘味に群がる蟻のようにすぐに敵部隊が集結してきた。敵部隊の裏に出ることも叶わず、他の敵部隊の側面を攻撃することも叶わず。


 勇敢な攻撃を示したが、完全に勢いが止まったことでマシディリはアルムに撤退指示を出した。勇猛な青年は自らが殿として残りながら部隊を引かせていき、フィロラードの支援も受けて九十八名の撤退を完了させる。


(死兵ですね)


 マシディリは、自身の唇を拳で二度押し付けるように殴った。


 冷たい。冷えた指だ。


 だと言うのに、敵は武器を十全に扱っている。腕から血を流している者も、臓物が飛び出そうな者も大声を張り上げていた。アルム隊の一部も叫び返しているが、流石に傷が大きな者はすぐに後方に運ばれて行っている。


 イエネーオス隊が異常すぎるのだ。


 アルム隊も、アルムに釣られてか非常に勇猛である。血気に溢れ、今にも再度突撃せんと柵によじ登り、石を投げつけている者も居た。


「第三陣、放棄」


 予想以上に時間が稼げていない。

 マシディリは仁王立ちは崩さず、前方を睨みつけた。


「指揮官とは、誰よりも情が深く冷淡であり、誰よりも自分に酔いながら自身の決断を疑い、誰よりも利を分配し己の利益に強欲でなくてはならない」

 小さく、自身に言い聞かせ。


「アルム」

 若い高官を呼ぶ。


「第三陣の柵を超えられれば、再度の突撃を。フィロラード、ヴィルフェットはその間に撤退。アルムもその後に続くように」


 指揮官であるマシディリは、三人よりも先に第四陣へと下がる。

 抵抗はしばらく続いたが、ソリエンスが予定の兵を持ってくる前に第三陣の柵が壊れてしまった。


 何度も、繰り返す。

 ソリエンスは遅くは無い。

 イエネーオスの攻撃が速いのだ。


(最初から撤退が正解でしたかね)

 見える位置にいる伏兵に動きは無い。

 旗を動かし、たむろしているだけである。


 一方で敵は損害度外視だ。


 指がちぎれ、耳も裂け、足に木が刺さっている者ですら一歩でも前にと突撃してきている。しかも、傷を負っていない者を追い越して傷を負った者が突撃してくるほどだ。アルム隊の攻撃に対し、傷を受けたことに喜んで最前線に来るぐらいである。


 狂兵だ。


「なんですか、あれ」

 震えを押し隠した声は、ルスフリ・タルキウスのモノ。


「死兵だよ。ルカッチャーノ様も、良く戦っていました」


 大きく開かれた、いつもより黒いルスフリの目が前方で固定されている。馬は奥。彼は地面に自分の足で立ち尽くしている状態だ。


「戦場では逃げないことが大事だって、良く分かるよね。敵を討ち倒す能力じゃない。ただそこに立ち、皆と共にいることがどれだけ強いか。兵がああなれば、それだけで十倍の兵を討ち倒せることもあるからね」


「逃げません」

 むきになったようにルスフリが言う。


 マシディリは小さく笑い、前に出た。

 兵を鼓舞するべく声を張り上げる。後ろからルスフリが付いてきたような気配もした。


「さて」


 第四陣にこだわる必要も無い。

 アルム隊が撤退を完了させた直後にも関わらず、第四陣の柵には既にイエネーオス隊の死体がもたれかかっているのだ。


「アルム」

「はい。もう一度行ってまいります」

「正確な報告を頼むよ」


 一拍。

 返り血を浴び、体中から湯気を立てている若武者は、されど重心を前のめりにはしてこなかった。


「戦意は十分にあります。仇討ちの心もあり、此処で活躍せねばお爺様に比べ武功が少ないことに悩んでいた父上に顔向けができません。父祖の誇りも我ら二代で傷つけることになると思う私の悔しさを兵も理解してくれています。


 しかしながら、負傷者は多く、次の突撃は先の二回よりも圧倒的に短い時間で受け止められてしまうとも、思いました」


「そうだね。熱い心は嬉しいよ。でも、思考は冷静に。その温度差が大きい者ほど優秀な指揮官になれるとも思っているからね」


 戦場にはあわない笑みを浮かべ、アルムを下げる。


(ルスフリは)

 無理か、と結論付けた。


 仕方がない。経験不足だ。経験が浅い内から勇気を示し続けているアルムが異常であり、フィロラードが才能に溢れているだけである。ルスフリもいずれはタルキウスを背負う存在になれるだろう。


(どうする?)


 敵は、常に足を前に出す。前にしか考えていない。


 防御柵は第四陣が終われば第五陣だけ。そして、第五陣はヴィルフェットとフィロラードがヒュントと激しい戦闘を行った場所。ソリエンスが補修も始めているが、守りは第四陣よりも弱い。


 第七軍団が展開できる空間をイエネーオス後方に作り出すことには成功しているが、時間が少々早すぎるのだ。


(突撃)

 守りに入り過ぎてしまえば、敵の勢いは強くなる。

 されど、アルム隊は今度こそ壊滅してしまうかも知れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ