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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1634/1739

ミーラ・デ・ソリカリアの戦い Ⅱ

 味方右翼が崩れる。

 つまり、そこに敵騎兵が展開する十分な空間が生まれたことになるのだ。右側面と言う重装歩兵の急所も露わになってしまう。


 密集陣形(ファランクス)では無いと言っても、人が盾を持つのは基本左。隊形変化は必須となる。


「かかれ」

 なんて、獰猛な声も聞こえてきそうだ。


 マシディリ側右翼を潰走させた形となったアゲラータ隊に相対するのはユンバとコパガの隊。コパガ隊が投石を行い敵騎兵の気勢を削いでいる間にユンバ隊が亀甲隊形を完成させて守りに徹する形だ。


 即ち、後手。

 守りの一手。

 主導権は完全にスィーパス側。


 一方左翼ではイエネーオスの攻撃をポタティエ隊が一度挫いていた。

 反撃としてビユーディ隊が前に出るが、こちらも引き切れていなかった敵軽装騎兵を蹴散らすだけで終わり、再度イエネーオスが突撃してくる。


 味方右翼との最大の違いは、味方左翼の陣形は崩れておらず防衛線が一歩も下がっていないことだ。


(さて)

 視線を、味方右翼に。


 フラシ騎兵と戦った経験は第三軍団よりある。

 それが、第七軍団の中核兵。


 味方右翼の二部隊が後退しきると言う状況下で。いつもよりも下がった防衛線で。コパガとユンバはしっかりと馬の特性を利用して攻撃を止め始めていた。マシディリ側からもトーハ族騎兵が遅れて出てきて、敵との激闘を開始している。


 だが、数は敵が圧倒的。

 敵左翼からオグルノ隊と思わしき兵も突撃してきた。狙いは当然マシディリ側右翼。コパガ隊とユンバ隊が側面の守りに行き、トーハ族騎兵も敵騎兵の大軍で蓋をされたようなモノ。前方へとは出られないのだ。


 殺到した敵兵に対し、第三列であるスペンレセが前に出始める。


 第三列は最精鋭部隊だ。最後の最後に用いる手段であり、小競り合いも含めればそれなりの時間が経っているとはいえ投入には早すぎる時間。異常とも言える状況であり、百人が見れば九十五人はスィーパスの優勢だと即答しただろう。


 スィーパスも同じことを考えたのか。

 それとも、大軍ゆえに兵の士気が向上している間の突撃こそが最善と考えたのか。


 敵中央の大軍にも動きがあった。


 全軍の始動。直線的な前進では無く、敵左翼に寄る形。崩れているように見えるマシディリ側の右翼にさらなる圧迫を加える動きだ。実際に前衛の動きは速く、推定オグルノ隊に迫らんばかりの勢い。その後もどんどんと続いている。兵を供給し、多くが走り、前を行く者の多くが目を血走らせ、中間の者達は欲を滾らせ、後方の者達の幾人かは足がうずうずしている。


 待ち焦がれた勝利。

 辛かった滞陣。

 さほど意味は無かったが、本人としては屈辱的な講和を請うふり。


 歓喜も鬱憤も物欲も爆発させ、敵兵が味方右翼側へと走り出す。勢いに乗せた攻撃。勢いを殺さずに突撃に活かすやり方。大軍で使える兵法。


 マシディリは、目を閉じた。



「来た」


 滴らんばかりの完熟した情欲に満ちたような、愛弟の舌なめずりが聞こえてくる。



 横目で覗えば、愛弟が獰猛に犬歯を剥き出しにしていた。寒さ故に白くなる吐息は、猛獣の蒸気、龍の吐息にも思える。


 行ってきます。

 そう、元気な愛弟の声は、いつもより恍惚としており、遊牧騎馬民族よりも軽快に愛馬に飛び乗る。


 そして、両手を横に広げた。

 アグニッシモの悪友達もずらりと我らが大将の周囲に集まりだす。


「神よ。神々よ! 悪逆と暴力とあらん限りの幸運を我に授けたまえ!」


 そうして、アグニッシモが味方陣地を切り裂いて戦場中央に躍り出た。

 敵は大軍。なれども、補充したばかりの者も多く訓練も足りていない。


 その欠点が出る行動の一つは、移動だ。


 しかも大軍であれば先頭と後方で動き出しの時間も大きくなる。隊列は伸び、ちぎれやすい場所が増えるのだ。前を行く者が欲望に満ちていればなおのこと。前しか見えなければ余計に。優勢だと思えば、慢心も生まれる。その優勢が高官だけではなく一兵卒、さらには初めて従軍するような者でも思うほどの優勢であれば、全軍の『高揚』は『たるみ』と同義になるのだ。兵の連携が取れるのも同一の共同体にいればの話。賊や諸部族連合では仲間意識は薄い。出し抜き、自分の手柄としたくもなる。そうなれば空いている場所を走り、勝手に前に行き、どんどん亀裂が広がっていくのだ。


 そこを、最精鋭最凶最攻のアグニッシモ隊が貫く。

 着いて行くのは軽装歩兵と軽装騎兵を主軸に整え直したヒブリット隊。


 彼らが出た場所の穴埋めは、前線にいるスペンレセがしっかりと行う。


 亀甲隊形のユンバ隊が騎兵の攻撃を凌いでいる間に移動していたコパガ隊は前へ移動し、異変に気付いた敵騎兵に投石でちょっかいをかけた。


 遅れて、敗走の演技をやめたソリエンス隊、カンペドール隊が敵左翼、深くまで入り込んでいたアゲラータ、オグルノ、フラシ部隊に襲い掛かる。


 味方左翼ではアルム隊が少々突出し、イエネーオスへのけん制に当たり始めた。ビユーディがアルム隊が前に出た隙間を使って攻撃を再び試みて、ポタティエは守りを固める。パライナ隊は敵の予想通りの山道で旗を振る。


 敵の両翼と手を繋いだような形だ。

 その状態で敵の頭であり心臓であるスィーパスにマシディリの剣であるアグニッシモが襲い掛かる。腕が二本の相手に対し、こちらが出す腕は三本。


 アグニッシモにスィーパスを殺させたくは無いのがマシディリの心情。

 しかし、この作戦に於いて突撃部隊をアグニッシモにしたのはヴィルフェットとスペンレセとクーシフォス、何よりアグニッシモの強い要望だ。


 右から聞こえるトーハ族の声や笛の音もより強く苛烈になる。

 ともすれば、アゲラータとオグルノも殺せるだけの三方からの攻撃だ。アグニッシモはイエネーオスにすら届くかもしれない。そうでなくとも、アゲラータとオグルノは死亡することもあり得る。


 野戦を続けるには、避けたかったこと。

 されど選択したのは、ヴィルフェットとフィロラードへの信頼から。ヒュントを殺せると信じて立てられた作戦。


 ヒュントの殺害に失敗してももう野戦を積極的に行う必要を無くせると判断したからとは、マシディリは誰にも言うことは無い。


「敵中央、瓦解が始まりました」

 レグラーレが静かに言う。


「だね」

 高台に再び登り、欄干に肘を着きながらマシディリは返した。


 自身の監督下の部隊も前に出した。指揮官はスペンレセ。彼に託し、今日は暇を持て余す。


 優秀な高官達だ。

 マシディリは最終決定を下すだけで良く、今回の戦場での指揮方針さえ決めればあとは任せきり。


「敵左翼の崩壊も加速するね」


 本陣の撤退。

 それは、熱狂に満ちた兵を一気に冷やす行為だ。欲望の種類も変わる。自身の安全と勝利と言う土台の上に立てられた強欲から、生き残りたいと言う自身の土台を作る生理的な欲求へ。


 どちらも個人の利益。

 しかし、命令をより聞けなくなるのは後者。強い信頼があれば話は違うが、そのような信頼は無かったようだ。代わりに、マシディリ側に属しているトーハ族に強欲がちらつき始める。カンペドールが率いる現地部族兵も追撃と証明としての戦果を求めだした。


 堪え続けたのは、イエネーオス。

 敵左翼の後退まで粘りつつ、中央を散開させて数に劣るアグニッシモとヒブリットによる追い打ちを断念させた。


 優れた戦果だ。

 でも、此処まで。


 中央の追撃に入らないと言うことは、中央を襲ったアグニッシモとヒブリットが両翼へと襲い掛かると言うこと。アグニッシモの選択は、両者の敵右翼投入。ビユーディと言う猛将の攻撃も加わり、崩れ出すイエネーオスへの最後の一押しはクーシフォス隊の突撃。


 五万対一万七千。

 ミーラ・デ・ソリカリアの戦いの本戦とも言える会戦は、マシディリ側の快勝で終わる。


 無論、敵兵力の五万は推定に過ぎず、元老院への報告と自兵への自信をつけるための数字。実際はもう少し少ないが、数で言えば此処が本戦に違いない。


 そして、南東の空に立ち昇る煙も、数字で言えば支戦、マシディリにとっては重要な一戦の決着もヴィルフェットとフィロラードが勝ったことを示す煙だ。


「指揮を執るなら、ソリカリアスの岩付近しか無いと思っていました」


 返り血です、と言いながら顔を拭うフィロラードが手に持っていたのは、顔が半分潰れたヒュントの肉塊であった。

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