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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1633/1742

ミーラ・デ・ソリカリアの戦い Ⅰ

 右翼にイエネーオス。左翼にアゲラータ。左翼中央にかけてオグルノ。フラシ騎兵も左翼側。


 それが前日まで繰り返されてきたスィーパスの陣容だ。

 もちろん、今日も同じである保証は無い。

 ただ、今日だけ変えることよりも今日も同じである可能性の方が高いのだ。


(神よ)

 革手袋に口づけを落とす。

 相手の布陣様子は今も変わりない。


 右翼にイエネーオスと言うのも、分かる。右翼はエリポスでは指揮官がいることが多い位置。名はある。が、今回で言えば山地。騎兵が展開できる空間は多く無く、歩兵が中心となりやすい。大きな手柄を挙げにくい地勢だ。一方で、パライナ隊などを警戒すれば山からの回り込みは気をつけねばならない。突撃も防御もと成ると、やはり、イエネーオス。


(直前の陣替えの様子は無し)

 マフソレイオから贈られてきた神牛の革手袋を両手に嵌め、マシディリは高台から息を吐いた。白い靄が出て行き、少し離れて透明へと変わる。


 敵両翼の整列速度は流石だ。

 一方で中央は少し遅い。並びに関しても綻びが見える。縦深も厚く兵の幅も狭いようだ。


 顔を上げ、ゆったりと息を吐きだす。長く、多く、白い煙が空気に溶けていく様を見ながら。

 耳が、高台にのぼってくる足音を捉える。


「占いの結果は喧伝し終わりましたか?」

「終わったよ」


 愛弟の声だ。

 軽やかに登り切り、マシディリの横に並んで敵軍の観察をしている。


「良い数だね」

「だね」

 アグニッシモが同意する。


「テラノイズあたりから演説に組み込んでも良いかもね。


 テラノイズの不安を当てましょうか。

 スィーパスの五万の大軍は本当に役に立つのか。水は、食糧は、衛生面は。そもそも恨み合っていた者同士。もしも合流した場合、質に勝るはずの我らが食われるだけでは無いか。ただの荒くれ者も多い集団同士、喧嘩も起こるべくして起こるモノ。その時に処罰されるのは、どちらだ、と。


 それがテラノイズの不安。

 その不安は、スィーパスも、彼の下にいる者達も同じこと。特にスィーパスは優秀な男に主導権を奪われることを恐れている。高みにいるから、自分の思うままに軍団を動かしたいのだ。


 さあ、笑え。

 五万の大軍が、烏合の衆へと変貌する様を見ようではありませんか。


 相手はわざわざ良い数を持ってきてくれました。我らの栄典と成る数です。この敵を討ち破れば、我らの男が上がる。負けたとしても、誰も責めやしない。それだけの戦力差。我らにとって利しかない、良い窮地。


 これを笑わずして何時笑い、何を楽しむのですか?


 とかね」


「この窮地を乗り越えましょう。私と、皆さんで、と締めるの?」

 アグニッシモが楽しそうに笑う。

 アグニッシモがね、と言って、マシディリは敵軍の観察から離れた。アグニッシモの視線は続いている。


「兄上が演説した方が良いと思うよ?」

「そうかい?」

「俺も聞きたいし。それに、ほら、俺が生まれる前とか、サジェッツァも父上を信用して父上に演説を任せたことがあったらしいけど、ね。こういうのははっきりさせた方が良いんじゃないかなって。浅い考えかもしれないけど」


 アグニッシモの目が、弱弱しく左右へと動いた。


 クイリッタの死。


 それは、アグニッシモがマシディリと第三軍団を呼んだからかもしれない。その思いは、アグニッシモが誰よりも抱いているのは知っている。自分の政治的な考えがもしかしたら失敗にしかいかないのかもと不安がっている気持ちも、良く分かっているつもりだ。


「クイリッタも、アグニッシモが成長したと褒めていたよ。ようやく一人前になったなって」

「兄貴からなら最大級の賛辞だ」

「自信を持ちなよ、アグニッシモ。クイリッタが認めた漢なんだから」


 アグニッシモが鼻をすする。

 寒いからです、なんて聞いてもいないのに言って、ぐ、と歯を噛みしめたようだ。涙なんて縁起の悪いモノを戦いの前に流す訳ないよ、と。


「兄上は誰にも殺させやしない。俺が守る」

 力強く言って、アグニッシモが先に高台を降りた。


「そうだね。愛しているよ、アグニッシモ」

「おうとも」


 声を掛ければ、満面の笑みと拳が上がる。

 頼もしい弟は、そのまま軍団の下へと駆けて行った。


 背を眺め、頼もしさに頬を緩ませ、次に顎を引く。


「リングアの馬鹿め」

 遠く東方にいる弟にぼやき。


 マシディリは、全軍に対して演説を開始した。

 十分に終わるだけの時間を待って、敵の整列も終わる。


 最初は遠距離攻撃だ。

 軽装歩兵を前に出し、投石を積極的に行わせる。射程が一番長いのは投石だ。次に弓で、投げ槍と続いていく。


 小競り合い。

 いつもと違うのは、その後に本命の攻撃があることを双方が悟っていること。


 両軍の違いは、軽装歩兵の質。

 重装を用意できない者が軽装歩兵になるのはどこも同じだ。それでもアレッシア兵には国家への忠誠がある。責任感があり、誇りもあった。


 対して、スィーパスの側はどうか。

 食い扶持を求めて集まって来た者達が軽装歩兵の中心。賊徒はさっさと剥ぎ取りを行って鎧を整えている。敵軽装歩兵の後ろにいるのは、そんな陣中でも信用できない者達であり、前にいるのは全軍突撃の機会を覗っているアレッシア兵。


 数の上ではスィーパス側の軽装歩兵の方が多かった。

 だが、覚悟の決まっている者の数は圧倒的にマシディリ側の方が多い。


「敵右翼が動き出しました」

 あがった光は、敵右翼から。音が鳴ったのも光が上がって少しして。


 中央からの指示ではなさそうだ。恐らくは右翼の独断。軽装歩兵が崩れ、軍団全体に動揺が走るのを防ぐため。そう考えると、右翼に陣取るのはイエネーオスで確定と見て良いだろう。


 惜しいと思う。

 独断での行動を許されつつも警戒されて実力を発揮しきれない立場を。


 欲しいと思う。

 自身の苦境を理解しつつも最後まで見捨てず、できうる限りを行う漢を。


「我欲たっぷりぷりりりりり」

 ソリエンスが呟いた。


 彼の隊は味方右翼前方だが、あえて後方にソリエンス監督下の高官達がこの場に纏まっているのである。


「我欲かい?」


「敵軍に同格二人あり。片や軍団長補佐。片や最大の実力者。


 この場の高官、エスピラ様存命時のフラシ戦争にてほとんどが従軍。当時スィーパス兄側は馬で行軍。こちら側は徒歩で行軍。されど高官の数はこちらが大軍。

 こっちに来ても居場所なんて無い。冷遇されていても向こうなら最大の実力者であり続ける。


 だから我欲ですよ」


 スペンレセ、ヒブリット、コパガ、ユンバ、ポタティエ。彼らだけではなく、フィロラードも父の傍で従軍していた。


 そして、皆が軍団長補佐以上にいる。


 一方でスィーパス側のアゲラータ、オグルノ、ヒュントは元から軍団長補佐で今回も同じような立ち位置。さらに言えば、フィラエを処刑で失い、その穴は埋まらずじまいだ。


「では行ってきます」

 ほぼ棒読みながら大きな声で宣言すると、ソリエンスが「でいやっ」と馬に乗って駆け出した。ソリエンスの監督下にある者達もソリエンスについて走り出す。


「我欲か」

 左翼第一列はポタティエ。

 クーシフォスの騎兵もいるが、数が数だ。受け止められる間は重装歩兵で戦うことになっている。


 遅れて、敵左翼からも赤い光が打ちあがった。今度は音もほぼ同時に鳴り響く。


 敵左翼、アゲラータとフラシ騎兵による突撃。

 その苛烈な攻撃を前に、味方右翼のソリエンス隊は後退し、支えに行ったカンペドール隊諸共総崩れに似た形となった。

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