表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1632/1742

ミーラ・デ・ソリカリア

 ドザモザから南へと行く川もある。

 マシディリはその河川に軍団を沿わせながら南下した。スィーパスも同じ川を使いながら北進してくる。


 上流に位置しているのはマシディリ。軍団の数が少ないのもマシディリ。

 移動速度で利することは戦場の選択権を手にすることにも繋がってくる。


 ならば、スィーパスはどうすれば良いのか。


 アグニッシモの騎兵が少ないことはスィーパスも確信に近いモノを抱いただろう。クーシフォスは最後の最後でしか出していないのも知っているのなら、クーシフォスの騎兵の数も少ないと見積もるはず。トーハ族の兵数はテラノイズからの情報がある。


 騎兵で勝ったとの確信があるはずだ。

 あるいは、そう信じないといられないと言うべきか。


 どの道、フラシ騎兵の力を見せつけ、歩兵に安心感を与えたいと言う心理はある。


 即ち、スィーパスが戦いに臨みたいのは平野。


 山地を右に。川を左に。

 スィーパスにとって都合の良い地点。スィーパスの軍団はそこで足を止めた。


 スィーパスが後方地点に多くの物資集積地点を作っているという情報も入る。遅れてやってきたのはスィーパスの使者。降伏を考えているという口上であり、ただしまとめ上げるのに時間が欲しいと言う旨。


 油断を誘うつもりであり、海から離れた状態のマシディリ達ならば飢えさせることもできると見ての策だろう。


 だが、そのためには軍団にも死んだふりをしてもらわないといけない。フラシ騎兵を中心に声高々になっているだけならまだ言い訳も聞いたが、積極的な募兵とディグ・ナラダスの住民を駆り出しての物資の移動をしていれば、意味をなさないのだ。


(兵糧に不安を抱えているのはスィーパスも同じ)


「馬鹿は決戦をお望みらしい。ぶっ潰してやる!」

 基本的な指揮を預けられたアグニッシモが吼える。


 一転して常通りな、「大丈夫だよね、兄上」とは物資に関する質問。マシディリは穏やかに笑い、大丈夫だよ、と答えた。


 誘いに応じるように、マシディリ達も軍団を平野の近くまで押し進める。

 しかし、平野に入るのはアグニッシモら騎兵だけ。多くの部隊はやや高所に陣を築き、座り込んだ。


 マシディリ側のトーハ族騎兵と、スィーパス側のフラシ騎兵の小競り合いが繰り広げられる。


 何度も整列を繰り返しているのはスィーパスだ。しかし、マシディリは応じない。ただスィーパス軍の整列速度に関して記録は取り続ける。


 何日も。

 何日も。


(焦りはしない、と)

 内心は分からないが。

 行動としては、数で勝っていても押し出してくることは無い。


「ヴィルフェット。準備は万端かい?」

「はい。全て整いました」


 ニベヌレスの被庇護者から報告を受け取ったヴィルフェットは、自身も泥汚れを身に付けている。高官自ら偵察を行うのはアレッシアの伝統だ。その目でしっかりと確認し、確証を得たのだろう。


「占いをお願いします」

 準備が整えば、神々にお伺いを立てる。

 詳しい説明をする必要は無い。神々が申されたから。それで兵に対する説明としては十分。


 それから、と再度譲歩するように降伏の条件を持ってきた使者と直接会う。


 久しぶりだ。

 途中から、応対をアグニッシモ、さらにはソリエンスと下げていたのだから。


 ただ、滔滔と述べる使者の口上は右から左。

 無言のまま威圧のみで使者の口を閉じさせると、マシディリは静寂を待って口を開いた。


「鳩は鷲に挑まないと言うのは、本当のようですね」


 使者の目も固まる。

 他の者も、基本無言。


「ああ」


 ぐんのりとした声を、マシディリは天幕一帯に塗りたくった。

 冷徹な視線から、穏やかな顔に。

 威圧的な絶対者から、寄り添う温顔へ。


「こればかりは注釈が必要でしたね。父上にも、たとえ話は分かりやすくと幼い頃に言われていました。


 鳩とは、平和主義者の象徴です。たくさんの者達で群れ、人が来れば皆が散り散りに逃げ去っていく、そのような鳥。


 鷲は、言うまでもありませんね。アレッシア人ならば分からないはずが無いでしょう。そして、腹のすかせた鷲ならば無防備な獲物を見逃すことはありませんよ」


 帰る時の使者の足は、来た時よりも歩幅があり足音も大きい。地面に出来た足跡も少し深くなっていた。


 その日の夕方、一人の男が戦場の中央に躍り出てくる。


「スィーパスに見えますね」

 マシディリの隣でユンバが言った。

 一騎討ちだ、と戦場での男が吼えている。声は、確かにスィーパスのものに思えた。

 勇気ある大将同士の戦いで決めよう、と。臆病者とすら叫んでいる。


「さて」

 槍を掴み、数秒。マシディリはその槍をレグラーレに返した。


「何でも高水準でこなせる過信から来るのが相手の得意で戦おうとする悪癖、でしたね。まあ、これも傲慢な言葉ですが」


 遠征前にルカッチャーノに言われた言葉だ。

 ただ、目の前の一騎討ちに関して、マシディリの利益が少なすぎるのも事実である。


「占いもさせております。それに従ったと言えば兵も納得するでしょう。後の不満は、私が抑えて参ります。マシディリ様はゆっくりと奥に鎮座していてください。その姿こそが、スィーパスの挑発を滑稽に変える最大の一手では無いでしょうか」


 ユンバも静かに言う。

 マシディリはその言葉に従い、堂々と天幕に戻った。


 騒ぎ続けたスィーパスは、しかし日没前には帰って行く。翌日に並べた兵もマシディリが応じなければすぐに引き戻した。


 一番威勢の良い時期だ。

 わざわざぶつかることも無い。


「スペンレセ」

「はい」

「あと三週間で決着がつかなかった場合は、引継ぎをお願いします」

「かしこまりました」


 定めた期限は三か月。

 既にグランディ・ロッホの奪還は為され、ビユーディの到着により予定以上の軍船も手に入った。テラノイズも討ち取り終え、内陸港ドザモザもマシディリの手にある。ディグ・ナラダスも手に入るだろう。


 戦果としては十分。

 大事なのはエリポス。ティツィアーノ。


 無論、三か月と宣言したから三か月丁度で終わらねばならないと言うことは無い。だが、三か月と二五日、では少々外聞が悪いだろう。移動に時間がかかると言う言い訳は使えるとしても、せめて三か月と半月の間にはアレッシアに戻っておきたいのである。


(エリポスは、ある意味で歩調を合わせている、と)


 物資は、最低限に近い想定で動かざるを得ないかも知れないとアビィティロからの報告が来ていた。木材を高騰させた者達への裁判は順調。開始直後に頭を下げてきた者もいる。


「本日から、太陽が宮を移します」

「獰猛に攻め立てる者に吉報がもたらされる、と出ました」

「今朝がた現れました煌めきは、まさに勝者にもたらされるべき吉兆。軍馬も皆が右足から踏み出し、整った様子はより統制のある軍団が勝つと言う吉兆に他なりません」


 観天を主とする神官に割れた鹿骨を持ってきた神官、最後に神官を束ねている神官が発言する。


 これ以上なく揃ったと言えるだろう。

 故に、マシディリは本日も小競り合いをさせると、門を開けた。


 軍団がずらりずらりと並び始める。相手が挑発のために出てきたのを待って開け、追い越して整列を完成させるウェラテヌスの得意技だ。


 自分の定めた会戦日時から敵を逃がさない。

 それが強さを支える一つ。


 ミーラ・デ・ソリカリアの戦い。

 プラントゥム遠征最長の睨み合いを経た戦いが、今、静かに熱を上げ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ